罪とは誰が決めるもの
 何をもって罪とする







「本気なのかねー三代目は・・・」

 顔合わせを済ませた下忍たちの顔ぶれを思い出して、カカシは首を傾げた。
 木の葉のエリートの卵、うちはサスケ。
 アカデミー一の才女、春野さくら。
 そして・・・。

 悪戯大好き、ドベのうずまきナルト。

 成績の平均をとって三人を一緒にしたというが、見事にばらばらだった。
 普通ならばアカデミーで共に学んだ仲、つるんでいたメンバーとは違ってもスリーマンセルという枠の中で それぞれがそれぞれに、協力しあってやっていこうとするものだ。
 ――― それがこの七班には全くない。
 それぞれが、勝手に好きなように動いている。
 三人とも協調性の欠片も無い。
 もっとも、そのあたりのことを協調性の無い忍の代表とも言えるカカシには言われたくないだろうが。

「うずまき・・・ナルト、ね・・・」

 木の葉の里に住む者にとって、その名はある意味呪いだ。
 口にすることさえ忌まれると、皆顔をしかめ、指をさすことで代わりとする。
 カカシにとっては、今までさしたる感慨も抱く存在ではなかった。
 たとえそれが九尾の入れ物であろうと、恩師の子供であろうと・・・興味の赴くところでは無い。
 こうして担当の上忍として選ばれなければ関わることも無かっただろう。

「まぁ、結果次第だろうけどね~」

 ちりりん、と腰の鈴を鳴らした。
 





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 ――― ああ、だりぃ・・・・・

 ナルトは演習場が見渡せる高木の上に居て、下の『茶番劇』を睥睨していた。
 影分身には、いかにも『ドベ』らしく、最初からカカシに突っかからせ、罠に落とした。
 あとは紐に足首をくくられたまま、適当にしていればいい。
 カカシも、ナルトからサスケ、サクラに標的を移している。

 ―――― 馬鹿じゃねぇ?何、たかが下忍に鈴とられそうになってんだよ・・・・

 サスケの体術も忍術も、ナルトからすればしょせん『下忍』レベル。
 それに感心するカカシのレベルも知れたものだ。
 これが本当に『天才』と呼ばれた忍者なのか?

 (―――― 天才にも色々あるってことだろうけどな、50年に一人の逸材がカカシならば・・・100年に、 200年に―――千年に一人、の天才だって存在する)

 ナルトは薄く笑うと、縄を切った影分身と入れ替わった。



「チームワーク?!」

 カカシの言葉に、ナルトは本気で驚いた。
 ――― チームワークを大切にする忍?何だそれは?

 ずっと一人、組んでも二人で任務をこなしてきたナルトにとって、それは未知なる言葉だった。
 二人で組んだときでも、あれはチームワークではなく、個々にそれぞれが出来ることを果たしていたのみ。
 
 そう、例えば二つの鈴が、二つの命綱だとしよう。
 だが、忍は三人。
 必ず一人は死ぬ。
 それはどうやって決められる?

 簡単なことだ。

 ―――― 最も劣るもの。それこそが死すべきもの。

 そこにチームワークなどという甘い考えなど欠片も存在しない。
 カカシだとて暗部に居たのだからその程度のことわかっているはずなのに。

 ―――― わざと、か?

 柄にも無く、『教師』らしくしようというのか。





 柱にくくられたまま置き去りにされたナルトは、空を見上げ、腕を軽く動かした。
 ぱらぱらと解けていく綱。
 影は消えた。ナルトはすでに、その場に居ない。






++++++++++++++++++


「先生?ちょっと聞きたいんだけど」
「ん~何かな?」
 置き去りにしたナルトのことなど忘れ去ったかのように、サクラはカカシを見上げる。
「鈴は?」
「???」
 イチャパラを手に持ったまま、カカシはサクラに首を傾げた。 
「だって、一つしか、ついてませんよ?」
「!?」
 カカシは僅かに目を開いて、腰を見た。
 確かに二つあったはずの鈴は、一つに減っていた。
「どこか落としたかな~・・・?」
「先生って結構、抜けてるのね・・・」
「完璧すぎないところが、先生の魅力なのさv」
「・・・・・・・・・」 
 サクラの白々とした視線を受けながら、カカシの思考は勢いよく巡り出す。

 ―――― 落とした?有りえない。

 たとえ落としたとしても、鈴の音でカカシは気づいたはずだ。
 では、奪われた?

 ―――― 誰に?

 サスケもサクラも、カカシに全く気取らせることなくそんなことが出来るわけがない。
 下忍だから、というのでは無く、たとえ上忍であったとしても、カカシにはそれをさえないという自信がある。
 そのカカシからいとも容易く、見事なまでに奪い取った人間。

 ―――― ナルト?

