許し


(ったく、本当に世話がやけるぜ。再不斬程度に僅差で勝利か・・・)
 
 再不斬を倒すおりに、写輪眼を使いすぎたカカシは目的地に到着する前に無様に倒れた。
 何も出来ないお荷物を4つも抱えて負担がかかるというのはわかる。
 わかるが、上忍ともあろう者が肝心の任務を果たす前に倒れてどうする。
 ナルトだとて”ドベ”で出来る範囲で手助けしてやったというのに・・・。
 
「はぁやってらんねーってばよ!」
 そう言って腕を伸ばせば、背後からサクラがナルトの頭をしたたかに打ち据えた。
「あんた、さぼってんじゃないわよっ!カカシ先生倒れちゃって役立たずなんだから、ちゃかちゃか働き なさいっ!働かざる者食うべからずよっ!!」
「わかってるってば!」
 役立たず・・・かなりシビアな言葉だが、全くその通り。
 ナルトは笑いを胸の中におさめて水汲みに飛び出した。





***********


「―――― 無様だな」

 落ちてきた声に、カカシははっと目を見開いた。
 いくら身動きできないほどに衰弱しているとはいえ、他人が近づいてきた気配にも気づけないなどあまりに情けなさすぎる。
 だが、闇の中、月明かりで照らされたその姿に、納得した。

「タオ・ルン」

「今、攻撃されたら間違いなく死ぬな」
 タオ・ルンはカカシの顔の上でクナイを弄ぶ。手を滑らせて落ちてくれば、そのクナイさえカカシには避けることは出来ない。
 だが、故意ならともかく、この忍がミスることは在り得ない。
「助けてくれる?」
「バーカ」
 冷たく返される。
「何故、帰還しない?お前たちの任務はターゲットを無事にここまで送ることだろう?」
「どうして、任務の内容を君が知ってるのかなぁ~」
 ふっと、笑う。
「愚問だな。お前と俺では『位置』するところが違う」
 つまり、カカシよりずっと上にタオ・ルンの地位はあり、他人の任務も知ることが出来る・・ということ。
「それじゃ、どうしてここに居るの?俺に会いに来てくれたとか?」
「よくそう自分に都合が良く解釈できるものだな。誰がお前なんかに会うために、わざわざ波の国まで 来るか・・・別口の任務に決まっているだろう」
「それでも、顔を見に来てくれたでしょ?」
「ああ、お前の情けない姿を笑ってやりたいと思ったからな」
「酷いな~」
 はははは、と軽く笑ったカカシは、何を言われても怒る様子は無い。
 この程度で感情を波立たせるようでは上忍など名乗っていられないだろう。
「で、俺の問いにまだ答えてもらっていないが?」


「『義を見てせざるは勇なきなり。勇将の下に弱卒なし』・・・てね」

「は?」
「四代目の言葉。知らない?」
「・・・さぁな」
「四代目は、本当に凄い人だった。忍の師であり、人生の師だ。あの人が居なかったら、きっと今の俺は無かった、そう言いきれる」
「ふーん、だから起き上がれないほど弱ってても戦うって?」
「一人じゃ無いからね~。さすがに俺独りだったら考えました」
「一人じゃないって言っても、・・・使えなさそうな下忍が3人居るだけだろ」
 カカシの顔が笑いに歪む。
「んー、今日はそうでも明日もそうとは限らない、かな」
「楽観的観測だな」
「それじゃ、手伝ってくれる?」
「却下。他人の任務に『タダ』で付き合うほど暇じゃない―――追加報酬は取ってないだろうしな」
「さすがにそこまで人非人な真似はね」
「どの口が言うか」
 覆面ごとクナイで突付かれる。
 ―――これは遊ばれている、というのかもしれない。
 それでも会話が長く続いて嬉しいな、と思うカカシは、自分は思っている以上に健気だったんだなぁと妙な感慨を抱いている。

「飽きた。帰る」
 タオ・ルンが立ち上がる。

「ちょっちょっと待って。なぁ、」


――― ナルト


「・・・・・・」
「――― て、知ってる?」
「何が言いたい」
「俺が預かっているんだけど・・・うまく成長すれば、かなりイイ所までいくと思う」
 タオ・ルンは肩をすくめた。
「それが?」
「九尾の封印が、あの子供にどんな風に影響するのか・・俺は詳しいことを知らない。知っているのは おそらく三代目と三忍の自来也様・・・僅かな者だろう」
「俺が知っていると?」
「もしかしたらな~、てね。俺に、こんなことを言う資格は無い。だが、ナルトは・・あの子は、生まれた 時から荊の道を歩いてきたんだろう。これから先の道行きもきっと険しい・・・だからさ。俺はあの子を 一人前の忍にしてやりたいんだ」
「・・・・・・・」

 至極真面目に告げたカカシに、タオ・ルンは・・・肩を震わせて笑っていた。
「らしくない真似はよせ。お前がそんな殊勝な性質か」
「やっぱり?」
「ああ。心配しないでも、九尾の封印はそう易々と解けはしない。それこそ、命がけだな」
「・・・そうなんだ」
「もう、行くからな」




「どこに?」




「・・・・・・・・・」
「ココ、でしょ?」
 カカシの腕が布団から伸び、タオ・ルンの足を掴んだ。






「――――ナルト」





「・・・・・・・」
「任務の時だけなら気づかなかっただろうけどね、さすがに24時間一緒に過ごせば気づくよ。タオ・ルン。 いや、ナルト。お前の動きは、とても下忍とは思えない。・・・巧妙なフリを装っていても、それが見抜け ないほど衰えてないつもりだけど?」

 タオ・ルンは・・・・いや、ナルトは仮面を外した。

「お前に見抜かれるようじゃ、俺もまだまだ・・・だってばよ」
「ナルト」
「いい加減放せ。鬱陶しい」
 未だに足を掴んだままのカカシの手。
 足首を動かし、払い落とした。

「不甲斐なくて、ごめんね」
「そう思うなら、とっとと回復するんだな。俺に、あいつらを庇ってやるような”甲斐性”は無いぞ」
「うんv心配してくれてありがと♪」
「・・・誰が」
「ナルトが。夜にこっそり忍んで来てくれるほど心配してくれたんでしょ?」
「・・・・・お前、ホントに心底、真性の馬鹿だな」
 これ以上、会話をする気は無い・・・と、ナルトは部屋を出て行く。





「ナルト・・・・・・・お前は、どんな世界を生きてきたんだろうね」

 カカシが、過去の重さに引きずられ我を忘れたように任務に励んでいる間。
 九尾を宿した赤子は・・・あまりに強くなりすぎていた。

「本当に・・・俺は、馬鹿だよ。ナルト」

 一番大切にすべきことを置き去りにしていた。
 今更、と言うかもしれない。
 たぶん、あまりに虫の良すぎる話だろう。

 けれど。


「まだ、間に合う・・・て思わせてくれ」













 そして、ナルトの受難の日々は始まる。