愛をこめて
2月14日。
それは女の子にとって、とても特別な日である。
しかしこの上忍寄り合い所、『人生色々』でも特別な日であった。
「今年もこの日が来ちまったな」
「そうだね~」
「ハヤテやゲンマの姿が見えないが・・」
「任務だぜ。今朝一番に上機嫌で出て行ったぜ・・・くそっ、運のいい奴らめ」
「何で今日に限って俺たちには任務無いんだろうねぇ~」
「作為的なものを感じるぞ」
はぁぁと深いため息と共に肩をおろしたカカシとアスマ。
普段なら任務が無いとナルトのところにでも遊びに出かけるはずの二人は今日という日ばかりは
それもせずにこの『人生色々』で人目につかないようにひっそりと潜んでいる。
それが、何故なのかといえば。
ナルトの趣味の一つ、『毒薬調合』に理由があった。
思い返せばナルトと知り合って初めてのバレンタインデーの日、全くこれっぽっちも期待してなかっ
たナルトからのチョコレートのプレゼントに、それが”毒物”入りであることも気づかずほいほいと
喜んで受け取った、カカシ、アスマ他上忍たちは翌日に様々な症状で病院送りになった。
その威力ときたら凄まじく、最も長い者で1ヶ月入院していたとか。
カカシもアスマもその最悪の事態こそ免れたものの、毎年慣例となったこの恐ろしい行事が
近づくにつれて生きた心地もしないのだ。
任務があればいい。それを口実に逃げることができる。
だが、嘘だとナルトにバレれば・・・それもまた恐ろしい。
なら、受け取られなければいいと?
「だってナルトだよ?ナルトが物をくれるなんて滅多にないのに。たとえ毒物であろうとそれを断る
なんてことできるわけないでしょ?」
・・・ということらしい。
男というのは哀れな生き物である。
そして、運命の時はやって来た。
「あ~居た居た。アスマもカカシも居るじゃん」
窓から聞こえた声にぎくり、と身をこわばらせる二人。
「あ・・ナルト・・」
「お、おう・・・」
二人ともいつになく引き気味だ。
それに気づかぬナルトでは無いが、あっさり無視する。
ナルトにとってもこの日は大っぴらに手間隙かけて作った数々の毒薬を試す丁度いい機会なのだ。
どれも死なない程度には効き目を落としているので問題は無い。
・・・とナルトは思っている。
「はい、チョコレート。喰えよ?」
念を押してナルトは二人に綺麗にラッピングされた四角い箱を渡す。
大きさは同じくらいだが、形が違うから、おそらく入っている毒物も違うのだろう。
そんなことわかっても嬉しくないが。
「あ、ありがと~ナルト。う、嬉しいよ~」
「さ、サンキュ」
毒物混入はともかくとして、ナルトから何か貰えるというのは嬉しいのだ。基本的に。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「どうした?喰わないのか?」
じっと箱を見つめるアスマとカカシに、二人を観察するナルト。
今、ここで食べろと、そういうことらしい。
それもそうだ。毒物だもの。実際の反応を見るには食べてもらわないと。
「「い・・・いただきます」」
ああ、神様。どうか命ばかりはお助け下さい・・・と祈ったかどうかは知らないが二人はがさごそと
ラッピングを解く。
カカシのものは、形はチョコレートボンボンだ。どこから見ても。
・・・何が入っているかはわからないが。
アスマのものは、クマの形をしたチョコレート。少し濃い目の色をしているのでビター味なのだろう。
どちらもナルトの手作りである。
これが本当に本物のチョコレートなら感涙ものなのに。
別の意味で涙が出そうだ。
二人は覚悟を決めて、一個を口に放りこんだ。
ごくり、と飲み込む。
そして待つことしばらく。
「・・・・・・・・・え、あれ?」
「・・・・・・・・・お?」
カカシとアスマは互いに顔を見合わせて首を傾げた。
何とも無い。
腹が痛くも、肌に妙な斑点が出るわけでも、急な発熱も、吐き気も、笑い出すことも無い。
二人の視線がナルトの方を向く。
「うまい?」
聞かれても答えられない。
だって飲み込んでしまったのだから。
二人は慌てて、もう一つ手にとり今度は口の中で咀嚼した。
「おいしい~」
「うまいぜ」
「そっかそっか」
ナルトが満足げに頷いている。
「ナルト、もしかして、これ・・・フツーのチョコレート?」
「フツーも何もチョコはチョ・・・・っ!!」
カカシがナルトに抱きついた。
「ナルト!!愛してるよ~っ!!」
「だぁっ!鬱陶しい!でかい体で抱きつくな!!」
「だってだってフツーのチョコだよ?フツーの!」
そこまで感激するとこか。・・・・まぁ、今までさんざん毒物入りを食べさせられてきたのだから無理
も無いといえばそうだが。
「そうか・・・フツーのチョコか」
そうとわかれば、クマの形をしたチョコレートも何だか愛しく感じられるアスマである。
現金なものだ。
好きな相手からの(フツーの)手作りチョコレート。
これ以上に男が喜ぶものがあろうか?(いや無い)
アスマとカカシはその日、幸せの絶頂にあった。
・・・が、それも夜中の十時ごろまでの話。
「「う゛・・・う゛~~~~ぅっ・・・」」
妙なうめき声がアスマとカカシの家から漏れていた。
窓ガラスの時折映る手がまるで助けを求める人のように痙攣している。
「賞味後約8時間。個体差で時差はあるが、だいたい上下1時間。効き目は20分の1に落として
あったから・・・即死だな。まずまず成功、と」
その家の外でナルトは自分の極秘毒物帳に結果を詳しく書き記している。
「初期症状は・・・」
ナルトの観察は続く。
「「うぁ゛・・・う゛~~~~ぅ・・・がっ」」
夜の闇にいつまでもうめき声が不気味に響いていた。
翌日、カカシとアスマは下忍たちの前に現れることはなかった。
「ま・・・死にはしないし」
ナルトはぼそり、と呟く。
だいたい食べさせるだけならわざわざチョコレートのように凝る必要は無い。
ちょっと・・・いや、かなり歪んでいるかもしれないが、これもまたナルトの愛情なのである。
・・・おそらく。