君の哀、俺の愛


 
それは寄せては返す波のように、穏やかに俺を包み込んだ。
 
 
 
 
 
  「そういえば、ナルト」
「・・・・」
 任務に向かう旅の途中……最もいつもの下忍用のDランク任務ではなくAランクに 位置する上忍……暗部向きの任務だったが……カカシが声をかけてきた。

「何で今回は女に変化してるわけ?」
「っ!!」
 カカシの問いかけにナルトはあわや木の枝を踏み外しそうになった。
「何でってあんた、任務書読んでないのかよ!」
 ナルトの大きな瞳が怒りでつりあがる。
「いや~、ははは。パートナーがナルトだって聞いたから読まなくても大丈夫かな~て」
「……」
 コロス。
 こいつ絶対にいつか殺す。
 上忍にあらざる失敗をまるで何とも思わず暢気に笑うカカシにナルトは殺意を抱いた。
「そんな怒んないでよ、ナルト~。先生悲しい~~」
 よよよ、と走りながら泣きまねを演じる器用なカカシにナルトは冷たい一瞥を与えると口を開いた。
「今回は風の奴らと任務が対抗してんだ」
 つまり……標的を風は護り、ナルトたちは殺すというわけだ。
 この世界はそう広くないのでこういうことも多々ある。
 だが、それだけではナルトが女性になっている説明にはならない。
「出張ってきている風の奴らが顔見知りなんだよ」
「へぇ、ナルトって風にも知り合いがいるんだ。顔が広いんだね~」
「……」
 己こそ各里のビンゴブックに名を連ね、”写輪眼のカカシ”として知れ渡っているくせに よく言うものである。
「でもナルトはその知り合いに会うのがそんなに嫌でも無さそうだね」
「あんたには関係無いだろ」
 鋭いところをつくカカシの言葉にナルトは無表情を貫いた。
「あ、そんなこと言っちゃうんだ。先生はナルトの担当上忍だから関係なく無いだろ?
 部下のことはよ~~く知っておかないとな♪」
「あんた、俺に嫌われたいわけ?」
「え!?ということは、ナルトは俺のこと好きなんだっ!」
 何故そうなる。
 ナルトはもはや罵倒を口にすることさえアホらしくなった。



 今回はある国のある要人の口封じ……つまり暗殺が任務である。
 国と人の名を明らかにしないのは極秘任務ということでご容赦願いたい。

「でもさ~、何もあんなジジィ始末しなくたってあと2,3年もすれば自然にくたばる んじゃないかな~」
「その2,3年が待てないんだろ。第一殺す理由なんか興味ない」
 任務は任務。
 私情をさしはさんでは人など殺せない。
 十に満たない頃から人を殺し、全身に血を浴びてきたナルトの信条……というには 大袈裟すぎるが、そのようなものだった。
 そこには下忍として知られているナルトとは全く正反対のものが覗く。
「ったく、お前のせいで余計な時間のロスだ。さっさと行くぞ」
「うーん、でもそんな可愛い姿で男言葉はダメだぞ?」
 ぴきぴきとナルトの額に血管が浮かびあがる。
 標的よりもまず先にこいつを殺すべきかもしれない。
 これからの任務を思い、ナルトは頭が痛んだ。
 








 目立つ金髪の髪を黒く染め、ナルトはターゲットの屋敷に侍女として入り込んだ。
 相手もかなり慎重になっているらしく傍に仕えるにはかなりの小細工が必要だったが
 ナルトにとっては朝飯前。
 何しろこちらは生まれたときから里全てを騙し続けているのだから……。

 ナルトは侍女としての仕事を決して完璧にはこなさない。
 ちょっとしたミスをしながら慣れない新参者が一生懸命に仕事をこなしているんだという 姿を演じてみせる。
 そうすれば下手に何もかも完璧にこなすよりも好印象を与えるというのだから世の中は不思議なものだ。
 事実、ナルトも決して器用では無いが働き者の娘だと、皆から言われるようになって
 いた。

 今回の任務の期限は2ヶ月。
 任務の中では長いとはいえないが短くもない。
 たかが暗殺にこれほど時間を費やすのはターゲットが、それなりに重要で敵対する忍がいるせいだ。つまり念のため。




