+ 慈悲 +









 腰まで伸びた艶やかな黒髪を風に揺らし、口元には微笑を浮かべて通りを歩いていく。
 褐色の瞳に浮ぶ光はどこまでも穏やかで、まるで慈しむように見えた。

 彼女は特に目立つ外見でもなく、静かな気配を纏って露店を覗いていく。
 よくよく見れば、その顔がとても綺麗に整っていることに気づくのだが…何故か誰も気に止めない。
 秋祭りで賑わう人の中を、溶け込むように進んでいく。

      申し、そこのお嬢さん」

 掛けられた声に、反応せず彼女は歩いていく。
 自分に向けられたものでは無い、と判断したのかもしれない。

「お嬢さん。ろ く だ い め !」

 彼女の足が止まり、笑んでいた瞳が細く歪められ、物騒な光を帯びた。
 流れるような仕草で、声を掛けてきた男に近づくと腕を掴み、大胆にも路地裏に連れ込んだ。







        殺すぞ、馬カカシ」


「た、た、まぁまぁ、・・・・・そう怒らないで、ね、ナルト」

 壁に押し付けられ、ホールドアップしたカカシに、彼女・・・六代目火影ナルトはちっと舌打ちした。
「そんな完璧な変化で、最初全然わからかったよv」
「・・・・・・・」
「でもナルトはどんな格好でも美人なんだけどね〜」
「黙れ」
 鋭いナルトの眼光に、はいとカカシは大人しく口を閉じた。
 それを苦々しく思いながら、ナルトは内心で溜息をついた。
 サスケとシカマルを振り切って、漸く抜け出してきたというのにまさか一番厄介な相手に捕まるとは。
「・・・任務はどうした」
 そう。だからこそ厄介払いに一日では終わりそうにもない任務を与えたというのに。
「完遂しました!ご報告に上がる途中にお姿を拝見し、ついて参りました!」
「・・・・・・・」
「もう、ラッキーて感じ?」
 己の運の無さに、疲労感を感じずには居られなかった。
「今すぐ目の前から消えうせる気は・・・」
「無いでーすv」
 しっかりみっちり付き纏う気で居るらしい。
「・・・私服に着替えろ」
 どうせ簡単に追い払えはしないのだ。それならば、こそこそ付いてこられるより、目の届くところで
目を光らせているほうがマシ。
 ナルトの言葉にカカシは、喜びに尻尾を振り切れさせた・・・犬のように見えた。









「これなんか似合うよ〜ん」
「そう?」
 小間物を並べている露店で、カカシにピアスを見立てられていた。
 空を封じ込めたような青色の石を銀の台座にはめ込んだだけというシンプルなデザインながら、
確かにナルトの『本来の姿』ならば、瞳の色と映えてよく似合っただろう。
 しかし生憎、今のナルトは黒髪茶眼である。どこかちぐはぐしてしまう。
「いや、お兄さん!なかなかお目が高い!それ掘り出しもんだよ!」
 物は良くても本人に似合わなければ意味は無いだろうに・・・
「お安くしとくから、彼女にどう?」
「そうだね〜」
 どうする?と問いかけるようにカカシがナルトに視線を流す。
 それに微笑を浮かべてナルトは言った。


「私の価値って       その程度?」


 清廉そうな女性の口からの思いがけない言葉に、店主とカカシがぽかんと口を開けた。

「え、あ・・そ、そうだよね〜!えーっとこっちとか?」
 いちはやく立ち直ったカカシが機嫌を取るように、奥に置かれているワンランク上の商品を手にとる。
「それとも・・ほらっ!」
 店主に目配せして、もっと何か無いのかとせかす。
 店主もそれで漸く我に返り、慌てたように背後に置かれていた箱を探り、露店に並べられているもの
とは比べ物にならないような高価そうな品を取り出した。
 そして男二人で、ナルトにお伺いを立てるように見上げた。
 その視線にナルトは、やはり優雅に笑ってみせる。




月の涙、持ってるよな?




 女の声から、少々低めのハスキーボイスに変わる。
 店主の顔から血の気が失せた。
「な・・なななんの・・・」
「ふざけた真似はしないほうがいいぜ。そいつ、一応上忍だから」
 店主の横に並んだカカシが、表からは見えないようにその首元へクナイを突きつける。
「な、生きて帰りたいだろ?」
 美しい顔が微笑む。
「・・・・・・・」
「あ、知ってるだろうけど。死体になっても有効活用させてもらうから」
 そこでナルトは笑みを消し、それで人を殺せるのでは無いかと思えるほどの殺気を込めた眼差しを
男に向けた。

出せ













「ところで、それ何だったの?月の涙って?」
 丸い乳白色の宝石を男から受け取ったナルトは、『夕刻までに里を出ろ』と脅して放置した。
「これは月の涙って言ってな。土の国でしか取れない宝石だ」
「へぇ〜〜」
 貴重なものなのだとカカシは理解した。だが、ナルトがわざわざお忍びで出てきて男から奪い取る
ほどのものでは無いだろう。
「濁ってるから、宝石そのものとしての価値はそれほど無い。だが、情報端末の『器』として、最高の
素材になる」
「・・・と言うことは」
「あいつは、岩隠れの間者で木の葉のことを探りに来てたんだろう。この月の涙には、その情報が入っているはずだ」
 術や地理なんて情報ならともかく、忍個人の情報が盗まれればこれからの仕事に支障をきたす。
 だから、気が付いたナルトが真っ先に処理したのだ。
 男が逃げ出す前に。

「始末しなくてよかったの?」
 物騒なことをのほほんとした顔で平然とカカシは尋ねる。
「警告を聞かなかった場合は暗部に処理させるよう手配してある」
「見逃してあげるんだ、優しいね〜」
「お前、やっぱり鈍ってんじゃないのか?暗部に戻るか?・・・間者が何の情報も持たずトンボ返りして
しかも五体満足。さて、連中はどう思うだろうな」
 裏切り。二重スパイ。
「・・・・・・・・」
 沈黙が落ちる。
 用を終えたナルトは、さっさと火影邸に向かって歩いていく。
 その背中を、カカシは見つめる。



(・・・・でも、やっぱりナルトは優しいよ。だって、どうあれ『チャンス』をあげたんだから)
 それをどう生かすかは、あの男次第。




「ナルト〜っ!また今度デートしようねっ!!!!」




 ものスゴイスピードで、クナイが飛んできた。










:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
1111111、柊様リクエストありがとうございました!
・・・えー、大変に遅くなりましたが何とか。
書かなくちゃーと思いつつ、原稿の忙しさに逃げてました。
ホント、今年は大変だった(言い訳/苦笑)
お忍びだけど、お仕事してる火影ナルトです。
・・・こんなのでいいでしょうか???(不安)