薮蛇


 上忍詰所『人生色々』。
 いったい誰がこんな名称をつけたのか定かでは無いが、そこには確かに人生色々というに相応しい 忍たちの溜まり場であった。

 詰所内は結構広く、集会のための広間をはじめ、任務所や事務所、特定の職務を与えられている 忍には個人部屋が用意されている。
 その中でも最も上忍たちに使用されているのが、待機所である。
 いつ訪れても数人の上忍たちが待機しているその部屋は、誰かが快適に過ごせるようにと持ち込んだ 大型ソファに始まり、携帯一畳たたみ、ポットやカップ、大小の小皿に、七輪、壁には洋風絵画の横に 山水画が掛けられていたりと、渾然とした様相を呈している。
 上忍ともなると、皆個性的(すぎる)。どこまでも自分を貫くアクの強い性格の人間がこれでもかと 言うほど揃っているのでこんな状態に成り果てている。
 こんな場所では、落ち着くどころか逆に居心地悪くなって普通の人間ならば逃げ出したくなること 請け合いだが、ここでは誰もそんなことは気にしないのである。

 さて、本日、その異様な空間『人生色々』においてさえ、どこか遠巻きにされている上忍が一人。
 ―――― 『写輪眼の』と有名なはたけカカシである。
 他人と組むことをあまりせず、天才と何とかは紙一重、を実践している彼に積極的に関わろうと する命知らずな人間はそうは居ない。
 そもそも彼が、ここに姿を現すことが珍しい。
 いつもは待機などせず、呼び出しを受けた時のみ受付に現れ、さっさと消える。
 だからこそ、遠巻きにしながらも忍びたちは、『いったい何事か』とそわそわと様子を伺っているのだ。
 そんな忍たちの様子を気づいているのかいないのか、カカシはぽかんと口を開けたマヌケ面で 窓から青い空を眺めている。


「――― ついにキちまったか、おい」

「・・・ああ、熊か」
「誰が、熊だ。誰が」
 掛けられた声に、カカシがぼんやりと振り返った。
 そこには、同僚であるアスマが暑苦しい風体で立っていた。
 カカシに臆することなく話しかけることが出来る数少ないうちの一人である。
「相変わらず、むさ苦しい顔してるねぇ」
「ほっとけ。それより珍しいじゃねぇか、ここに顔出すの」
「ちょっとさ~、知りたいことがあって」
「何だ?」
「この間、俺。任務横取りされたんだよね~」
「は?」
「別にそれはそれで面倒ごとが無くなって幸いだったんだけど・・・その暗部が」
「ちょっと待て。――― こっち来い」
「何で?」
「いいから!」
 アスマにずるずると引きずられ、カカシは待機所から物置のような部屋へと連れ込まれる。
「アスマ、悪いけど俺・・・お前はタイプじゃないんだよ」
「誰が迫るか!ったく、ヤバそうな話を公衆の面前でするな」
「一応上忍連中だし・・・聞いて害があったとしても向こうにだろうし?」
 自分は全然問題ない、とへらへら口調のカカシにアスマの眉間にぴしりと罅が入る。
「――― まぁいい。で、暗部に仕事を取られて、それでどうしてここに来るんだ?」
「俺も最近まで暗部に居たんだけど、あんな奴が居るって知らなかったんだよね~。だからもしかしたら 最近上忍から上がったやつかな、と」
「中忍の可能性だってあるだろうが・・・」
「確認済み」
「・・・はえーな」
 カカシの想像以上に早い行動にアスマは初めて触手が動いた。
(こいつをここまで動かすなんて・・・何事だ?)
「だいたい、アレ・・・絶対に中忍なんてもんじゃないね。俺より強そうだったし」
「は!?お前より?」
「言葉を交わしただけだけどね・・・気が違う。別格」
「お前にそこまで言わせるとは、相当の奴だな」
「姿は可愛いのにね~」
「可愛い?」
「身長から考えると・・・良くても12,3くらいじゃないかな」
「はぁ!?」
「チャクラの歪みも無かったし、変化じゃなくて本当の姿だろうな、あれが。だから余計に気になるん だよね~・・・詮索するな、て言われちゃったんだけど」
「おい」
「そう言われると気になるのが人間でしょ?」
 いや、でしょ、じゃねーだろ。でしょ、じゃ。
「名前だけは教えてくれたんだけど」
「何?」
「えー、アスマなんかに教えてやらないよ。もったいない」
「・・・・・・お前な」
 ここまで話しておいてそれは無いだろうに。どこまでもはた迷惑な人間である。
「ったく、どうなっても知らんぞ。俺は」
「いーよ、熊にどうにかしてもらおうって思うほど落ちぶれちゃいませんから~」
「あー、そうかよ。ったく、俺はお前を呼びに来ただけだっつーのに」
「何?」
「三代目がお呼びだ」
「ふーん」
「さっさと行け」
「・・・丁度いいかも」
 にやり、と覆面から覗いている目だけを歪ませるカカシに、出来るだけ関わりあいにはなるまいと
 アスマは決意するのだった。




