祈ってくれませんか?


「祈って・・・くれませんか?」










「じっちゃん」
「ぬおっ!」
 いきなり枕元に立った人影に火影は文字通り飛び起きた。
 火影の寝所までには幾多の護衛が居るだろうに、何事も無かったかのようにあっさりと入り込むことが 出来る人間は限られている・・・そしてこの呼びかけも。
「な、なんじゃ!ナルト!いきなり・・・人を殺す気か!?」
「そのつもりならとっくにじっちゃんの息の根は止まってる・・・ちょっと頼みごとがあって来た」
「頼みごと?め、珍しいこともあるものじゃ」
「非常事態だからな」
 そういうナルトは本気で疲れているように見え、鎮痛な面持ちで額を押さえているなど、これまで火影でも 見たことが無い。
「いったい何事じゃ・・カカシがらみか?」
「それなら勝手に始末する」
「始末されても困るが・・・」
「親がらみだ」
「は?」
「ちょっと前、俺は家出してただろ」
「・・・色々と大変じゃったんじゃぞ。誤魔化すの」
「実はその前に俺の親らしき”幽霊”に遭遇してな」
「はぁっ!?」
「冗談じゃないぞ・・・パツ金の妙にイッちゃってる、年の頃は20後半から30前半で自分のこと『ミ~ちゃん』とか言う頭の沸いてる奴」
「・・・・・・」
 かなり思い当たる節があるのか、火影は口をつぐんだ。冷や汗が浮かんでいる。
「そいつが”ナルト”を捜してるらしくて、そのときは偽情報流して、追い払ったんだけどな。どうも諦め悪く また俺の前に現れやがって・・・居候してやがる」
「・・・バレておらんのか?」
「ああ、初めて会った時からこの格好だったからな。・・だが、俺も下忍任務があるからこの格好のままって わけにもいかない。けど仮にも火影張ってた奴だから影分身程度じゃ見破られる可能性がある、そこで」
「待て、まさか儂にお主のふりをしろというのではなかろうな?」
「察しが良くて助かるよ、じっちゃん。それじゃ頼んだってばよ」
「こら待て!儂はまだ引き受けるとは・・・っ」
「また、俺が家出してもいいわけ?」
「・・・今度だけじゃぞ」
「サンキュ」
 瞬く間に姿を消したナルトに火影は諦めの吐息を大きくついた。













「ターオ君
「その語尾を跳ねるのはやめろ・・・いったいどこまでついてくる気だ?」
「ナルト君が見つかるまでかなぁ?」
「だったらさっさとどこへなりと捜しに行け!」
「そんなこと言っても・・・もし、ナルト君を見つけてもタオ君が居なくちゃ話できないでしょ?」
「ふざけるな、俺は通訳じゃない」
「あ!」
 ナルトの口調を無視して幽霊は飛び上がる・・・地に足がついていない。
「ナルト君の気配!・・・タオ君、早くっ!」
「・・・・・」
 何で俺まで、という文句を飲み込み、ナルトは幽霊の後をついていった。




 そして、たどり着いた演習場では、下忍第七班が・・・鬼ごっこをしていた。
 鬼はカカシ。それを三人、サスケ、サクラ、ナルト・・・ナルトに化けた火影が追いかけている。
 そこへ幽霊は乱入した・・・と言っても誰にも見えていないようで気づいていない。
 いや、カカシが僅かに何か変だとは思っているようだが・・・。
 ナルトはカカシに感づかれないように少し離れた場所から様子を伺う。

「ナルト君!僕のナルト君!やっっと見つけたよーーっ!!」
 と叫んで抱きついているが、体は透けているので、すり抜けていく。
 どうしてあれで朝食が作れたのか、やはりナルトは不思議に思った。
「ナルト君!ナルト君っっ!!ナールートーくーんっっっ!!!!」
 幽霊の努力もむなしく、ナルト(ナルトに化けた火影)は全く幽霊には気づいていなかった。
 幽霊はがくりと足をつき、うな垂れた。
 かなりショックを受けているらしい・・・早目に退散したほうがいいかもしれない。
 これで自分が出て行けば余計な騒ぎが起こることは火を見るよりも明らかだ。









「うぅしくしく・・・・しくしく・・・・・しくしくしくしく」
「(鬱陶しい・・)」
 いちいち他人の家の隅で泣かないでもらいたい。普通の人間のように見えない分には何の害も無いの だろうが、悲しいことにナルトには見えるし、聞こえる。
「ナルト君がぐすっ・・・ナルト君が、僕に気づいてくれないんだよーーぅ」
「・・・・・・・」
 実体があればすぐさま蹴り出してやれるのに・・・。
「こうやってこの世に帰ってこられるのも今日までだったのに・・しくしく」
「ん・・・今日、まで?」
「そうだよ!それなのに・・・うぅぅぅ」
 ナルトには俄かに気分が上昇した。今日まで、ということは明日からはこの鬱陶しい存在は居なくなると いうこと。我慢も今日まで。晴れて明日からは自由の身。
「で、いつ昇天するんだ?」
「・・・・・」
 恨めしげに見つめてくる。幽霊の心情を表すように火の玉も揺れている。
「あのガキに会えたんだから本望だろ。これ以上何を望む?あいつは、あいつの人生を歩んでる。 今更父親だって名乗り出るつもりか?生きてるならまだしも死んでんのに。あんたの自己満足のために あいつは生きてるわけじゃない」
「タオ君・・・顔に似合わずきついね」
「黙れ」
「自己満足・・・確かにそうかも。だけど僕はね、気が狂いそうなほど、ナルト君が愛しい。僕はあの子に 酷いことをした。親としての愛情など何一つ与えてあげられなかったっ!!」
「そんなガキはこの忍の里には珍しくない」
「そう、だけどナルト君は特別・・・知っているでしょう、タオ君なら」
「・・・・・・・・」
「死んでからもずっと悔やんで・・・里のためとはいえ、それ以外に手段は無かったといえ、ナルト君は自身で 選択することもできず、僕の勝手で器にされた。心配で、苦しくて、悲しくて、痛くて・・・気がついたら僕は この世に戻ってしまってた。ねぇ、タオ君。ナルト君は幸せ、だろうか?」
「見たんだろ、その目で。俺が知ることじゃない」
「うん・・・笑ってた」
「・・・それなら幸せなんだろ」
「うん・・・・・ねぇ、タオ君」
「何?」
「僕のために・・・・」









「祈って、くれませんか・・・?」










「・・・それであんたが成仏するなら」
 幽霊はこれまで見た中で一番の笑顔を浮かべた。
















 言葉にはしない祈り。
 ただ、心の中で想う。

 もう二度と戻ってくるな。悲しみも苦しみも”ナルト”のために感じるものは何一つ必要ない。
 ただ、静かに――――・・・眠れ。



 満月の光が幽霊を包み込む。
 幽霊の体はゆっくりと上昇をはじめ・・・ナルトを見下ろすほどの位置まで行ったとき。
 幽霊は微笑んだ・・・慈しみが零れるような、微笑を。

『ありがとう』




『ありがとう・・・―――――――――――――
ナルト君』





「お前・・・っ!?」
 気づいていたのか、自分が、タオ=ルン、がナルトであることを。


『親が子供を見間違えることなんて無いよ・・・朝ご飯、食べてくれて嬉しかった』

「・・・・・・・。・・・・・」

『ありがとう、ナルト君・・・・ずっとずっと・・・・・・・』







 



『 愛している 』

















 幽霊は、天へと昇った。