家政婦は見た!
シカマルは咄嗟に近くにあった建物の影に身を隠した。
(――― くそ親父、何やってやがんだ・・・っ)
いつも『めんどくせー』が口癖で、12歳にしてすでに『年寄りじみている』と評判のシカマルにしては
珍しく動揺を露わに父親を罵倒した。
アカデミーの帰り道。
今日もめんどくせー、と授業のほとんどを寝て過ごしたシカマルはチョウジと別れて自宅まであと5分というところで。
衝撃的出来事に遭遇したのだった。
―――― 父親の逢引現場に。
まさかの光景に、頭も心臓もこれ以上無いほどパニック状態に陥っているシカマルは、落ち着け落ち着け
と自身に言い聞かせる。口元に手を当て、余計な声を漏らさぬように。
(待て、落ち着け。何かの見間違い・・・俺の勘違い・・・いくら何でもあの母ちゃんにめろめろなくそ親父が)
だが、と考える。
相手の顔はよく見えなかったがあのくそ親父ときたら、いまにもヤバイことに及びそうなほど顔を緩めて
相手に覆い被さって無かったか。
格好からして・・・忍のようではあったが。
(――― マジィぞ。母ちゃんにバレたら血の雨が降る!)
親父の浮気はどうでもいいが、その巻き添えを食うのはごめんである。
この際、真実をつきとめていつでも逃げられるように準備しておかなければならない。
一瞬のうちに、そこまでの結論に辿り着いたシカマルは、改めて影から二人を観察する。
腐っても上忍である父親にバレないように、慎重に気配を殺す。
何やら楽しげに話をかわしている様子・・・口元が隠れているので読唇術はきかない。
もう少し父親がずれれば相手の顔を確認できるのに。
(――― あ)
父親の手が、相手の顎にかかる。
(――ちょ、ちょっと待て!いくら何でもこんな往来でっ!)
破廉恥な行為に及ぼうとする父親に気が気ではない。
ここは通りがかりのふりして、止めるか。
(あーもー、めんどくせー・・・っ)
シカマルは頭を抱えた。
「何やってんだ、お前」
「・・・っ!?」
頭上から降ってきた声に、シカマルは我に返った。
「お・・・おや・・・親父」
「はぁ?」
挙動不審なシカマルに、父親の眉がしかめられる。
「な・・・何やってんだ!」
「そりゃ、お前だろ。さっきからこそこそと・・・あーん?また試験で0点とってきたか?」
「うるせー」
先ほどからの行動がバレていたのがキマリが悪く、父親から顔をそらすふりをして今まで話していた
相手の姿を捜す。
「・誰かと話してなかったか?」
「ああ。何だ、それで遠慮したってか?らしくねぇな、おい」
人の苦労も知らずケタケタ笑う父親に殺意が沸いてくる。
「―――鹿、誰?」
どくんと心臓が波打った。
大声なわけでも、甲高い声でも無い、普通の声なのに妙に胸にこたえる声だった。
だが、そんな声よりも何よりも・・・・・・。
(――― 母ちゃん、身内の贔屓を入れてもちょっと叶わねーな、これは)
美人、なんてもんじゃない。
見たものを釘付けにして放さない磁力のようなものさえ発しているような・・・恍惚なる美貌だった。
「俺の息子。シカマルってーんだ」
「ふーん、確かによく似てる」
ちらりとシカマルに視線を流し、たいして興味も無さそうに父親へ戻してしまう。
それが残念だと思う自分が居て、またまた驚く。
本日は驚いてばかりだ。
「じゃ、俺行くから」
「おう、またな」
父親と対等な口ぶりの美貌の主は、およそ20台前半。
(―――ちょっと、待て、『俺』?まさか、男か!?)
混乱するシカマルは、結局相手と言葉を交わすこともなく、名前さえ知ることもできず、去ってく背中を呆然と見送る。
ばしっと、頭をはたかれた。
「一丁前に見惚れてんじゃねーよ」
意地の悪い笑みを口元に刻んだ父親がシカマルを見下ろしてくる。
「――― 親父、妙な趣味に目覚めたのか?」
「アホか。――― まぁ、あいつ相手なら手染めていい気もするが、母ちゃんが居るからな」
どうやら離婚する気は無いらしい。
「あいつ、何?」
「へぇ、何でもめんどくさがるお前が興味ある?」
「うるせー」
「俺の元同僚だ」
「元?」
自分の父親は現役の上忍である。その『元』と言うと・・・あれほど若くてすでに引退しているということか?
ハードな職業ゆえに、皆無という訳ではないが・・・とてもそんな感じには見えなかった。
「命が惜しければ二度と詮索するな。―――暗部だ」
「!?」
シカマルは呆然と父親を見上げた。
今の相手が暗部だというのにも驚いたが・・・この父親が暗部に所属していたということがそれ以上に驚きだった。
「縁がありゃ、また会えるさ」
くつくつと喉で笑う。
(――― めんどくせー・・・けど、どっかで見たことあるような・・・・・・だが、あんな印象的なのを忘れるわけねーし??)
