刀鍛冶


 ナルトは奥まった路地にあるひっそりとした、注意していなければ見過ごしてしまいそうな扉を静かに開け、その中に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

 低くもなく、高くもない。静かな声が出迎えた。
「いつも店に居るな、刀神(カタミ)。刀を鍛えなくていいのか?」
 挨拶もない不躾なナルトにも気にすることなく、刀神と呼ばれた店主は穏やかに笑っていた。
 盲目の刀鍛冶はナルトの愛刀を鍛えた、火の国でも随一の腕を持っている。
「火の神は気まぐれです。打つべきときが来るまで私はこうして待つだけです」
「ふーん」
 ナルトは、狭い店の上がりかまちに腰を下ろした。
「朧と陽炎、よく働いてくれる」
「ええ、わかります。あなたの傍で歓喜の歌を歌っている・・・ここまで持ち主に恵まれる物もそうはおらぬでしょうね」
「そのぶん血塗れだがな」
 くくっと笑う。
「あれだけ血を浴びても、曇りも錆もしない・・・なぁ、あんたの作る物は全部そうなのか?」
「いいえ、朧と陽炎は私が生み出したものの中でも最高の二振りです。刀とは斬るために生まれてくるもの。・・・血を浴びてさらに美しく輝いていることでしょう」
 そんなことを平然と微笑して言うあたり、普通の『鍛冶師』では無い。
 男が作り出す武器は、その美しさのみならず実戦においての確かな使いぶりに、欲する者が後を立たないという。一見して細身の、盲目というハンデを背負う青年の姿は付け込む隙がどこにでもありそうな気はするが、彼は自分が選んだ人間以外に武器は売らない。
 その技術こそが男の武器。
 彼は武器を造ることを第一とし、売ることは二の次だ。
 そんな男が自分を選び、ただ同然で武器を打ったのは何故なのか・・・。

「あんたが刀を鍛えるところが見てみたいな」
「さぁ、それは無理でしょう」
 穏やかに、けれどはっきりと言い切った。
「何故?」
「あなたは眩しすぎる」
「は?」
「あなたの放つ光はあまりに強く、お会いする度に私の目は見えなくります。このような『目』では到底刀を鍛えることは無理でしょう」
「つまり、オレはここに来ないほうがいいのか?」
「いいえ、いつでも歓迎いたします。あなたは眩しすぎます。けれど、その光に焦がれることもまた事実。きっと話に聞く、『太陽』というのはあなたのような存在なのでしょう」
「・・・大げさだな」
 苦笑して、ナルトは立ち上がった。
「これの砥ぎ、頼んでいいか?」
 ナルトは数本のクナイをとりだし、店主に手渡した。
 この鍛冶師に出会う前は、自分で研いでいた。武器とは己の腕に等しい。そんなものを下手に他人に渡すことなど出来ないからだ。
「確かに、承りました」
「一週間でいいか?」
「お急ぎでしたら、明日にも仕上げますが」
「いや、それほどでも無い。三日、くらいか」
「十分です」
「これ、前金」
 ナルトは店主の膝の上に金の入った袋を置いた。
「少し、多いようですが?」
「また一両とか言われたら困るからな。あんたの腕にはそれだけの値打ちがある」
「あなたにそう仰っていただけるなら、これ以上の栄誉はございません」

 静かに頭を下げながら、店主は去り行くナルトを見送った。










「ナ……タオ・ルン」
 路地から出たナルトは幼い子供の姿ではなく、変化で青年の姿をとっていた。
 その名を知る者は稀だ。
「イタチ」
 無表情な癖に、勢いよく振られている尻尾が見える気がするのはナルトの気のせいだろうか。
「何か用事が?」
「んー、クナイを砥ぎにな」
「・・・例の、鍛冶師」
「そう。お前とは会ってくれない鍛冶師」
 ナルトがくっと笑った。
 ナルトが行くときはいつも店に居る刀神は、反対にイタチが行くといつも不在であるらしい。


『光と闇は惹かれあうもの。あなたが眩き光ならば、彼は深遠の闇を抱えし人。闇は目を覆い、鍛冶の火を消してしまいます。私にあの方の物は打てない。つまり私はあの方にとって何の役にも立てない人間なのです。だから、お会いできないのでしょう』


「闇、ねぇ・・・」
「ナルト?」
 どちらかといえば、自身のほうが『闇』だとは思うが。
 相手をしてくれないナルトに・・・無表情で、途方に暮れるという器用な真似をする男がナルト以上の『闇』を抱えているとは考えられない。
 まぁいい。

「ラーメン食いに行こうぜ」
「醤油」
「味噌だろ」
 味覚には擦れ違いがあるらしい。





 


『どれほど暗い闇も、光の前には薄まり、消えるのです』