 ナルトはいつ殺るかと侍女の姿で機会をうかがい続ける。

「よく見るとそちは可愛い顔をしておるのう?」
 給仕をしていた手をターゲットに遮られ覗き込まれた。
「瞳も宝玉のように美しい」
 好色そうな笑みでナルトの細い腕を湿り気を帯びた手が撫でていく。
「あ、あの……」
 普段のナルトなら容赦なくぶっ飛ばすところだが、ここは初心を装わねばならない。
 何とかターゲットの手から逃れようととまどうふりをすれば、相手はますます調子に乗ってナルトに迫ってくる。
「そちはまだ、処女であろう?ん?」
 ジジィの手がナルトの尻を撫でた。

 このエロジジィがっ!!

 内心即殺の文字が浮かぶがナルトは持ち前の忍耐力で押しとどめる。
「ほっほっほ・・このように固くなって可愛いのう。案ずるには及ばぬ。ワシが手取り 足取り教えてやろうほどにな」
 ナルトの全身を粘り気を帯びた視線が辿っていく。
 吐き気がするほどの気色の悪さ。
 ターゲットは古参の侍女に視線を向けると、相手も心得たように頭を下げる。
 どうやらよくあることらしい。

「待っておるぞ」
 涎を垂らさんばかりにそう言った……エロジジィは漸くナルトを解放した。








 チャンス到来とはこのことだ。
 寝所で標的を殺せば、すぐさまナルトが犯人だとばれるが、気づいたときには後の 祭り。ナルトはさっさと逃げ出している。

「ねぇ、ナルト……殺していい?」
 湯を使っていたナルトに天井から声がかかる。
「出てくんな。てめぇは風の動きに気をつけてればいいんだよ」
「だって……あいつ、ナルトのお尻に触ったでしょっ!?俺だってまだ触ったことないのにっ!」
「……ぐだぐだ言ってるとお前を先に殺すぞ?」
 低い声で脅されて、カカシはわざとらしく聞こえるようにため息をついて、姿を消した。
「ったく、手のかかる……俺は子守か」
 疲れたようなナルトの声が、ちゃぷんと湯に消えていった。







「おおっ、待ちかねたぞ!」
 侍女たちに案内されて姿を現したナルトに、ターゲットが涎を垂らさんばかりに口をゆるめ、もみ手をして出迎えた。
 ねっとりとした粘着質な感触の手に触れられて、嫌悪感が一気に膨れ上がる。
「おお、可愛いのぅ」
「どうか、お許し下さい……」
 前戯も何もなく抱え込まれたナルトは初心な娘を装って、わずかばかりの抵抗を試みる。
「よいよい、何も怖いことは無いからのぅ。全て儂にまかしておれ」
 好色爺はその余計に膨れまくった体でナルトを組み敷く。
「いやっ」
「くふふ、嫌がる声もカワイイのぅ……何も怖いことはない。優しくしてやるからの」

(調子に乗ってんじゃねぇぞ、爺……)

 ナルトの身体を不穏に這い回る爺の手に、吐き気がこみあげるのを必死で耐える。
 今まで仕事で”色”もあったが、これほど手が早い奴も初めてだ。
 だが、かえって好都合。
 速攻で殺して、任務を短期で引き上げられる。
「御前さまっ……お願いが、ございますっ」
「んん~何じゃ、カワイイお前の言うことならば何でも聞いてやろうほどに。何が欲しい?何が望みじゃ?」
「御前さま……」






「……死んでくれよ」
 1オクターブは低くなった声に驚いた瞬間、爺の首に何かが突き刺さった。






「……カカシ」
 ナルトは自分の上にのしかかる爺……すでに死体を、鬱陶しげに押しのけて天井に潜んでいるはずのカカシを呼んだ。
「護衛が動く……わかってるだろうな?」
「もちろん。ナルトは休んでて
「ふん」
 動き出した気配はカカシにまかせ、ナルトは一瞬のうちに暗部の装束に着替える。