「あ・・・・」
翌日いつものように、遅刻ぎりぎりに出席したアカデミーのクラスでシカマルはずっと引っかかっていた
気がかりの正体をつきとめた。
「おはよーってばよ!また遅刻ぎりぎりなんだってば!」
ナルトだった。
「俺より一分前登校が偉そうに言うな」
「えっ!?何で知ってるんだってば!」
(バレバレだっつーの)
シカマルが校門にさしかかったときに、下足室で慌しくあがっていく金髪頭が居た。
金髪頭はナルトしか居ない。
「なぁ、ナルト。お前、兄弟いたか?」
「そんなもんいねーってばよ!俺ってば、てんがいこどくのみのうえ、て奴だってば!」
「・・・・・・・・・」
言ってる意味がわかってんのか、こいつ・・・と思えるほどの棒読みである。
「何で、そんなこと聞いてんの?」
「いや、何でもねー・・・気にすんな」
不審そうに目を細めるナルトに背を向けて、シカマルはぼんやりと外を見る。
(―――そうだよな、ドベでお調子者なこいつと、あの暗部が知り合いなわけねーか・・・)
あの暗部は黒髪黒目。対するナルトは金髪碧眼という華やかな色彩だ。
だが、何故かシカマルの勘が『これだ』と告げたのだ。
(勘もあてにならねーて・・・めんどくせー・・・)
ぴーひょろろーとシカマルを馬鹿にするように鳶が飛んでいく。
「シカマルってばよ!」
「いってーーっ!この馬鹿!髪引っ張んなっていってるだろーが!」
「あはは、すでにデコヤバイ感じだってばよ!」
「放っとけ!」
悪戯小僧の面目躍如。ナルトはししし、と笑っている。
忍術も知能もアカデミーの最低ラインを突っ走るナルトと、忍術はそれなりにありながらもやる気の無さは
ぴか一なシカマル。『落ち零れ』のレッテルを貼られている二人だったが、それなりに友人と呼べるような
ものがいるシカマルと違ってナルトはほとんど一人。
シカマルには理解不能だが、教師も生徒もあからさまにナルトを『特別扱い』して排除しようとする。
おそらくシカマルのような子供には教えられない秘密が存在するのだろう。
それが何なのか、めんどくせーが口癖のシカマルはことさら知りたいとも思わない。
「お前こそ、デコから血出てるぞ」
「ん?こんなもん唾つけとけば治るってばよ!」
「・・・あーそうかよ」
実のところ唾には細菌が含まれていて傷口につけるなんて衛生上良くない、なんてこと今さらすぎて言う気もおきない。
(こいつ、生傷たえねーよな)
悪戯ばかりしているせいか、生徒同士の喧嘩のせいか・・・・・・それとも他の何か?
(ま、俺には関係ねーし・・・)
「こらぁっ!ナルト!席つけ!授業をはじめるぞ!」
「あ、イルカ先生だってば!」
ぴょんと飛び跳ねてシカマルの前の席についたナルト。―――珍しく素直だ。
イルカも出鼻を挫かれたような顔をしている。
いつもならもうひと騒動起こしたナルトが、イルカからの拳骨を受けてようやく授業開始となる。
(ん?・・・・・・あ、え・・・?)
それは『影』を術として使うシカマルだからこそ気づいた違和感。
ナルトにはあるはずのものが無かった。
(影が・・・無い。馬鹿な、そんなことが・・・・・・あるわけが)
目の錯覚?
――――――否。
(こいつ・・・・・・ナルトじゃ無い。『誰』だ?)
「――ル・・・シカマルっ!」
「!?」
隣に居たチョウジが必死に教科書を指差している。
(何だ?)
「シカマル。目を開けたまま寝てたのか?」
「は・・・・」
教壇に居たはずのイルカがチョウジとは反対側の通路で、こめかみをひくひくさせながらシカマルを
見下ろしていた。
――― どうやら当てられたのを無視していたらしい。
「馬鹿者っ!朝一番の授業から眠るとは何事だ!」
「いや、寝てはなかったんっすけど・・・あ、はい、いや何でも無いです」
「まったく・・・35ページの8行目からだ」
「へー」
「返事は”はい”!」
「はいはい」
「シカマルっ!」
これ以上言われてはたまらない。
何か説教をたれようとしたイルカの言葉を遮ってシカマルは読み始めた。
教科書の向こうで、黄色い頭が揺れている。
―――― 影が・・・・・・・戻っていた。
煩い。騒がしい。ドタバタ。ドベ。
頭に書き込まれているナルトの項目に、シカマルは。
――――『妙』、『胡散臭い』
という二つを付け加えた。