還ってくれませんか?


 目を開けると、半透明の物体が号泣していた。



 ―――何故、こいつが・・・?
 ―――・・・・・・。



 ナルトは開いたはずの目を閉ざし、これは夢なのだと念じる。

「ナールートーく~んっ!」
 それなのに、幻聴まで聞こえはじめる。

 ―― 空耳だ。そうに違いない。

 ナルトは再び己に言い聞かせる。

「ナルトく~んっ起きてくれないと・・・・」




 ごそり。





――っ!てめぇっ!!人の布団に 潜りこんでんじゃねーっ!この変態親父が!!

「おはよう♪」
 飛び起きたナルトに、天に還ったはずのナルト父がにこやかに挨拶した。












「――― で、いったい何の用で化けて出やがった?」 
 半透明の体でどうやって作るのか、相変わらず謎な朝食を口にしながら、ナルトが食べるのを 嬉しそうに眺めているナルト父に問うた。
 この状態は鬱陶しいこと限りなかったが、どんな攻撃をしようと目の前の幽霊には効果が無いので ナルトにも打つ手が無い。
「ふふふふふふ~、ナルト君がねぇ、僕の螺旋丸を覚えてくれたって聞いたから嬉しくって!居ても たってもいられず還ってきちゃった
「・・・・・・・」
『還ってきちゃったv』―――なんて軽く言えるほどあの世とこの世の行き来は簡単なものなのか。
「何でお前がそんなこと知ってんだ?」
「カカシ君がお墓参りに来たときに教えてれたんだよv」
 余計なことを!・・・カカシ、殺す!
 ナルトは心に決めた。
「お祝いしよう!お祝い♪」
「・・・勝手に一人でしてろ」
 付き合いきれないとナルトが言うと、途端に目を潤ませる。
「ナ・・ナルトく~んっっ」
 びしっびしっと家鳴りがして、家が震え始める。
 古い建物はそうでなくても傷みが激しいというのに、こんな衝撃を与えては崩壊しかねない。

 ――― 勘弁してくれ・・・

 どうしていつもは体が足りないほどに忙しいのに、今日に限って表も裏も任務が入っていないのか。
 それを口実に逃げることが出来たのに・・・作為的なものを感じずにはいられない。
「ナルト君・・・」
 火影にもなった男がまるで飼い主に叱られた犬のように、ナルトを見上げてくる。
 
 ――― 幽霊は幽霊らしくあの世で大人しくしていろ・・・

 心からそう思ったナルトは大きく長い息を吐き出すと、全てを諦めたかのように再び「勝手にしろ」と 呟いたのだった。










「・・・何があった?」
 恐ろしく疲れた様子のナルトが歩いているのを見かけたシカマルが、いつものセリフも忘れて声を掛けてきた。
「ああ、シカマル・・・ちょっとな」
 どんなにハードな任務でも平気でこなしていたナルトの相等参っている様子に、ただ事では無いと判断する。
「・・・俺で良ければ、相談に乗るぞ?」
「・・・・・本当か?」
 もちろんだ、とシカマルは力強く頷く。
 ナルトには数々の借りがある。ここで一つ返しておくのもいい。
 多少打算含みながらのシカマルの肩を、がしっと掴んだナルトは、その目に物騒な光を灯す。
 彼を巻き込むことを決意したのだ。
「実はな・・・・」









(馬鹿なことを言っちまった・・・)

 ナルトに連行されたシカマルは何となく・・・いや、かなり嫌な予感がしていた。
 そして、その予感はまさに的中した。
 何しろ、ナルトの家の玄関をまたぐと、皿が目の前をふよふよと漂う光景に出くわしたのだ。
 すっと視線を逸らすと、キッチンでは持ち主の居ない包丁が勝手に小気味よく野菜を刻んでいる。
「――― ナルト」
 ちょっと用事を思い出した、と言って逃げ出そうとしたシカマルの腕をナルトは、目にも止まらぬ早さでしっかりと捕まえた。
「ゆっくりしていくよな?シカマル?」
「・・・・・・・・」
 笑っているが、ナルトに隙は無く、殺気だっている。
 逃がすつもりは無いらしい。