「もうお帰りですか?」
「用は済んだ」
 隣室から掛けられた声に驚くこともなく、ナルトは応えた。
 どこか聞き覚えのある落ち着いた女性の声は、侍女頭のもの。
「ただで帰すわけには……いかないんですがね」
 それが、落ち着きはそのまま、低く男の声にとって変わる。
「傍観していた癖に、今さらなことを言うな」

 くすり。

「あなたに手を出すなら、相応の報いでしょう……ですが、私も使われる身……ご覚悟を」
「誰がそんなものをするかっ!」
 風で吹き飛ばされた障子の向こうに、ナルトと同じ暗部装束に身を包み、風の額あてをした男が立っていた。

 きんっという音が響き、互いが放ったクナイがぶつかり床に落ちる。
 ナルトは中庭に出ると、そのまま屋根へと飛び上がり走り出す。
 城内で戦えば余計な目撃者を出すことになる。殺す手間は少ないほうが楽だ。
 相手の影もナルトに一瞬送れて、後を追う。
 どちらの動きも常人には捉えることのできない素早さだった。




 
 互いの力が拮抗し、術を出す暇を与えることなく接近戦で刀を交える。
 甲高い刃音が響く中、数合して、間近にあった男の目が笑みに歪んだ。

「ふふ、強くなった……だが、まだ強くなるんでしょうね」
「当然だ」
 ナルトは大きく後方に飛び、油断なく構えた。
「あなたは脅威だ。敵であるというのに……震えるほどに惹かれてしまう」
「耄碌したか?……迅(シン)」
 くつくつと愉快そうに男は笑う。
「私はただの『影』……名も無き男……その名を知るのは僅か……あなたに名を呼ばれるのは心地いい」
「そっちが教えたんだろうが」
「そう……そうなのです……不思議なことだ」
「……」
 優しげな笑いはどこかイルカを彷彿とさせるが、纏う空気が違いすぎる。
 しかし、ナルトが警戒するほどに強い。






「ナルトッ!!」






 雑魚を片付けたカカシがナルトに追いついた。
 ナルトを庇うように、背中へ隠し、目の前の男……『迅』を睨みつける。
「こいつがナルトが言ってた知り合い?」
「まぁ、そんなところだ」
 カカシが来る前にさっさとけりをつけるつもりだったが、出会ってしまっては仕方ない。
「初めまして、写輪眼のカカシさん。お噂はかねがね聞いてますよ」
「お前、何?」
「くすくす、失礼。私は”影”……それ以上でも以下でもありません」
「ナルト」
「言ってるだろ。そのまんま……風影の『影』さ」
「へぇ、なるほど」
 『影』……つまりは、影武者。
「2対1では、少々きついですね……どうやら部下たちもカカシさんにやられてしまったようですし」
「どうでもいいような奴らを引き連れてきたくせによく言う……今回の任務、本気で果たすつもりがあったのか?」
 迅は笑みを崩さないまま、頷く。
「ええ、受けた当初は……ただ」
「ただ?」
「あなたがいらっしゃると聞き、やる気が失せました」
 里の威信に関わるというのに、いとも簡単に言ってのける。
 ナルトはカカシを押しのけると、素早く印を組み、迅に向かって手のひらを返した。


『散華ッ!!』


 迅の周りに無数に出現した炎が繋がり、大輪の牡丹のように燃え上がる。


『滅風ッ!!』


 迅を中心に強い風が渦巻き、炎を天へと還す。

 
 ナルトと迅は視線を交わし、一瞬、笑いあった。
 そして、背を向ける。



「ナルトっ!」
 一人、事態についていけないカカシが、背後を警戒しながらナルトを追いかける。
「あいつは……」
「もう終わった。任務完了だ」
 それ以上は、何も話すつもりは無いらしい。
「全く……いーけどね。浮気は駄目だよっ!浮気は!!」
「……」
「ナールートッ!!」
「うざい・・・やっぱりお前と組むのは考えものだな」
「!?」
 カカシの口がぴたりと閉じる。

「ぷっ」
「ナルトぉっ!!」
 カカシの情けなさすぎる顔に、思わずナルトが噴出した。


「ばーか。さっさと帰るぞ」
「!……そうだねっ!」