美貌


 人は言葉を無くす
 真なるものに出会ったときは




 里の外れ、正門とは反対側にある隠れ門。
 暗部が任務に出て行くときや、緊急の場合にのみ使われる門は、チャクラのパターンを判別する呪が 組み込まれていて、登録されている者しか通ることは出来ない。
 それ以外のものには、そこにあるのはただの『崖』でしかない。

 狐面の暗部は、長い黒髪を風にそよがせ、銀髪の男の目の前に音もなく現れた。

「あれ?大きくなってる」
 暗部面に隠されている相手の表情はわからないが、いかにも馬鹿にしたような空気を感じる。
 今夜のタオ・ルンはカカシに出会った時とは違い、青年姿だった。
 黒装束に包まれた躯はとても華奢で、白く輝く首筋が折れるように細い。
 だが、チャクラが歪んでいる気配はしない。――――どちらが本当の姿?
「くだらないことを言ってないで、行くぞ」
 無駄口を叩くなと告げ、タオ・ルンはあっという間に姿を消す。
「あ・・っ」
 一切の音をさせず、まるで風のようにターゲットに向かって走り出した相手を慌てて追いかける。
 闇に紛れる黒い髪、黒い装束・・・ただ、部分的に剥きだしになった肌の白さが相手の居場所をカカシが 察することのできる唯一の手段。
 ――― 速い。
 人とはこれほどに、速く動けるものなのか。
 非常識な忍という世界で生きてきたカカシさえもが、そんなことを思ってしまうほど。
 やがて二人は風と葉ずれの音に紛れて、深い森を越え、ある大名の屋敷に辿りついた。


『――― 左』
 短くタオ・ルンからの遠話を受け取ったカカシは、屋敷の左側にまわる。
「さてと、任されたからにはきっちり片付けないとね~と、うわ・・・うようよ・・・ちょっと多すぎじゃ・・・」
 処狭しと感じる忍の気配。
 金はうなるほどある。だから蟻の入る隙間もなく忍びを敷き詰めるって?
「駄目だね~、全然、わかってない」
 忍の勝負は数ではなく、腕で決まる。
「さぁ、張り切っちゃおう~vv」
 早く終わらせてタオ・ルンとの会話の時間を作っちゃうんだ~と、不純な動機でカカシは印を組んだ。


 その頃、タオ・ルンことナルトは――――
 カカシを囮として使い、守りの薄くなった屋敷の右側からまんまと侵入を果たしていた。
 無駄な労力は使わない。ナルトの信条である。
「さっさと終わらせて、帰って寝る」
 カカシの不純な動機など知らず、ナルトは三大欲求の一つを満たすべく励んでいた。
 僅かに残っていた護衛の忍を、あっさりと落とし、屋敷内に忍びこむ。
 
 (―――― 盗まれたっていう密書を捜さないとな)

 殺すだけなら面倒は無いのに、付随物のせいで手間がかかる。
 だが、隠し場所というのは意外と少ない。
 大事なものであればあるほど、不思議に人は自分の近くに置こうとする・・・。
 ターゲットが居る所=密書のある場所。


「――っ誰だっ!」


 鋭い声と共に、勢いよく障子が開かれる。
 数人の同業者(忍)の背後に、およそ人間とは思えぬほどに肥えた生き物が蒼白な顔で震えていた。

「木の葉か。――― 一人でこの人数を相手に出来ると思ったか!」
 そういう相手は5人。中忍以上の忍ではあるのだろう。
 ナルトは口を開くことなく、背から細身の刀身を抜いた。
 そして、埃でも払うかのように無造作に・・・なぎ払う。

 前列に居た忍が音もなく横たわった。
 後列に居た忍たちが気色ばむ。
 今の一撃で、尋常では無い相手の力量を察したのだ。
 だが、忍たちに引くことは出来ない。どれほどにそれが『死』に繋がる行動であろうと、彼等の任務は 背後に居る『男』を守ること。逃げることは許されない。
 そして、ナルトの任務は、男を『殺す』こと。
 その上、ナルトには、さっさと終わらせて睡眠時間を確保するという重要かつ切実な目的もある。

 (――――― 十秒だ)
 心で呟き、ナルトは刀を構えた。

 10・・・

 向かってきた忍の間を、ナルトが走り抜ける。
 
  9・・・

   8・・・

 背後でどさりと、重たい音が響く。

     7・・・

        6・・・・

「この・・・っ!」

           5・・・・

「ひっ・・・っ」

               4・・・・

「密書は?」

 ナルトの問いに、男は自身の胸を抱いた。
 ――― 隠し場所はそこ。

 ナルトは容赦なく男の息の根を止めた。

「捜す手間が省けてよかった」
 今夜の任務は余計なおまけがついて、面倒だったが流れとしては順調だ。
 順調過ぎて、嫌になるほど。
 こういうときは必ずどこかに落とし穴が用意されている。
 ナルトは男の懐から巻物を取り出し、中を確認する。―――― 間違いない。


