触れなば落ちん
『うずまきナルト』の隠れ蓑にと、入学した忍者学校。
今さらな授業に、退屈な実技。真面目に受ける気さえしなかったが、それが丁度いい『ドベ』の
レッテルとして、本来のナルトから遠ざけられた。
しかし、もしそれ以上に何も無ければ、ナルトは影分身でも置いて適当に任務に出ていただろう。
偶にはそうすることもあったが、ほとんどの日は自らが出席していた。
退屈ばかりだと思っていた忍者学校は、思いの他ナルトの興味をひくものがあったのだ。
わざと卒業試験に滑り続け、迎えた今年。
ナルトが配されたクラスには、馬鹿らしいほどに有名血族の子弟が揃っていた。
しかし、ナルトにはそんなものはさしたる関係も無い。
血脈を受け継いでいるというだけで、その能力を全て完璧に開花させるものはごくごく一部でしかない。
未だ、山のものとも海のものともいえない集団。
だが、教師たちの期待は大きいらしく、普通の生徒に比べて態度がまるで違う。
彼等は望まれて育まれる『エリート』なのだ。
しかし、『温室育ちの坊ちゃんお嬢ちゃん』・・・それが、ナルトの評価である。
「明け方任務は、さすがにくるな」
授業をさぼり、罰掃除も放り出し、校庭の端の樹木の陰でナルトは横たわっていた。
急に入った任務により、里に帰ってきたのが朝の5時。ほとんど眠っていない。
これが、この日だけというのならナルトもここまでバテたりはしなかったが、かれこれ一月同じような
生活を送っている。驚異的な九尾のスタミナも、さすがに翳りが見え始めていた。
火影からは当分アカデミーにに集中しろ、と強制的に1週間任務を空けられた。
いったい何をどう集中しろというのか、とナルトは胸中で思ったが、逆らうほどのことでもない。
いつものように、過ごせということなのだと了解した。
ナルトは目を閉じる。
こんな場所では眠ることは出来ないが、体を横たえるというだけで随分違う。
樹木に隠れたこの場所は、ナルトの絶好のサボり場所。ほとんど誰にも邪魔されたことは無い。
それが本日ばかりは崩された。
がさがさと茂みをかきわける音と共に、よろよろとした足取りで現れた闖入者は、横たわるナルトの
足元に倒れた。それをナルトはただ、見ている。
すぐさま消えても良かったが、相手が顔見知りだったのだ。
油女シノ。
蟲使いの名家『油女』の跡取り。
同じクラスながら必要最低限以外のことは話さないので、ナルトとの接触はあまり無い。
「な。なななな何だってばっ!?」
ナルトは驚きに目を見開き、立ち上がる。
『ドベ』のナルトは何事も大げさに。
「え、お前ってばシノじゃんっ?どうしたんだよっ!?」
「何でも、無い・・・っ」
倒れた体を、鈍い動きで起こそうとしながらシノが応えた。
全身を覆う服に破れやほこりがある。
いつも飄々と誰とも積極的に接触しようとはしない相手の、喧嘩したような様は意外だった。
「な、何でも無いって、お前っ怪我してるってばよっ!」
無造作に血が滲んだ部分に手を伸ばす仕草をしたナルトは、触るなっという鋭い拒絶に動きを止めた。
「大丈夫、だ・・・」
「そ、そんなの見なくちゃわからないってばよっ!」
「必要、無い・・かすり、傷だ・・」
どうあってもそれ以上ナルトを近づけそうにはない。
確かに応答もきちんとしているし、それほど出血量も多くは無い。だが、動作があまりに緩慢で、このまま
放っておくというわけにもいかない・・・『ドベ』のナルトでは。
だいたいこんなところで倒れられては、せっかくのナルトのさぼり場所の意味がなくなってしまう。
「いいからっ見せろってばっ!」
「必要ない・・っ!」
あまりに頑強な抵抗。・・・ナルトが何かすると思っているわけではあるまい。
だとすると、一つ。
元々、シノは誰かと接触することを極力避けていた。
油女一族の蟲使いの能力に関係しているのだろうが・・・。
「駄目だ。大人しくしろ・・・てば」
避けようとする体を大木に追い詰め、最も酷い左腕を掴んだ。
瞬間、ぞわりとした感触が伝わる。
「やめ・・・っ」
「ああ、蟲か」
シノの動きがぴたりと止まった。
ナルトは呆然とするサングラスの奥の目に向かって、にっかりと笑って見せた。
「馬鹿だな。俺ってば、蟲くらいでびびったりしねーってばよっ!」
「・・・・・」
世の中にはシノが身の内に飼っている寄壊蟲などより、ずっと気色の悪いものがある。
だいたい大きさと数が違うだけで、ナルトにとって忍犬とさしたる違いは無い。
普段の生活を観察してみればシノはきちんと蟲たちを制御しているようだし、害も無い。
ナルトは左腕の裂傷にポーチから取り出した消毒液を大量に振りかけ雑菌と砂利を洗い落とすと、
軟膏を塗り、手早く包帯を巻いた。日頃、『ドベ』のナルトは事あるごとにキズを作るので、ポーチには
常に治療のための道具が携帯されているのだ。
「これで良しっと!後の傷はバンソーコーでも貼っとけってばっ!」
「・・・すまない」
「困ったときはお互いさまだってば!んじゃ、俺は・・」
「うずまき、ナルト・・・」
「ん?」
「何故、蟲のことを」
知っているのか、と探るような視線を向けてくる。それもそうだろう。一介のアカデミー生に一族の秘術
が知られているわけが無い・・・しかも、それがドベのナルトであればさらに。
「えーと、キバに聞いたことがあるってば!」
嘘では無い・・・がそれは「あいつは蟲使いなんだ」というぐらいのものでしかないが。
「そう、か・・・」
「お前ってば、暗っ!」
子供らしからぬ落ち着きと対人恐怖症じみた接触抵抗。
子供らしからぬという部分は、ナルトに言う筋合いなど無いが、接触抵抗については早いうちに何とか
しておかないと精神障害にもなりうるだろう・・・一族は何も対策を講じないのか。
それとも、その程度を乗り越えられなくては次期総領たる資格なしか?
