= 宿木 =







「・・な・・・何だこれはーっ!!

 仕事場=火影執務室を訪れた側近、苦労人サスケは一枚の紙を握り締め、叫び声をあげた。


















 六代目火影は、多忙だった。
 しかし、別にそれが気に入らない訳では無かった。何故なら、忙しいのが『普通』だったからだ。
 5歳になる前から忍の世界に足を踏み入れ、暗部でも1,2を争う仕事量を請け負い、それを平然とこなしてきたのは伊達では無い。無理やりに休みを取らされたこともあるが、そんなときは忍術研究に励み、武器の手入れをし、・・・退屈の虫を殺しきれずに三代目の元へ顔を出す・・・とそんな繰り返しの日々。
 そう、繰り返すが忙しいのは嫌では無い。
 ただし。
 それは、体を動かしていれば・・・という条件がつく。
 火影という立場は、前線に立つものでは無い。本部から指示を出し、報告書を受け取り、捌く。
 その他にも里のトップとして目を通しておかなければならない書類は、それこそ比喩ではなく山ほどある。
 六代目の仕事は椅子に座るところから始まり、椅子に立つところで終わる。
 つまり、一日中、朝から晩まで執務室にこもって、サインしたり判押したり、決済したりと・・・
 気分転換しようにも、木の葉病院からは『出来るだけ人前には姿を出さないでくれ』と嘆願書がまわってきており、おちおち散歩も出来ない。別に無視しても構わないが、そうするとまた必然的に六代目の仕事が増えるのだ。
 そんな日々が三ヶ月続いたあたりで、六代目・・・ナルトは静かにキレた。
 きっと傍目にはいつも通りだったので、サスケなど気づかなかったに違いない。
 だが、ナルトはキレた。
 そして、計画を実行した。













「我愛羅、暇?」
「・・・・ふざけているのか」
 我愛羅は目を通し終えた書類を渡し、次の書類を受け取ろうと顔をあげたところで動きを止めた。
 そこに居たのが姉のテマリではなく、隣の里のしかも火影だったからだ。
 念のため確認するが、ここは砂隠れの里中核部にある風影の執務室だ。ここにたどり着くには、何重もの護衛を突破せねばならず・・・・まぁ、目の前の相手には全て無駄にしかならぬことだが。
「お前は自分の立場がわかっているのか?」
 里のトップたるもの、そうふらふらと出歩くものでは無いと言いたいらしい。
 全く、我愛羅の認識は正しい。・・・が、それは相手が普通の認識を持っていなければ意味は無い。
「オレが居なくなったぐらいで沈むようなら先は知れてる。そんなことより」
 そんなことなのか。
 我愛羅は心の中で呟く。
「温泉行くぞ」
 決定しているのか。
 我愛羅はやはり、疲れたように心の中で呟いた。











 温泉、とくれば雷の国だが、風の国も多くは無いが良泉を有していた。
「雷の国まで行ってもいいけど、我愛羅は近場のほうがいいと思ったからな」
 いかにも感謝しろと言わんばかりの口調に、我愛羅の無表情がぴきぴきと動く。
 強制的に連行しておいて、いいも悪いもあるものか。
「我愛羅、砂はちゃんと落として入れよ。せっかくのお湯が濁るからな」
「・・・水程度で、この砂の鎧はおちたりしない」
「そんなこと言って、だったらいつ体洗うんだ、お前?風影が垢塗れなんて、話のネタ・・にはなるかな」
「・・・・・・・・わかった」
 五大国会議で、晒し者にされるのは我愛羅も嫌だったらしい。
 隠れ里の里長の中では、我愛羅と同じ最年少のナルトは、だが暗部時代に築いたネットワークにより、最年長の土影さえ軽くあしらってしまう。史上最強との呼び名も高い火影に喧嘩を売るような人間は、現代には存在しないのだろう。

 ぱさり、と衣ずれの音がして何の気なしに振り向くと、金色の輝きが白い肌にさらさらと零れ落ちる・・

 魅入りにそうになった我愛羅は、渾身の力でもって視線を引き剥がした。
 六代目火影は、存在自体が禁術だ・・・との噂が風まで届いていた。

「お先」
 そんな我愛羅に気づいているのかいないのか、ナルトはさっさと浴場のほうへと消えていく。
 ふー・・・・
 いくら忙しい執務の中でも、けっして溢したことの無い深い溜息が漏れる。
(・・・木の葉の奴らはいったい何をしているんだ・・・あんな歩く大迷惑を放置しておくな・・・っ)
 強い感情の起伏をみせた我愛羅は、服を籠に投げ込みナルトを追った。
 逃げ出しても良かったが、・・・簡単に逃げさせてくれる相手でも無い。
 それならばせいぜいゆっくりしてやる・・っと我愛羅は開き直った。

 だが、出来ることならば我愛羅はこの時点でどんな手を使ってでも逃げるべきだったのだ。

 その五分後。
 浴場にて、背中を洗う洗わないと押し問答していた二人のところへ、鬼の形相のカカシが飛び込んでくる。
 カカシの目には、二人が『一糸まとわぬ姿で絡み合っている』ように見えたらしい。
 真実は、背中を流してやると面白がるナルトを、我愛羅が必死に引き剥がしていただけなのだが。
 しかし恋する男(?)には、そんなものただの言い訳だ。(真実だけど)

 嫉妬という炎に身を焦がし、ぼうぼうと燃えあがったカカシは暴れまくった。

「ナルトっ!帰るからねっ!!」
 傍観者に徹していた(すでに服も着替え済み)ナルトを横抱きにしたカカシは、温泉地を飛び出した。


          もはやそこがいったい何の建物であったかも予測がつかない瓦礫の山と化した浴場と我愛羅を置いて。



「・・・あれは最早、天災だ」
 我愛羅の呟きに、同意してくれる者は多いことだろう。













我愛羅に攫われることにした。
助かって欲しくば、この山となった書類を
オレが帰ってくるまでに片付けておけ。










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