「さてと・・・・そろそろ出てきたらどうだ?―――――― 迅(シン)



「おや、バレてましたか?」
 ナルトの背後、斬り捨てれたはずの死体がむくりと起き上がった。
「馬鹿にしているのか?」
「いえいえ。とんでもありません・・・ただ、今夜のあなたは少々、苛立っていらっしゃるようでしたので」
「余計な世話だ」
 ふんと鼻をならしたナルトは、こちらに近づいてくるカカシの気配をとらえた。
「―― 新しいパートナーを得られた?」
「まさか。ただの足手まといだ」
 迅と呼ばれた忍は、薄い微笑を浮かべた。
「――― あなたの”対”は彼の方唯一人、という訳ですか?」
 ナルトは無言で凍える殺気を放つ。
「―――迅」
「はい」
 名を呼ばれた忍は、それが無上の喜びとでも言うように笑った。
 ナルトはソレを、静かに見下ろす。
「お前は、忍のくせに口が軽い」
「――― これは失礼致しました」
「退くのか、来るのか。今すぐ、決めろ」
「あなたいらした時点で、私の任務は終わったも同然。もう一人の方がいらっしゃる前に退散させて いただくことにしましょう。また、お会いできることを楽しみにしております」
「――― さっさと消えろ」
 他の忍が居たならば、みすみす逃すのかと叫んだことだろうが、ナルトは眼前のほとんど腐れ縁のような 他国の忍を、それなりに評価していた。
 ――――― こんなところで殺してやるなど、面白くない、と思うほどに。

「そうさせていただきます・・・ですが、その前に」


 無数のクナイが光の線となってナルトに飛んできた。
 それを刀で叩き落す。
 どれほど速くともアカデミーの遊戯のような攻撃だ。

「・・・何の真似だ?」
「偶の邂逅・・・せめてご尊顔を、拝したいと思いまして」
「・・・・・・・」
 ナルトは跳躍すると、相手に斬りつけた。
 チャクラが足元の土を抉り、砂煙が舞い上がる。
「貴方は強くなられた、そしてこれからも・・・」
 強くなられるのでしょう・・・うっとりと呟き、ナルトの刀を受け止めたクナイを手放し、狐面へと手を伸ばす。
 ナルトの刀は、迅の肩に食い込んでいた。
 構わず、迅はナルトの仮面を取り外す。
 現れたのは―――

 美貌の面。

 男とも女ともつかぬ美しい造形に、闇色の瞳。
 血色の唇が、弧に歪んだ。

「残念だったな」
 タオ・ルンとしての任務、本来の姿を推察できるようなものはどこにも残ってはいない。
「――― いいえ、十分・・・堪能させていただきました」
 ずぷり、と肉に埋まっていた刀を無理やり引き抜き、迅は離れた。

「――― 失礼致します」

 負傷していることなど感じさせない動きで優雅に一礼すると、忽然と姿を消した。

「全く・・・」
 刀についた血を振り払う。
 美しい白銀が月の光を受けて輝いた。


「タオ・ルン!あれ?もう終わっちゃった?」
 忍と標的の死体を素早く確認したカカシが、緊張感の全く感じさせない口調で問いかける。
「あの程度にいつまで遊んでいる。さっさと帰るぞ」
 振り向いたナルトに、カカシが息を呑んだ。
「!?そ、それ・・・・」
「・・・・・・・・」
 ―――― ナルトは舌打ちして、仮面を被る。
「あー!もったいないっ!」
 せっかく美人なのにーっ!と無駄口を叩くカカシを、冷たい殺気で黙らせる。
「ターゲットの始末、密書の回収完了。これより帰還する」
「――― ところでこれからお茶でもどう?」
 カカシの状況にそぐわぬナンパに、ナルトは無視して走り出した。
「ねー、タオ・ルン~、俺、いい店知ってるんだよね~」
「・・・・」
「あ、もちろん。俺の家でもいいよん♪」
 タオ・ルンなら大歓迎と、どこまでも阿呆で腐った上忍は言い募る。

「ところで――― もう一人、誰か居なかった?」

「・・・気のせいだろ」
「気のせいかぁ・・・」
 腐っても上忍。どうやら迅の気配に気づいていたらしい。
 背後を追ってくるカカシを振り返り、ナルトは立ち止まった。
「・・・言っておくが、俺はあんたと馴れ合うつもりは無い。パートナーを組むのもこれが最後だ」
「つれないね――― でも無理
 ぴくりとナルトの肩が上下した。
「自分でも不思議で仕方ないんだけど・・・気になるんだ、どうしても」
「・・・・・・・」
 今のナルトの心情を一言で言えば、『うざい』。
 どうせ任務を横取りするならば他の奴のものにすれば良かったと後悔さえしている。


「お前は――― 何者?」

 
 ざわり、と大気が揺らいだ。










「『何者』?」










 闇が笑った。


「――― その問い。そっくりそのままお前に返す」



 低く抑揚の無い声に、カカシは動きを止めた。