Serenade KID*新一
「そっちだーっっ!!」
「おっ、あそこだぞ~~っ!!」
「逃がすなっ!追え~~っっ!今日こそは警察の面目にかけても捕まえるんだっっ!!」
「「「おうぅぅぅっ!!」」」
警棒を持ったムサイ一団がドドーっと駆け巡る。
その一勢の先には・・・・・・・・。
カッカッカッ!!!
夜闇のなか、照明が一人の姿を映し出した。
白いシルクハットにタキシード。
今をときめく怪盗1412号・・・・・・・・
通称「怪盗キッド」、であった。
人気はない普段は静かな公園内。
しかし今夜は無類の騒々しさに包まれていた。
なぜならば、その公園の一角・・・・・・・・・
煌々と輝く街灯の上にスラリとある立ち姿。
長いマントを悠々と風になびかせ手を顎に当てた様は極上の・・・絵画のようだった。
その灯火の下を黒い一団がぐるっと包囲している。
まるで光に誘われて集まる蛾のようだ。
白と黒。
美と醜。
そして・・・・・・・・悪と善。
何とも対照的な眺めだった。
「相変わらず頭のまわらない連中だぜ」
その呟きは街灯とはまるで反対の木々の中から聞こえてきた。
「いつもいつも高いところにいるとは限らねーんだよ」
・・・・追われている当の本人、キッドである。
・・・・・・ということは街灯の上のものはいったい何なのか?
「調子にのるなよ、キッド」
「やあ、これは我が愛しの探偵くんではありませんか」
横手からかかった声にキッドは慌てもせず優雅に一礼してみせる。
「ば、バーロッ!!気色わりぃこと言ってんじゃねーっ!」
「しッ!」
キッドは鋭くそう言うとコナンの目の前に白い指を一本立てた。
咄嗟のことにコナンは口を閉じる。
「せっかくの逢瀬に無粋な邪魔が入るのは好むところではありません」
そうして艶やかに笑ってみせる。
「はっ、なーにをカッコつけてやがるんだよっ!」
コナンはキッドを睨みつける。
普段キッドがこんなくそ丁寧な物言いをする人間ではないことをコナンは知っている。
「そ~いう生意気なこと言ってるとカワイクねぇぞ。工藤新一・・・いや、今は江戸川
コナンか」
「可愛くなくても結構!今日こそは逃がさねぇからなっ!覚悟しろ、キッドっ!!」
不敵に笑うキッドをビシッと指差すと残る片手に残るボタンを押した。
ドンッ!!
二人のすぐ近くで盛大な爆発が起こった。
「これであの張りぼてのまわりの警官は皆こっちに来るぜ。今夜で年貢の納め時だな
怪盗キッドっ!!」
コナンの言葉どおりいきなりの爆発に黒い一団(警察)がこちらにどっと押し寄せてきた。
「・・・全く残念だ。今度会うときまで・・・・」
そっと白い手がはなれるとそれと入れ替わりにキッドの顔が降りてきた。
・・・・と思うとコナンのみずみずしい唇に・・・・何かがかすめた。
「っっ!!!」
「他の奴に触れさせんじゃねぇぞ」
「なっ!?」
コナンが驚いて焦っている隙にキッドはさっと跳躍すると傍の木の上に飛び移っていた。
「いたぞ~~っっ!!キッドだ~~っ!!」
もう一度キッドはコナンに目を向けるとバサッと闇の中へと飛び立ち・・・・・・・
忽ちのうちにその姿はコナンの視界から消えていった。
「ったく、あいつは妙に縁があって嫌になるぜ」
江戸川コナンの姿から高校生である工藤新一の姿に戻り、自宅の書斎でくつろいでいた
新一はそうぼやいた。
姿も戻り新一をコナンの姿にした張本人のウォッカたち国際犯罪組織も壊滅に追い込んだ
新一は以前のような高校生探偵として再び紙面を賑わせていた。
「そうつれないこと言うものではありませんよ、名探偵」
いつの間に入りこんだのかキッドがいつもの姿で入り口の扉に背を預けて立っていた。
神出鬼没。
他人には敏感な新一が全く気配を感じることが出来なかった。
「不法侵入で警察呼ぶぞ」
新一のそんな言葉にもキッドは余裕の表情で笑っている。
新一が本気でそんなことを言っているのではないことを知っているのだ。
そのキッドが新一に何かを投げてよこした。
反射的にそれを掴む。
そっと手を開くとそこには吸い込まれそうな美しいブルーの見事なカッティングの宝石。
明かりをつけていない部屋にさしこむ月光に透かしてみると蒼の闇間に星が獅子の形に輝いているのが見えた。
現在、米花美術館で特別に展示されているはずの「獅子の輝き(レーヴェ・グランツ)と呼ばれる宝石だった。
内部の気泡がちょうど獅子座の星と同じ並びをしていて普通であれば屑にもなりうる石が
ダイヤ以上の価値をもつ事になった。
他にこれを所有したものは歴代の英雄になることが出来ると伝えられ、ナポレオン、エリザべス女王、近くはヒトラーも手に入れようとしたという由来を持つ宝石としても有名である。
そういえば、今日の朝刊にキッドから予告状が来たとか載ってたな。
「仕事帰りかよ」
新一が思わずもらしたセリフにキッドがふっと笑う気配がした。
それを感じて新一はむっとする。
