夜這い
昼間の戦いで結構な体力を消耗した、自来也・綱手・シズネが寝静まる中。
同じように限界まで戦い、倒れたはずのナルトは・・・蒼海色の瞳に悪戯っぽい輝きをのせて、こっそりと
宿屋を抜け出した。
行き先は――― 大蛇丸の・・・カブトの潜んでいる場所。
あの傷では、あまり遠くへ行くことは不可能だ。良くてもこの町を囲む形で広がる森の中。そこでチャクラが
戻るのを息を潜めて待っているはず。
そのナルトの推測ははずれてはおらず、こっそり放った監視用の虫がその場所へとナルトを導く。
気を抜くとあふれ出しそうになる殺気を完璧に消して、ナルトは二人に近づいて行った。
目立つため、焚き火も起こさず木のうろに横たわる影と、その木を背にして座っている影。
横たわっているのは未だ重症の大蛇丸。座っているのがカブトだ。
昼間に体力を消耗した二人は、常態に比べて注意力が散漫になっていた。
・・・とは言っても気は抜いていない。おそらく周りには必殺のトラップが仕掛けられているだろう。
しかし、『ナルト』にはそんなものはあっても無くても同じ。夜目がきく目はしっかりとその存在を感じ取り
二人の風下から近づくと、複雑な印を結んで幻術を発動させた。
この幻術はナルトが扱うものの中では珍しいほどに穏やかで無害なものだ。普通の生活を送る者には。
何しろ、気分をリラックスさせて安心感をもたらすというものなのだ。
だが、今の二人にとってこれほど危険な術も無かろう・・・知らぬうちに精神を安寧に導かれ、警戒心を
低くさせてしまうのだから。
さて、ここまで手間をかけたナルトは気配も足音も殺して座り込む影に近寄った。
そして、相手の動きを封じるツボを押し、片手で口を押さえた・・・一瞬のうちに。
「!?」
さすがに目を覚ましたカブトが目の前に居る存在に大きく目を見開いた。
「コンバンハ?お疲れのよーですね。あ、大声出さないなら手、外してやってもいいけど?」
驚愕した気配が残るまま、カブトはゆっくりと頷いた。
「ナルト、君・・・?」
「そ、俺。うずまきナルト。『ちっぽけな虫けらみたいな』うずまきナルトです・・・てば」
にっと笑ったナルトの顔は、昼間に見た笑顔とは正反対に暗く、艶やかだった。
「こういうのさ、俺らしく無いんだけど・・・さすがに痛めつけられたからさ・・目には目を、歯に歯を、て言うし、
ちょっと夜這いに来ちゃったてば?」
疲れのせいだけでは無かろう、カブトの顔は蒼白だった。しかし、目だけは必死に何かを探っている。
「無理無理。大蛇丸にはちょっと術掛けさせてもらったから、起きないよ。後、俺の隙をついて攻撃しようと
するのも無しね。あ、別にしてもいーけど、それより先に殺すよ、あんた」
それだけの言葉が言えるほど、ナルトには隙が無い。
「君は、本当に・・・あの、ナルト君、なのか?」
「”あの”?さぁ『どの』ナルトかなぁ」
カブトの質問の意味などわかりきっているのに、からかうように可愛らしく首をかしげてみせる。
「さてと・・・どーしようかな」
言いながら、ナルトは無造作にカブトの左手をクナイで貫き、木に張りつけた。
カブトの喉からひゅっという音が吐き出される。
「偉いね~、悲鳴もあげない?あ、今の言い方ちょっと馬鹿カカシっぽかったな。うわ、最悪。頭悪そう
なのがうつる・・・当分近づかないようにしないと。ああ、話がずれたな。さて、昼間。俺に『サスケくん
とは違う』とか言ってくれたよね・・いや、確かにその通り。俺とあんな甘ちゃん一緒にされちゃ困るっての。
で、『君に忍の才能は無い』だっけ?」
ナルトがくつくつと笑い声をもらす。
「その『才能の無い』俺に、いいよーに遊ばれてるの。どんな気分?カブトさん?」
呆然とするほど蠱惑的な笑みに、カブトは一瞬痛みを忘れた。
「君は・・・何が、したい、んだ?」
「ん?ん~、だから、夜這い?」
「これは、そうは言わない・・・お礼参り、だろう」
「そうとも言うな。ま、とにかく俺がムカついたから、すっきりさせておきたかったんだ。ところで・・・」
ナルトの視線が大蛇丸のほうへ向いた。
「大蛇丸居ると、結構邪魔なんだけど・・・ここで殺しておいたほうが後々楽になりそうだし」
「そんなことはっ」
「させない?今のあんたに何が出来るっていうんだ?
「・・・・・・」
カブトの目が、射殺さんばかりにナルトを睨みつけた。
「上等。とりあえずあんたで遊んでちょっとすっきりしたからやめておこう。いや、二人ともとんだ無駄足
だったな。しかも最後に俺だもんな、つくづくついてない?」
くすくすと笑い続けるナルトの目は、どこまでも冷たく澄んでいる。
深淵の見えない、海。美しいだけに、寒気がするほど恐ろしい。昼間とのあまりのギャップに、チャクラを
ほとんど使い切ったからという理由だけでなく、カブトは動くことが出来なかった。
「今後、俺に関わるなとは言わない。だが邪魔をするなら殺す」
「何故、今・・・殺さない」
「何故?くっくっく・・・あんたにさ、俺はいつでも簡単にあんたたちを殺せるんだ、て馬鹿にしてやってんの。
悔しい?『うずまきナルト』なんかにこんなこと言われるあんたのほうが『才能無い』んじゃない?まぁ
精々大蛇丸に忠誠尽くして、あっけなく散るんだね」
「・・・九尾」
「どうぞゴジユウに。そう思いたければ、そう思えば。どちらにしろあんたの無能さに変わりは無いよ」
言うや、カブトの視界が暗くなった。
「遊ぶのもほどほどにしておけよ~」
「何、あんた疲れてんのに起きてきたの?」
「心配はいらん。儂はこれでも・・」
「エロ仙人だもんな」
「・・・だから、その呼び方はやめろっつーの」
月明かりを背に、夜空を舞うように走るナルトは美しい。
ナルトを『凡庸』としか表現できなかった大蛇丸は、決して目的を果たすことは出来ないだろう。
「生涯、最強で最高の弟子、じゃからの~」
彼の前に、立ち塞がる者は全て・・・膝を屈するだろう。
そう、遠くない未来を、自来也は夢想した。