 まさか。


「それじゃね!明日は8時集合だよ~」
「あ、先生!」
「・・・ちっ」
 二人に別れを告げたカカシは、ナルトを置き去りにした演習場に急いで戻った。








 ――――― まだ、居たか・・・



 未だに柱にくくりつけられたままのナルトは、空腹のためかうな垂れて動かない。

「ナルト。お前も忍なら縄抜けの術くらい・・・ナルト?」
 ぴくりとも動かない。
「ナルト・・・ナルト!」
「うー・・・もう何だってばよ・・・もう朝だってば・・・?」
 寝ぼけたようなナルトの声に、カカシは安堵の吐息をついた。
 演習場には7班しか居なかった。ゆえにナルト一人を置き去りにしたのだが、動かないナルトに何か あったのかと正直、焦った。

「・・・カカシ先生?」
 何でこんなところに居るのだ、とナルトが無防備な瞳で見上げてくる。
 それに苦笑しながら、カカシは縄をほどいてやった。
「え?・・・あ!そうだってば!皆、ひでーってばよ!」
「怒らない怒らない。だから帰ってきてあげたでしょ?」
 状況を思い出して怒り出すナルトの頭を、ぽんぽんと叩く。
「なら最初っから解いてくれれば良かったてばよ!・・・カカシせんせー、意地悪だってば!」
「おやおや、こーんな優しい俺を捕まえて意地悪だとは・・・もう一度括ろうかな~」
「!じょ・・・冗談だってばよ!」
 じりじりと後退していくナルトは、ぱっと背を向けて走り出した。
「ナルト~、明日の集合は8時だからな~~」
 逃げ足の速さだけは下忍以上だ、と笑いながらカカシはその背を見送った。
 あのナルトに鈴をとることなど不可能だろう・・・馬鹿な考えだった。

 ―――― さてと。

「・・・っ!?」
 
 ―――― 無い。

 腰に残っていたもう一つの鈴も、消えていた。
 らしく無く、慌てて地面に視線を走らせるが、落ちているわけもなく、その姿はどこにも無い。

 ―――― どういう、ことだ・・・?
(本当にナルトがやったのか?・・・まさか、それならあの程度の縄を抜けれないなど・・・・いや、ワザと 俺が帰ってくるのを待っていたのか・・・?)








「探し物は見つかった?」









「!?」
 はじかれたように振り向いたカカシは、慰霊碑の上に堂々と腰を下ろしている、タオ・ルンを見つけた。
 その顔には、変わらず仮面があったが暗部装束とは違った黒衣を身に纏っている。
「これ、だろ?」
 楽しそうな声が、手に持っていた鈴をちりり、と鳴らす。
「タオ・ルン!君のほうから俺に会いにきてくれるなんて・・・惚れた?」
「バーカ。慣れないことしてる阿呆を見物しに来ただけさ。結構楽しめたぜ?」
 くつくつと喉を鳴らす。
「こんなに簡単に取られてさ、下忍連中を馬鹿にできるワケ?しかも、チームワークときた!」
「・・・・・・・」
「何?それ・・・あんたのせいで死んだ『親友』とやらへの罪悪感?」
 ナルトは馬鹿にしたように慰霊碑をぺしぺし、と叩く。
 カカシから僅かに殺気が立ち上る。
「こんなの名が刻んであるだけの、ただの『石』だろ。辛気臭いったら無いよな」
「―――― 黙れ」
 ナルトはひょいと肩をすくめ、鈴をカカシへと投げつけた。
 

「愚かだな」


「・・・・・・・・」
 タオ・ルンに化けたナルトの黒髪が吹き抜けた風に舞う。
「人というのは・・・辛苦をすべて自身の責任にする。不幸にひたることで幸福を実感する。嫌らしい生物。
 ―――― 虫唾が走る」
「それほど鬱陶しいならば、何故壊さない?」
「面倒だからな。これを壊しても、また別のものを作るだろ?あんたら」
「タオ・ルン・・・君は里が、里の人間が嫌いなのか?」
「嫌い?」
 ナルトは仮面を取り払い、感に堪えないと笑い出した。



「嫌い?―――― 憎いんだよ」



「タオ・ルン・・・」
「俺は里の罪そのものだ。だから、あんたらが悪いのだと責めて憎んでやるさ」
 秀麗な美貌に浮ぶ微笑は深淵の暗さを覗かせ、瞳は――――・・・
「青・・・・・?」
 夜の闇の中で見た瞳は、漆黒だったが、今は青だった。
 薄い色の瞳孔は意志を感じさせず、全てのものを拒絶している。



「―――― お前、誰?」



「さぁ?」

 朱唇が、弧に歪んだ。