ナルトは、ふと悪戯心を起こした。それは決して優しさからではない。
「ほら、こうやって・・・なっ!」
「!?」
木を背に無防備だったシノの頬を両手でつまみ、引っ張りあげた。
顔が奇妙な『笑顔』の形になる。
「ぷっほら、こうやってさ嬉しいときは笑うんだってばよ?」
「・・・ひゃにゃせっ!」
「ぶっっ!!」
放せ、とシノは言いたかったのだろうが、頬をあげて口を開かされているため妙な言葉になる。
無表情とのギャップが愉快で、ナルトは手を放して笑い転げた。
「ひーっ、お前ってば、くくっ・・・お、おもしれー奴っ!」
「・・・・・・」
シノのかなりむっとした気配が伝わる。
・・・と、何かがナルトの手に乗っている。
蟲だ。・・・一匹だけだが、シノの飼っている『寄壊蟲』なのだろう。
どういう意図からシノがそうしたのかはわからなかったが、ナルトはそれを眼前に上げしげしげと
観察した。実物を目にするのは初めてなのだ。
ナルトの密かなる忍術マニアの血が騒ぐ。
「これって何蟲?シノが飼ってんのか?」
「・・・・・・・・・・ああ」
ナルトの反応は予想外だったらしく、息を呑んだ気配が静かに頷く。
「寄壊蟲、と言う」
「へぇ」
知らないふりして、感心してみせる。
「何か特技あるのか?」
「・・・色々」
「ふーん・・・こいつちっさいクセに凄いんだってば!」
それはナルトの本心だった。寄壊蟲の特性を思い出す・・チャクラを与える飼い主の変わりに戦闘の
ほとんどを受け持つ蟲・・・そこらの人間より余程役に立つ。
「嫌、では・・無い、のか?」
「へ?何が?」
「・・・蟲が」
「だから言ったってば!蟲くらいでビビル俺じゃねーってばよっ!」
「・・・これでも、か?」
言ったシノのすっぽり隠れた首元から、シノの顔が黒く染まっていく・・・いや、大量の蟲たちが這い
あがっていっているのだ。
サクラやイノ、という女性ならば叫び声をあげて逃げて生きそうな光景だったが・・・
「????よくわかん無いんだけど・・・それがどうかしたのか?」
たとえ何匹集まろうと、ナルトにとって蟲は蟲でしかない。それ以外の感慨は無いのだ。
「気持ち、悪く・・無いのか?」
「全然」
あっさり首を振るナルトに、愕然とするシノ。
「何かシノってさ・・・馬鹿?」
「・・・・・」
顔を覗きこむと、おびえたように視線が逃げる。
「シノ。お前は嫌なのか?気持ち悪いのか?」
視線が戻される。そこにある答えは明白だ。
「いや」
「ならいーじゃんっ!何を気にしてんのか良くわかんねーけど、他人のことなんて関係ないってばよ。
お前がよければそれでいい。違うか?」
「・・・違わない」
シノの口元に、初めて微笑が浮んだ。
「・・・うずまき」
「ん?」
「・・・ありが、とう」
「は??」
「いや・・気にしないで、くれ・・・」
「ふーん、どうでもいいけど、早く帰って手当てしたほうがいいってばよ?」
「ああ・・・うずまきナルト」
「何だってば?」
「お前は・・・・いや」
何か問いかけるようだったシノは、首を振り打ち消した。
ナルトはシノに背を向け、うっすらと笑いを浮かべた。
今の遣り取りで何かに気がついたのかもしれない。だが、それを口には出さない賢明さがシノには
備わっている。情報収集を得意とする油女には得難い才能だろう。
こいつはものになるだろう、とナルトは判断を下した。
「それじゃ、俺は帰るってば!」
「うずまき、お前は確か・・・罰掃除が・・・」
「う゛・・・じゃ、じゃあなってばっ!!」
鋭いシノのツッコミを聞かなかったふりをして、ナルトは姿を消した。
「うずまき、ナルト・・・不思議な、奴・・・」