失えないもの


『あなたの最も大事なものは何ですか?』



   ぼんやりと街を歩いていた快斗の目に飛び込んできた、そのキャッチコピー。
   ありふれたその言葉が・・・柄でもなく心に残った。
   




   明るい月夜。
   来なれた家(屋敷というにふさわしい)のベランダに降り立ち、キッドは宝石を 掲げ見ていた。
   「お前・・・俺のこと馬鹿にしてるだろ?」
   その声にキッドが顔を向けると不機嫌な顔をした新一の姿があった。
   「まさか、あなたを馬鹿にするなど出来るはずがありません」
   「じゃあ、何でわざわざ俺の家に来て、たった今っ、盗んできた宝石の鑑定してん だよっ!!」
   「ああ、失礼しました。宝石の鑑定がついでで、本命はあなたに会いに来たんです。 どうされているかな、と思いまして」
   新一を激昂を軽く流して、戯れごとを口にした怪盗キッド。
   「何で俺がお前にそんな心配されないといけねーんだよ」
   「あなたは事件となると己を省みなくなりますからね」
   「・・・余計なお世話だ」
   新一が仏頂面で窓を閉めようとする。


   「・・・どうしてもあなたの顔が浮かんで仕方がないんです」
   新一はキッドの独白のようなセリフに手を止める。
   「・・・・・・?」
   「名探偵、あなたにとって最も大事なものはなんですか?」
   「・・・・・・」
   ぽんぽんと話題を変えるキッドに新一はとまどう。
   しかし・・・・・・
   新一を見るキッドの表情は普段のおちゃらけた様子はなく、ただ真理を追究する者の 持つ飢えた眼差しがあった。
   「俺の大事なものは・・・・」
   「大事なものは?」
   「一つじゃない。人間生きてれば執着も多くなる。だけど最も大事だと言われれ ば・・・それは自分が自分であること。己に逃げず、認め、戦うこと」
   迷わない口調でそう告げる新一の姿は、月光を受けて平伏すほどに神々しい。

   「・・・さすが、名探偵、工藤新一」
   キッドが息をつきながら顔を和らげた。
   「お前は?」
   俺が言ったんだから、キッドも言えと新一がせまる。
   「私は・・・・・・・・・・・・・」
   キッドがくすりと笑う。
   「秘密にしておきましょう」
   「なに?」
   「怪盗の大事なものなど、そうそう探偵には言えませんよ」
   「・・・ほぉ、俺には聞いておいて自分は秘密か」
   新一が上目遣いでキッドを睨む。
   強く、美しい瞳。
   どんな宝石よりも惹かれるその眼差し。
   
   「謎解きはお手の物でしょう、名探偵?」
   「それは謎でも何でもねーだろ」
   キッドが楽しげに笑う。
   「ヒントはすでに差し上げましたよ」
   そう言うキッドの顔に浮かぶ安らぎの表情。
   (こいつがこんな顔をするなんて……)
   「余程大事なものなんだな」
   「ええ、何しろ世界でたった一つしかない……極上の宝石ですから」
   「へぇ……宝石、ねぇ」
   「ええ、ただの宝石ではありませんけどね」
   自分にすら手に入れることは出来ないかもしれない……一対の輝き。
   夜の闇の中でさえ輝く美しい蒼の双玉    「諦めたりはしませんが……」
   「……?」
   新一の何が何だかわからないといった表情にキッドは笑みを深くする。
   
   
   「本当に今宵は良い月です」


   そう告げるとキッドは姿を消した。
   青く輝く宝石を残して。