生命誕生



『生きることは殺すことだ』
その言葉は
どんな刃物よりも鋭く

俺を

突き刺した







 生物には生まれた時から当然のものとして備わっている本能がある。
 それは生命のプログラム。
 誰にも変えられないこの世の真理。

 
 ・・・・のはずなのに。












「ナルト~、お前いくら九尾のせいで治癒が早いって言ったってちょっと怪我し過ぎだぞ~、傷が残ったらどうするんだ?」
「・・・別に。俺がいくら傷ついたってあんたには関係ないだろ」
 ナルトは冷たい視線をカカシに注ぐ。
「大いにある!先生は~ナルトの滑々の肌が好きなんだーーっ!」
「・・・・・・・変態」
 ますますナルトの目はその温度を下げた。
「でもね、本当に、本当のところ」
「・・・・・」
「もっと自分の体を大事にしてよ、な?」
「くだら無いこと言ってないでさっさと任務の報告に行け」
 真剣なカカシの目に、ナルトは舌打ちして蹴りつけ追い出した。
「また後でね~~」
 だが、カカシは全く懲りずに手を振っている。
 ナルトは大きくため息をついた。










 そして、カカシもため息をついた。
 

 ナルトは下忍の任務でも、暗部の任務でもその実力なら回避できるはずの傷を
 まるで故意に負っているように見える。
 いや、まるで避けるつもりが無いのだ。
 そして、目の前でするすると治っていく傷を眺めて自嘲の笑みを浮かべる。


「あんな顔、見たくないんだよ・・・」
 カカシははぁ~と顔を覆う。
「どうしてわかってくれないかな~~」
 好きな子が傷つくのを見て平気な男がいるわけない。
 それくらいなら自分が傷ついたほうがいい。
 けれどナルトは簡単には守らせてなどくれなくて、下手すればこっちが守られてしまうなんて事態にならないとも限らない。

 ナルトは生い立ちのせいか、自分自身への執着が希薄だ。
 


  『生きるために強くなった』
  


 そう言ったはずなのに、ナルトは『生きる』ことへの執着が低かった。
 いや、皆無と言っていい。
 どうしてか、なんて疑問はしはしない。
 だって、それは自分たちのせいだから。
 自分たちがナルトを『そう』したのだから。

「あ~あ、シリアスって嫌だね~~」
 木の上でらしくない感傷にひたってしまったカカシは腕に抱えた分厚い報告書を
 火影に提出するべく、シュッと宙へ消えた。








「なぁ、熊。あいつどうにかしてくんない?」
「あぁ?」
 上忍詰め所、『人生色々』。
 火影からの任務を待つ上忍たちが集まる場所だが、本日その場所に居るのはナルトとアスマだけだった。
「鬱陶しくて仕方ない」
「カカシの奴か?」
「他に誰が居るっていうんだよ」
 熊と呼ばれたことも気にせず、アスマは乾いた笑いを漏らした。
「前から俺の監視だなんだと言い訳して邪魔な奴だったけどさ、最近特に鬱陶しい んだよ。任務の時はぴったり傍に張り付きやがるし、夜の間は俺の家の外にずっと居るしさ」
「まんまストーカーだな」
「それ以上に性質が悪い。同僚だろ?どうにかしろよ」
「はは、無理言うなって。あいつが素直に他人の言うこときくタイプに見えるか?ま、 お前にでも言われれば別かもしれんが・・・」
 がしがしっとナルトは自分の髪をかきまわすと、どこからともなくクナイを取り出す。

「・・・邪魔っ!」

 ナルトは窓に向かってしゅっとクナイを飛ばした。
 とほぼ同時に黒い影が横切った。

「・・・なるほど」
 アスマは何かを納得している。
「カカシの奴・・・コロス」
 アイスブルーの瞳は物騒な光を浮かべた。
「だがなぁ・・・何か理由があるんだろ?あいつがあんなになったの最近だろうが」
「・・・。・・・別に」
 ナルトがつん、と横を向く。
 アスマはその幼い仕草につい微笑を浮かべた。
「笑うな、熊」
「まぁ、話してみろって。何とか出来るかもしれねぇぞ」
「ふん、別に。ただ・・・」
「ただ?」
「あいつがくだらない事聞くからさ・・・」
 ナルトは思い出すように頭を振った。
 