「今日はご機嫌麗しくないようですね。せっかく私がここまでお目にかかりに来たというのに悲しいですよ……あなたなら私を捕まえに来て下さると思っていたのですが」
「よく言うぜ、大人しく捕まるつもりもないくせに」
「あなたになら捕まっても構いませんよ」
そんなことを言うが今まで一度たりとも捕まってくれたことなどないではないか。
「警察に捕まるのと、あなたに捕まるのとは・・・全く違いますからね。それに」
「それに?」
「改めて捕まるまでもなく私ははじめてあなたにお会いした瞬間からその瞳に捕まってしまっているのですから」
新一はキッドのセリフに机に呆れた視線を向ける。
どうして、この男はこうキザなセリフを連発することが出来るのだろう。
「……そーいうセリフは女に言え、女に」
「照れるところも可愛いですよ。頬がピンク色に染まって美味しそうで食べてしまいたくなります」
ずり。
キッドの不穏な言葉に身の危険を感じた新一は椅子に座ったまま出来る限りキッドから離れようとした。
「今夜はそれをお届けに来ただけなのですが・・・そんな顔をされると・・・襲いたくなるじゃねーか。この俺を惑わすなんて新一くらいのもんだぜ?」
罪作りな奴、とか何とかくだけた物言いになってなにやらわけのわからないことをほざき続けているキッドに新一は冷たい視線を送ってやった。
そんなものキッドにはなんの効果もないだろうが……。
「俺なー、ずっと気になってたんだぜ。新一の傍をやたらとうろちょろ飛び回る関西弁男とかどっかの胡散臭い公安とかがお前に手ー出さねぇかってな」
キッドが寄りかかっていた扉から身を起こし組んでいた腕をはずして新一にゆっくりと近づいてくる。
「新一もまんざらでもねーみてぇだし?」
「……誰が?」
「あいつ妙にお前にベタベタ触るし・・・」
いったいいつ見てるんだ、いつ。
「仲良さげに歩いているところなんかまるで恋人同士みたいで・・・後ろから蹴りいれてやろうかと思った」
そんなことを思うのはお前一人だ。新一は心の中でつっこむ。
だいたい何故こうも新一の私生活を詳しく知っているんだ?
今はやりのストーカーか?
それは犯罪だぞ……てすでに犯罪者に言っても無駄か。
かなり不幸な気分に新一はなる。
「キッド……」
話しながら徐々に新一とキッドの距離は狭まっている。
口調は軽いが目がマジなのが恐ろしい。
「俺なんか新一に会えてもいつも警察に追われてるときだからゆっくり話しも出来ねぇし……お前いっつも俺に冷てーし……おちおち怪盗もしてらんねぇんだよな」
「……」
そんなこと新一に言われてもどうしようも無い。
新一は探偵だ。
探偵であるからにはどんな犯罪者も特別扱いには出来ない。
ましてや怪盗などと親交を深めるわけにもいかないではないか。
ダンッ!!
いつの間に差をつめたのかキッドの両腕が新一を壁に追い詰めその腕の中に閉じ込めていた。
「俺のこと……嫌い?」
いきなりの直球できたか。
「……どう思う?」
問いかけながら新一は微笑を浮かべる。
とても蠱惑的な普段の新一からは想像もできない『色』が漂う。
「俺は新一の・・・瞳も」
誘われるようにキッドの唇が新一のまぶたに触れた。
「頬も、形のいい耳も・・・」
次々とキッドの唇が触れていく。
新一はそんなキッドの行為にされるがままになっている。
「やわらかくて、とろけそうな唇も・・・」
「んんっ!!」
離れるときにキッドの舌がぺろり、と新一の唇をなめていく。
その感触に……ぞくりと背を震わせた。
「全部、好きなのに」
そして新一と目を合わせるといつもの皮肉げな笑みとは全く違う極上の笑顔をしてみせる。
「そう言うの、俺で何人目だよ?」
「はぁぁぁっ」
わざとらしく大きくため息をついたキッド。
「な、新一。今までの俺の話ちゃんと聞いてた?俺が危険をおかしてまでここに来るのもこうやって理性を総動員させてキスだけですませてやってるのも、ぜ~んぶ新一のためなんだぜ?」
「……ふぅん」
「ま、そんな新一だから惚れたんだけどなぁ」
何げに固まってしまった新一を置き去りにキッドはどんどん盛り上がっていく。
その理性を総動員させているとはとても思えない様子に貞操の危機を新一が感じはじめた
ころ唐突にキッドが沈黙した。
そのままの状態見つめあう(何しろ新一はキッドの腕の中)しばし……。
「ふ・・まぁ今夜のところは見逃してやるよ」
「キッド……」
それだけ言うと壁についていた手を離して新一を解放した。
「この俺に盗めないものなんてないからな」
いつか必ずお前の心を盗んでやるよ・・・・・・・・
そしてもう一度新一の唇に触れた。
ふわっと目の前に純白の布が翻る。
鍵をかけていたはずの窓がぱっと開いた。
風がカーテンを巻き上げ部屋に流れ込んでくる。
「あなたの身も心も私のものです」
「どうだかな……?」
窓辺に立つキッドは優雅に一礼する。
その瞬間横から一陣の風がふきぬけ新一は咄嗟に目をかばった。
顔をあげるとそこにキッドの姿はなかった。
「バーロ・・・」
手の中の青玉が一際強く輝いていた。