「あ、ナルトく~ん!お帰り~っ」

「!?」
 どこからか声が響いてきて、シカマルは目を見開いた。
「ナ、ナルト・・・今の!?」
「シカマル、もしかしてお前・・・霊感強い?」
「・・・・・・・。・・・・・・・」
 シカマルは答えない。
 つまり、そういう類のことが、今ナルトのこの部屋では起こっているらしい。

「うわvね!ね!その子、ナルト君のお友達!?紹介して!」
「鬱陶しいっ!まとわりつくな!!」
 というナルトの言葉からすると、どうやら声の持ち主はナルトの右肩あたりに『居る』らしい。
「初めまして!僕はナルト君のパパでーす♪」
「パ・・・パパ??」
 幽霊に『パパ』だと自己紹介され、目を白黒させる。
「通りすがりのただの幽霊だ」
 目を白黒させているシカマルにナルトが間髪いれず否定する。
「酷いっ!こんなにパパはナルト君のことを愛してるのにっ!!」
「だったら、さっさと成仏しろ!」
「・・・・・・・・・」
「会いにきたばっかりなのにっ!そんなにナルト君は僕のことが邪魔なのっ!?」
「あー、邪魔邪魔。すっげー邪魔!」



 ぎしぃっっばぎぃっ!



「・・・・・」
 玄関の外で、何かが確実に破壊された音がした。
 シカマルの頬を冷や汗が伝い、落ちていく。

「人の家を壊してんじゃねーっ!」
「ナルト君が酷いこと言うから~っうわーんっ!!」

(うわーんて、うわーん、て・・・・・・)

「うるさいっ!文句があるならさっさと成仏しろっ!」
「嫌だもんっ!ナルト君の傍に居るーーっ!!」
「死んだ奴が我が儘言ってんじゃねぇっ!非常識もいい加減にしろっ!」
「ナルト君の親不孝者~~っっ!!」
「親らしいことなんて何もしてねぇくせに!偉そうなことを言うなっ!」

「・・・・・・。・・・・・・・」
 親子喧嘩なのだろう、きっと・・・これは。
 ―――巷ではちょっとお目にかかれない、片方が死んだはずの幽霊であろうとも。

「だからこうして、お祝いをしに還ってきたんでしょう!どうしてわかってくれないの!?」
「わかってたまるかっ!」
 もっともである。
 シカマルは玄関に突っ立ったまま、上がることも帰ることも出来ず硬直している。
 下手に動いてお鉢がこちらにまわってくれば災難だ。じっとしているのが懸命だ。

「わかった!ナルト君がそんなに言うなら・・・ずっと離れなくていいように取り憑いてやるっ!」
「はんっできるもんならやってみろっ!!」
 売り言葉に買い言葉。
 ヒートアップした親子喧嘩は最終局面へと突入したらしい。

「ふふ~んっ!何もナルト君に取り憑くとは言ってないもんね!」
「は?・・・てめっ!」
「え?」
 ナルトの視線がシカマルのほうを向いた。
 ぞくり、と背筋があわ立つ。

「お邪魔します♪」
 頭上で声がした。

 (ちょ・・・ちょっと待て~~~ぇっっ!!!)

 シカマルの心の叫びもむなしく、ふ・・と意識が遠くなった。












 がくり、と傾いだシカマルの体がゆっくりと起き上がる。
「・・・・・・・・」
「うーん・・・初めての人の体に入ってみたけど馴染みにくいね」
 声はシカマルでも口調は全く違う。
「お前・・・」
 シカマルはナルトの目の前で手を開いたり閉じたり、肩をまわしてみたりとサイズの違う服を 無理やり着た後のような仕草を続ける。
「―――どうかな?」






「・・・・・・どうかな、じゃねぇーっ!!!


 ナルトは叫んだ。
















 そして、ナルトは何故か里の中心街をシカマル(※中身はナルト父)と共に歩いていた。

「ああ、久しぶりだね。全然変わってない」
 きょろきょろと、挙動不審なまでに落ち着きなく周囲を見回すシカマル。何度も言うが中身はナルト父。
「幽体だとなかなか触れたりできなかったし・・・そうだ!」
 ナルトはがしぃっ!とシカマルに腕を捕まれた。
「甘味屋さんに行こう!この近くにあったよね~」
「いや。ちょっと待て・・・俺は」
「ナルト君は何が好き?僕はね~」
 ―――人の話を聞きやがれ・・・
 押しの強さに負け、ずるずると引きずられながらナルトは甘味屋の暖簾をくぐった。