 『ねぇ、ナルト。ナルトにとって生きることって・・・何?』

 『殺すことだ。俺にとって生きることは殺すことだ』





 アスマが目を丸くする。
 だが、ナルトにとってそれは本当に当然のことだった。
 そうでなくて、ナルトは今日ここに立っては居ない。
 ナルトはその身に九尾を宿した時から常に生命の危機と戦ってきたのだ。
 
「また何というか・・・過激だな」
「あんただって物心つく前から、不特定多数の相手から命狙われてみろよ。俺の言うことがよくわかるだろうさ」
「・・・・・・」
 軽い口調だったが、アスマの言葉を封じる重いナルトの真実だった。
「で、あいつをどうにか出来るわけ?」
 ナルトが半眼でアスマに促した。
「う~ん・・・・・・・・・・・・お前次第?」
「はぁ?」
 アスマの言葉にナルトは眉をしかめた。
















 木の葉の隠れ里の夜は静かだ。
 ナルトは己の部屋の窓を音もさせずに開けると、『カカシ』と口を動かした。
 途端に目の前に現れる黒い影。

「こんばんワvナルト」
 ここで思わず殴りつけそうになる衝動をナルトは漸く抑えた。
「・・・いつまでそうやって外に居るつもりだよ」
「え~、だって一応これが俺の任務だしね~」
 どうやらナルトの監視役だと言いたいらしい。
 その対象にばれていれば世話はない。
「今まで真面目にやってなかっただろうーが」
「え、そうだったかな~~」
 全く、こいつは・・・・。
「ちょっと入れよ」
「え!?入れてくれるのっ!」
「・・・・・・。・・・・・・」
 犬だ。
 こいつは犬だ。
 まるで尻尾を振らんばかりに喜色を浮かべるカカシにナルトは確信した。
 とにかく、この状態を打破すべくナルトはカカシ犬を部屋に招きいれた。




「単刀直入に言う」
 ナルトは狭い部屋にカカシと向かい合わせに座り、目の前にどんっと一升瓶を置いた。
「いい加減俺の周りをひっついて歩くのはやめろ」
「駄目、出来ない」
 カカシも誤魔化すのをやめてはっきりと答える。
「やめろ」
「駄目」
「やめろっ!」
「駄目っ!」
 二人は睨みあう。
 まるで子供のような喧嘩だったが、双方とも一際抜きん出た実力を持った者同士である、どんな惨事に発展しないとも限らない。
 そして普段のナルトだったならばこの時点ですでにキレてカカシに技を放っていたに違いなかっただろうが、今夜は少々違った。

 ナルトはいきり立った気をおさめるように、深く息を吐いた。


「俺は、俺を守ろうとする奴は要らない」
 そして宣言した。







「・・・そんなこと、言わないでよ」
 唯一のぞくカカシの右目がつらそうに歪んだ。

「俺は・・・ナルトが好きなんだよ?好きな奴を守りたいって思うのは仕方ないことでしょ?」
「俺はお前に守られてやらないといけないほど弱くない」
「わかってるよ、お前が強いってことは。でも・・・心配なんだ。理屈じゃない」
「・・・・・」


   
   『カカシはお前のことが心配なんだ』


 昼間のアスマのセリフがナルトの脳裏に浮かんだ。
 

  『だからカカシの行動をやめさせたいなら、安心させてやるしかない』
  『どうやって?』
  『子供をなだめる方法は昔から一つだけさ』
   尋ねたナルトにアスマはにやり、と笑った。





