黎明


 たぶん、俺は油断していたのだ。












 いつものように、スリーマンセルでのDランク任務はともすればアクビが出そうにつまらなかった。
 それを何とか押し隠して、ドベのふりしてヘマをしでかす。

「ウスラトンカチ」
「ウルサイ、サスケのバカ!」

 からんでくるサスケに”ウスラトンカチ”のナルトはこうであろうなという反応をかえして掴み かかる。本気ですると、当然サスケなんてあっという間にあの世行き決定だから、適度に手を抜いて。

 はぁ。
 心の中でため息をつく。
 任務なんかより、余程疲れるのだ、これが。
 カカシの奴は俺の本性わかってんだから早く止めに入ればいいのに、面白がってみてやがる。

 てめー、覚えとけよ。

 他の下忍二人にバレないように殺気をこめて睨んでやると、片方の目が相変わらず
 Uカーブをかきつつも、ぴくぴくと痙攣していた。

「はい、じゃ、今日の任務は終了!明日は八時集合ね~」
 お気楽なカカシの言葉に一同は思い思いの言葉をはいて解散していく。
「……またな」
 これはサスケ。
 はっきり言って無愛想限りないがそれでも始めのころに比べれば遥かにマシだ。
「サスケく~んっ途中まで一緒に帰りましょう」
 これもはじめのころから変わらないサクラちゃんの台詞。
 サスケにはひたすら無視され続けているが、それでもくじけないあたりちょっと尊敬に値する。
 しつこさ加減ならカカシといい勝負かもしれない。
「はぁ~っ、今日も疲れたってば~」
 これも俺のいつもの台詞。
 違うのは……本当に疲れて吐いた台詞だということだ。
 だから、今日は一番乗りの姿を消した。
 誰にも声をかけられないように、邪魔をされないように休むために。









 帰りついた俺の部屋はしん、として物音一つしない。
 幻影で作り出した、”散らかった”部屋を消すと、後に残るのは生活に最低限必要な品が 置かれているだけ。
 無機質な部屋。
 けれど、それいいのだ。嗜好品など無駄だから。


 俺は古びたベッドに横になった。
 休む、というが俺は眠っている最中でさえ気をぬくことはない。
 いつ何時”九尾”を恨んだ里人が乱入してくるかもしれないのだから。
 この木の葉の隠れ里には、本当の意味で俺が休息できる場所は存在しないのだ。
 だから、せめて体の疲れだけでもとれるように体は休めて頭は起きたまま。
 これが疲れる原因だと、わかっているが幼い頃が培った習慣は消えることはない。



「何か用か、だってば?」
 戸口によく知る気配を感じて嘆息交じりに起き上がる。
「入っていい?」
 聞くくらいなら来るんじゃねぇよと、このまま無視してやろうかと思ったが……こいつの しつこさときたら並大抵じゃない。無視してもきっと朝まで立っているに違いないのだ。

「駄目。そこで用件言えよ」
「え~、ナルトの顔見てからじゃないと言えないな~俺」
 いつもなら軽くかわす、そののんびりした口調が今日はやけに癇に障る。
 カカシを黙らせる術ならいくつかある。
 問題は……どれもヤバイということで。

「差し入れあるんだけどな~……一楽の出前」
「さっさと入れ」
 それならそうと早く言え。そういえば……夕食がまだだった。

「もう薄情なんだからな~ナルトは」
 一楽の出前の”オマケ”として入れてやったカカシからラーメンを奪い取り、俺はぐちぐちと 何か言っているのを無視してずるずると口へ運んだ。

「ん~、美味しそうだねぇ……俺にもちょっと分けて?」
「絶対にお断り」
「そんなこと言わずにさ~」
 伸びてくる手をぱしりと打ち落とし、俺は汁の一滴まで飲み干してやった。
「あ~あ……」
「ふん」
 頭を抱えたカカシ。
 さて、どうしよう?もう用無しなのだが。

「ナルト。お前さ」
 そう思っていたらかがんでいたカカシがむくりと頭を起こし、にやりと笑った。



「相当、疲れてるだろ?」



「……別に」
「いや、絶対に疲れてるね。そうでなくて……これ容れたの気づかないわけが無い」
 カカシはふところから小さな硝子の小瓶を取り出した。
 中で揺れているのは無色透明の液体でぱっと見に何かはわからない。
 けれど……

「てめ……っ」
 がくり、と足の力が抜けた。
 すかさず狙ったかのようにカカシの腕が俺の体を支えた。
「きさ・・まっ……何を……いれやがっ……た・・っ」
「大丈夫だよ、ただの睡眠薬だから……ちょっと強いけどね」
「く、そ・・・っ」
 まんまと一杯くわされたことが悔しくて……カカシの腕を掴みあげようとするが力の 入らない手ではすがりつくことしかできない。
 ……それさえも危うくなる。


「大丈夫だからさ。何もしないから……ゆっくり休んでくれよ」
 頼むから、と灰色の瞳が泣きそうにゆがんでいる。
 ・・・仕掛けたほうがそんな顔をするな・・・卑怯だ。



「ナルトが目覚めるまでずっと傍に居るよ……守ってるから」

「誰にも邪魔はさせない……だから、ゆっくりお休み」



 カカシの口が動いて他にも何か言っているようだが……
 俺の意識はそこでぷつりと途切れた。
 ただし、目覚めたら真っ先に仕返しをしてやると誓って。














「ナルト?寝ちゃった?お前は知ってるかい?今日、どんなに疲れた顔をしていたか?
どんなに平気なふりしてもわかるんだよ?あいたらだって……サスケとサクラだって様子の おかしいお前の心配をしていたし、ね。いいんだよ、我慢しなくて。辛いときには辛いって 言いなさい。お前はね……ナルト、お前が思ってる以上に……」


 カカシは腕の中で眠るナルトの髪を優しく梳いた。












『愛されているんだよ』