「あら。シカマルにナルトじゃない」
 いきなり知り合いに出くわしてしまった。
「あ!いのだってば!」
「珍しいコンビじゃない。シカマルって甘いもの嫌いじゃなかったっけ?」
 不審な表情を浮かべるいのに、ナルトは焦る。
 放っておいていい気もするが、シカマルが元に戻ったときのことを考えるとフォローしておいたほうがいいだろう。
「俺が無理やり連れて来たんだってば!」
「――― にしては」
 いのの手がシカマルを指差す。

「お姉さんっ!スペシャル木の葉パフェを二つ!生クリームと白玉は大目にね!」

「・・・・・・」
 シカマルは嬉々として当店おすすめの品を叫んでいた。
「あ・・ははは・・・シカマルもやるってばよ!」
「・・・ま、いいけど」
 何でこんなことで俺が冷や汗をかかなくちゃいけないんだよ、と情けなく思いつつも深く追求され なかったことに胸を撫で下ろす。
「ところで、シカマル。あんたアスマ先生が出した宿題もうやった?」
「・・・?」
「明日まででしょ、もう~あんな暗号なんて解けるわけないじゃない」
 ぶちぶちといのは文句を重ねる。
「持ち歩いてんの?見せてってば!」
「ナルトに~、わかんのぉ、あんたが」
「まかせとけってばよ!」
 下忍に出す程度の暗号などたかが知れている。
 いのから暗号の書かれた紙を受け取ったナルトの脇からシカマルも覗き込む。
「何だ、これなら大丈夫」
「「何が?」」
「ほら、ところどころによくわからない点があるでしょ」
「・・・シカマル、何か今日、しゃべり方が変じゃない?」
「き・・・気のせいだってばよ!ほら!」
「この点を目印にして、こことここ。それから、こことここ」
 シカマルは紙を折り曲げていく。
「ほら、出来上がり!」
 折鶴が出来上がっていた。
「・・・あんた、あたしをおちょくってんの?」
「あはは。ここ見て」
 シカマルが折った鶴の背中と翼を指差す。

「ご・・・く、ろ・・・う・・・さ・・・・・ん・・・?」


「「ごくろうさん!」」
「その通り。なかなか面白い暗号だってね~」
「まさか鶴を折るなんて・・・」
 いのが出来上がった鶴を受け取り、まじまじと眺めている。
「発想の転換だよ。パターンの一つだから、慣れれば大丈夫」
「シカマル、本当にあんたどうかしたの?」
 いつも無口で、口を開けば『めんどくせ~』ばかり。
 そんなシカマルが懇切丁寧にいのにアドバイスしている・・・確かにおかしい。
 ナルトだって中身が注連縄だと知らなければ誰かの変化だと思ったに違いない。
「はい、お待ちどうさま~」
 嫌な沈黙が落ちるテーブルに、注文していたスペシャル木の葉パフェが置かれた。

「待ってました!それでは、いただきま~す!」

「・・・・・。・・・・・」
 
 (すまん、シカマル・・・・フォローのしようが無い)

 物問いたげないのの視線を必死で気づかないふりでナルトは運ばれたパフェを食べ続けた。







 『あんた・・・頭でも打ったか悪いもの食べたんじゃない?』と気の毒そうないのの視線に見送られ ナルトとシカマルは温泉にやって来ていた。
 何故温泉、と訪ねたナルトに中身注連縄なシカマルは『温泉で背中を流しっこして交流を深める!これぞ王道でしょ!』と。
 いったい今さら幽霊とどんな交流を深めろというのか、しかも王道って・・・?
 数々の疑問符を浮べながらナルトは、意気揚々と入っていくシカマルに続く。
 その背中に・・・・


「あ!ナルト~~~っ!」


 嫌な奴に見つかった。
 駆けて来るカカシの姿に、ナルトはそう思った。

「なになに!今から温泉?」
「・・・ああ」
「じゃ、俺も!」
「いや、いい」
「丁度俺も汗流したいって思ってたんだ~!」
「家帰って、シャワーでも浴びろ」
「温泉で背中の流しっこ!これぞ王道だよね~!」
「お前もか・・・・」
 あの親にして、この弟子あり。
 カカシの変人っぷりは、やはりコイツのせいだったのか・・・。