 ふぅ、と息を吐いたナルトは立ち上がり、カカシへと近寄った。

「どーせ、お前・・・俺が殺さなくても生きていけるように、なんて思って代わり勤めてる 気なんだろうけどさ・・・それってかなり迷惑」
「ナルト!」
「いいか、俺にとって生きることは殺すことなんだ。それを奪うってことは、俺に死ねって 言ってんのと同じことなんだよ?わかってるか?」
「それは違う!ナルト・・・ナルトは誰かを殺さなくたっていいんだ。そんなことしなく たって生きていける。ナルトは・・・ナルトなんだから」
「たとえそうでも、俺の生き方は俺が決める。俺が誰かに口出しされるのが大嫌いなことは知ってんだろ?」
「知ってる、よ・・・」
「だったら・・・っ」
「心配なんだ、ナルト。お前のことが・・・お前のことだけが」
「・・・・・・」


 全く、何でこんなに面倒くさいんだろう。
 いっそのこと・・・殺すか?こいつも・・・・・そうすればこの煩わしさから解放される。
 だけど・・・・。

 カカシは上忍としてもピカイチだし、殺してしまえば火影あたりから盛大に文句を 言われそうだ・・・それに、担当上忍が居なくなるってのも困るしな。
 ああ、もう仕方ない。
 諦めろ、俺。

 ナルトは心の中で何かを決意した。
 そして行動に移す。









「な・・なな・・・な・・・ナルトっ!?」
 カカシの驚愕し、激しく狼狽した声がナルトの耳元で聞こえた。








「大丈夫だ、心配するな」

 ナルトはカカシを『抱きしめて』いた。
 傍から見れば、体格の差ゆえにナルトがカカシに抱きついているようにしか 見えなくとも・・・ナルトはカカシを『抱いて』いるつもりだった。

 その『抱かれて』いるカカシはいまだに硬直していて反応をかえさない。
 ナルトはそんなカカシの背中をとんとん、とまるで幼子をあやすように叩く。

「大丈夫」
 そして繰り返した。

「ナ、ルト・・・」
「大丈夫。俺は死なない。殺されたって死んでなんかやるものか」
「ナルト・・・」
「俺は、死なない」
 強く、ゆっくり言い含めるように告げられたセリフにカカシは、おずおずとその背中に 手をまわし、脆いガラス細工を手に取るように・・・抱きしめた。


「死んだら、殺すよ?」
 お前を殺した人間を。そうしたこの世界の全ての存在を。
 カカシは祈るようにナルトに訴える。
「死なない」
 ナルトの口元に微笑が浮かんでいた。
 いつも飄々としているはずの(時には鬱陶しいほどにしつこいが)らしくない カカシの弱弱しさが・・・それでも、己のために全てを敵にまわしてやるという傲岸不遜さが。
 ・・・・おかしかった。











 翌朝。
 どういった経緯がよく覚えていないが、ナルトが用意した一升瓶を二人で空け、 カカシが持ってきたウォッカのボトルを1本空け、その他にもどこかから現れた 缶の残骸が広がる部屋の中で。

「ふふふ・・・漸くナルトが俺の気持ちをわかってくれて嬉しいよ~」
 カカシは不気味な笑いを浮かべていた。
「・・・何言ってんだ?」
 そんなカカシをナルトは気色悪く、思わず一歩遠ざかる。
「だってさ、ナルトから俺に抱きついてくれるなんてさ」
「・・・ああ、あれか」
 ナルトはぽんっと手を打つ。
「熊が聞き分けの無いガキにはああするのが一番手っ取り早い方法だって言ってたからな。事実そうだったみたいだけど」
「・・・・・・熊?」
「そう、アスマ」

 カカシ、笑顔のまま数秒凍る。
 そして、やおら立ち上がると・・・・・・・。






「熊、殺すーーーーっ!」






 凄い勢いで飛び出して行った。

「・・・超ウルトラ馬鹿」

 今日もまたカカシは集合時間に遅れてくることになるのだろう
 ナルトは去り行くカカシに呆れた視線を向けていたが・・・やがて耐えられなくなった
 のか・・・・腹を抱えて笑い出した。