七夕
「本当、彦星と織姫て可哀想よね~」
「一年に一回しか会えないなんて!私なら耐えられない!」
周囲の女子が同和する。
そして、ナルトは仮面の奥で、ひっそりと笑った。
さーさーのは~さぁらさら~のきばにゆーれーる~
本日は7月7日(正確には陰暦)。織女星と牽牛星を祭る日である。
里には子供たちが口々に歌をうたい、至るところに笹の葉が揺れている。その笹には色とりどりの
短冊が下げられ、各々の願いごとが書かれている。
平和な里。
かつての忍界対戦のおりでは、『願う』ということすら忘れられ、誰しもが一瞬一瞬生きることに
精一杯だった。・・・・その時代の名残はすでに無い。
去りし人々の血で贖われた、かりそめの平和。
ナルトは気配を殺し、大気と同化しながら里外れの森へと歩いていった。
5歳のときに、ナルトは火影のもとから独立し里のあまり性質の良くない下町へ家を借りた。
火影に保証人となってもらい、やっと得た住居だったが、そこは”表”のナルトが暮らすための
家であり、ナルトが本当に落ち着ける場所では無かった。
ナルトが本当に落ち着ける場所・・・神聖にして禁忌なる森。
『糺(たたず)の森』と今は呼ばれるが、ここにあるのは鬱蒼と茂った木々と祠。
満々と清水を湛えた泉。
ここはかつて、神の住まう場所だった。”九尾”という神が座す場所だった。
「アカデミー・・・か」
8歳になるや、半ば強引に火影に入学させられた忍者学校。
馬鹿馬鹿しいほどの初級レベルの勉強は、ナルトにはあまりに馬鹿らしく出席日数も低い。
”落ちこぼれ”という代名詞を得るには丁度良かったとはいえ、これがあと数年続くのかと思うと
さすがに憂鬱になってくる。
不要なことを要求する火影の意図が見えない。
「あのタヌキじじぃめ・・・」
憎憎しく思うが、火影にはここまで生かしてもらった恩がある。・・・その気になればいつでもナルト
の命を奪えただろうに、そうはしなかった。ナルトを”ナルト”として扱った人。
まぁ、今までどおり暗部の任務は与えられているからよしとしよう。
「七夕・・・”可哀想”ね・・・自業自得だろ?」
1年に一度しか会えなくなったのは、自分たちの怠惰が招いたもの。それなのに1年に一度は
会わせてもらえるのだ。感謝してもらいたいほどだろうに。
ふと、ナルトは地べたに無造作に広げられた巻物に視線を落とす。
そこに画かれているのは高度な忍術でも、暗号でも無い。埒も無い事柄。
馬鹿らしい、ただの料理の作り方・・だ。
我ながらいつまで、こんなくだらないものを手元に置いておくのかと思わずにはいられないのだが
捨てる必要も無いしな・・・と誤魔化して。
他人の思惑にまんまと乗ってやるのも嫌だが・・・ある男の形見になるかもしれぬ物だから。
あの男が里を去り、1年。
長いような、短いような・・・男の不在は未だかつてナルトが感じたことのない情動を齎した。
共に来い、という誘いの手を振り切ったのはナルト。
その手を取るのは容易かった・・・共に行けば、里での針の筵のような生活は終わりを告げ、
新たなる道が開けただろう。きっとそれは平和で、幸せな道・・・。
けれど、ナルトはその道を選ばなかった。
他人に利用されるのは気に喰わなかった、確かにそうだろう・・・だが、本当は。
「怖かった、のか・・・・・」
ナルトは知らない。
『平和』も『幸福』も。
全て、未知なるもの。
「くっく・・・」
ナルトは広げた巻物の上を転がりながら、含み笑いを漏らす。
何と滑稽なことだ。
「臆病者め・・・」
自分は臆病だ。
偉そうなことを並びたてながら、実際は小さな子供のように怯えているだけ。
まだまだ、だな・・・。
笑い声を止めたナルトは手を広げる。ナルトが転がったために皺くちゃになった巻物が一瞬のうち
にその手のひらにおさまった。
そのまま視線を上にあげると、木々の間から星々の輝きが見える。
もう二度とあの男とは会えないかもしれない。
追忍に容易く命をとられるような男では無いが、当分この里に近づくことは無かろう。
だが、もし。あの男が言ったように、再会することがあれば・・・・・・・
「敵、だろうな」
そのとき、自分はどうするだろう?
この手で殺すことができるだろうか?
今は、まだ。すぐに答えは出ない。
それこそが、あの男がナルトにとって『特別』だという何よりの証拠だろう。