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「はたけカカシ、参りました」
「入れ」
 短い応えに、カカシは音をさせず室内に入室する。
 三代目はいつもの格好で、執務机の向こうに座っていた。
「何でしょうか?」
「辞令じゃ」
 ほいっと三代目はカカシに薄っぺらい白い紙を投げて寄越した。
 先日、暗部がカカシの任務を横取りしたことを知っているだろうに、そんな素振りは一向に見せない狸ジジイである。
「下忍の、スリーマンセルの担当、ですか・・・」
「そうじゃ」
「左遷ですか?」
「まさか」
 カカシはぽりぽりと頬をかく。
「こう言っては難ですが、俺にやらせないほうがいーんじゃないですかね~。過去に何回かやらせて もらいましたけど、『合格』させた奴は居ませんし」
「今回は特別じゃ。他の忍では勤まらぬ」
「どういうことです?」
「お主に担当してもらうのは、この三名じゃ」
 辞令よりは少しばかり厚みのある紙が差し出される。
「うちはサスケ・・・ああ、写輪眼の。もうそんな年になるんですね、なるほど。春野サクラ、この子は 知りませんが・・・うずまき、ナルト?」
 その名は、記憶にある。何だったか・・・・・―――。
「あ・・・」
 カカシは、僅かに目を見開き三代目を見た。
 視線を受けて三代目も静かに頷く。
「―――・・・」
 九尾が封印された子供。そして・・・四代目の。
「少しばかり遅いが、アカデミーを卒業したのでな・・・下手な人間にはまかせられぬ」
 九尾に対する憎悪は、子供に転嫁された。
 酷い扱いを受けていると、噂で聞いたことがある。
「・・・何か、目も当てられない成績なんですけど」
 よくこれで卒業できたものだと、カカシは感心する。
「・・・・・・」
 三代目は露骨に目を逸らした。
「ごほんっ、とにかくじゃ!頼んだぞ!」
「ご命令とあらば。ただし」
「何じゃ」
「引き受ける代わりに一つ情報が欲しいんですが」
「答えられる範囲ならば良かろう」
「例の暗部について教えて下さい」
「・・・例の暗部?」
 三代目が眉を寄せた。
「先日、俺の任務を横から掻っ攫ってくれた暗部です」
「何・・・?」
 寝耳に水、そんな様子で立ち上がった三代目にカカシのほうが驚く。
「え、ご存知無い?」
「・・・・・・」
「てっきり報告がいってるものとばかり思ってたんですが・・・冗談でなく?」
「っあやつめ!」
 本気で知らなかったらしい。だが、相手に心当たりはあるらしい。
「――― タオ・ルンと名乗ってましたが」
「名乗ったのか?あやつが?」
「ええ」
「・・・・・・・」
 三代目は疲れたように、椅子に座りこんだ。
「詮索無用と言われなかったか?」
「ああ、言ってましたね」
 大人しく言うことを聞くつもりはさらさらなかったカカシである。
「――― まぁ良い。これ以後一切他言無用。それを死守できるならば、答えられる範囲で答えてやろう。
 あやつの何が聞きたい?」
「聞きたいっていうか、お願いなんですが・・・」
「何?」
 不審そうな三代目に、カカシは楽しそうに目を弧に歪めた。




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「冗談」
 ボーイソプラノが鼻で笑うように火影の言葉を切り捨てた。
「冗談ではない」
「だったら尚更、冗談じゃない」
「これは命令じゃ」
「――― 命令?」
 暗部面をしているので、わかるはずは無いが、その向こうでにたりと笑った気配がした。
「いったいどんな弱味を握られたん・・・だってば?」
 そんなものがあれば即座に消滅させてきてやろうと笑う暗部に、火影は大きく溜息をついた。
「元はと言えばお主が悪いのじゃぞ」
「俺?」
「――― 他人の任務を取るで無いわ」
「あちゃ。バレた?」
「馬鹿者!」
 悪びれない暗部に、火影が一喝するが懲りた様子は無い。
「詮索無用って言っておいたはずなんだけど・・・始末しちゃ駄目なんだよな?」
「当たり前じゃ。貴重な里の戦力を早々始末されてたまるか」
「でもさ、アレ。暗部やめてからナマってない?――ていうか、ボケてる?」
「―――相変わらず、容赦無いのぅ」
 火影の言葉に暗部はケタケタと笑った。
「俺ってば、容赦の塊みたいなのに。心外だってば」
「・・・・・」
「――― よく里の人間皆殺しにしないでいると思うな、我ながら」
「わかった。禁術書、一本持って行って良い」
「マジ!?」
 本日一番、声のトーンが上がる。
 どれを持って行こうかな~と早速考えにふけりはじめた。
「その代わり・・・て、聞いておるのか!」
「わーかってるって!組めばいーんだろ、組めば!ただし!!これ一回だけだからな。また組ませよう としたら、里の戦力どうこうなんて考えず、殺(や)るから」
「うむ」

 (それはカカシ次第じゃろうなぁ・・・)



 里一番の狸は神妙な顔をしつつも、これから起こるであろう騒動にひっそり笑うのであった。