「ナルトくーん、どうしたの・・・て、おや、カカシ君」


「カカシ『君』?」
 カカシがシカマルを見て、眉を寄せ首を傾げた。
「お墓で会って以来だね。元気してたかい?」
「・・・・・墓?」
 ますます首を傾げる。
「カカシ君も温泉かい?まさか、僕のナルト君と背中の流しっこしようと思っているんじゃないよね?そんなことは許さないよ」
「僕の・・・?」
 バチバチっ、とシカマルとカカシの間で火花が散った。
「お前、確かアスマのところの子だよねぇ。ナルトが自分のだって?ちょっとずうずうしいんじゃない?ナルトは俺のだよ」
「誰がお前のだ。寝言は寝て言え」
 ナルトは突っ込むがカカシは無視。
「そうだよ。しばらく会わないうちに随分偉そうになっちゃって。僕はナルト君のことで、結構君には腹立ててるんだよ」
「おい・・・」


「「お仕置きが必要だね♪」」

 二人は見事に相手に対して同じセリフを吐き捨てた。


 戦場に・・・いや温泉場に嵐が吹き荒れる。
 シカマル(※中身はナルト父)とカカシは睨みあったのち、印を組んだ。

「こうなったら実力行使で、ナルトが誰のものか教えてあげちゃおう」
「いいね、わかりやすくて。でもナルト君は僕のものだよ♪」
「いや、俺は俺のものであって・・」

「「問答無用!」」

 ―――聞いちゃいねー・・・

「雷切!」
「螺旋丸!」
 互いの必殺技で、まさしく相手の必殺を狙う。
 カカシも大人げないが、ナルト父もさっさと事情を話せばいいものを、恐らく弟子で遊んでいる。
 

「・・・・付き合いきれねー」
 ナルトは頭を振ると、さっさと一人で浴場へ続く暖簾をくぐった。






「ナルトくーん!」
「ナルトーっ!」

「来やがった・・・」
 温泉で温まり、朝からの精神的疲労を癒したナルトに悪夢が追いついてきた。
 シカマルは最後に見たときのままの姿だったが、カカシは銀髪の端が焦げて黒くなっていたり服の裾がぼろぼろになっている。
 
 ―――やっぱまだまだだな・・・

 ナルト父といえど、シカマルの体という制約を受けて全力を発揮することは出来ない。
 それに負けたのだから、カカシの実力もまだまだ。
 普通なら進歩するものが、ナルトに付き纏うようになって退化しているような気さえする。

「酷いよ!僕を置いていくなんて!」
「いや、お前らが俺を無視したんだろ」
「ナルトと背中の流しっこしたかったのに!」
「一人で勝手にしてろ」

 せっかくの休日をどうして、静かに過ごせないのか……いつも何か妨害されている気がして仕方ない。

「先生!いえ……四代目!」
「何かな、カカシ君」
 どうやらシカマルにとりついているものの正体をカカシは知ったらしい。

「ナルトを俺に下さい!」
「ダメ」

 二人の会話はナルトの頭の上のほうで交わされている。

「どうしてですか!?」
「ナルト君はお嫁さんを貰うの」
「それじゃ、俺がお嫁さんになりますから!」
「ダメ。カカシ君って全然家事できないでしょ?」
「しゅ、修行しますっ!」
「それじゃ、続きは君が免許皆伝してからね」
「く……先生、さすが厳しい」
 酷く打ちひしがれたらしいカカシが道端に膝をついてうなだれる。


 ―――どうしてやろうか、このアホ師弟……


「それまで、僕と一緒に一家団欒を楽しもうね、ナルト君v」
「……ちょっと待て」
 ナルト父の言葉に、ナルトは歩みを止めた。
「ん?」
「それまで、て……いつまで居るつもりだ!」
「えーナルト君が仲間になるまで?」
「誰が幽霊の仲間に……て、俺が死ぬまでってことか!?」
「ピンポーン!」
「……」
 ナルトは足を止め、体を震わせている。




「さっさと、あの世に還れーっ!!」




 空に向けて叫んだ。













――その頃の奈良家―――

「あら、シカマルは?」
「さーな、朝方出て行ったまんまだ」
「晩御飯どうするのかしら」
「放っとけ放っとけ。男が一晩抜いたくらいでどうにかなるか」
「それもそうね」

 あっさりとシカマルは見捨てられていた。