灯すモノ
ナルトは気配を感じて立ち上がった。
人の気配の無い森の中の一軒家。ナルト自身にさえも人の気配が薄く、まるで無人の寒々しさを感じるような屋敷を訪れる人間など限られている。
部屋を出て数歩歩いただけで、玄関が目の前に現れる。
がらりと扉をあけると、予想した通りの人間が立っていた。
しかも。
「……イタチ」
「やぁ、ナルト」
無表情ながらも『にこやかに』挨拶したイタチは、己の身長ほどもあろうかという巨大な葛篭(つづら)を背負っていた。
最近こんなシチュエーションが多すぎないだろうかと思いながらも、尋ねた。
「……それは?」
「ああ、ナルトの家に飾らせてもらおうと思って」
何を。
いったいこの男は今度は何を持ち込もうとしているのだろうか。
ナルトは大いに警戒した。
「いったい何だ?」
「雛人形だ」
「………………は?」
「お雛様だ」
言いなおしたって同じだ。
「入っていいかい?」
「………」
無言のナルトの横を通りすぎていく。
ナルトの意思を体現しているこの屋敷は、ナルトの意に反する者の入室を許さない。
そのナルトは、複雑な表情を浮かべてイタチに続いた。
ぴしゃりと扉が閉まり、姿を消した。
「…いったい何のために?」
背中から葛篭を下ろし、荷を解いて中身を取り出しているイタチに尋ねる。
尋ねてばかりだ。
「3月3日が来るだろう」
それがどうした。
「お雛様を飾る日だ」
「ちょっと待て」
いくらナルトが世間とはあまり関わらず、一般的常識の欠如があると言っても知っている。
確かに3月3日は雛を飾る日だろうが、それは『女』の場合だ。
ナルトは男である。間違い無い。
「だいたい、お前のところも男二人だろうが。どうして雛人形なんか持ってるんだ?」
「母のだ」
ああ、なるほど。
いや、ちょっと待て。
「…そんなの持ってきたのか…」
「すまない。本当はナルトのために特別に誂えたものを持ってこようと思っていたんだが、注文していた人形師が急死して駄目になったんだ」
別注を用意させてやがったのか……相変わらずズレまくったイタチに頬を引きつらせながら、大きなため息を吐き出す。
「そうじゃなくて、オレのとこにそんなもん持ってきやがったら…」
「心配ない。妻のところに持っていくと言ったら快く預けてくれた」
ちょっと待て。
「お前…マジそんなこと…」
言ったんだろうな。
冗談を冗談にしない人間だ、うちはイタチというのは。
それにしても、まだ成人もしてない子供の『妻』発言に、イタチの母親は不審に思わなかったのだろうか……。
この世はナルトが思っていた以上に不思議に満ちているのかもしれない。
「…本当に飾るつもりか?」
まったく手の動きを止めないイタチのおかげで、人形はあらかた部屋に姿を現していた。
…いや、待て待て。
何だその雛人形は。
その女雛は!?
金髪の髪に青い目ってのは!!
「ふふ」
無表情のまま笑いをこぼしたイタチは、その女雛を愛しそうに手の上に乗せる。
ナルトの肌に一斉に鳥肌が立った。総毛だった。
「内裏雛だけは何とか人形師の枕元で頼み込んで完成させてもらった」
「………」
それ、確実に人形師が急死したのはお前のせいだろ。
イタチの無表情で枕元に立たれて頼み込まれるなんて、それはもはや脅し以外の何物でもない。
………こいつ、本当に無駄なことにしか金を使ってないな……
本人の趣味をナルトがとやかく言う権利は無いが、その被害がこちらにくるとあっては他人事にもしていられない。
あきれ果てるナルトをよそに、イタチは手際良く…まったく実に手際良く階段を組み立てて(何でそんなに慣れているんだ)それぞれの人形を正しい位置へと置いていく。
「はい、ナルト」
「は?」
ぼうっとその作業を見ていたナルトの手に、男雛が手渡される。
こちらは黒髪黒目のごくありふれた…と思いきや、目の中に見たことのある赤い螺旋がある。
恐ろしく細かい仕事だ。
きっとこれもくだんの人形師を脅して作らせたのだろう。
見も知らない他人に同情するような優しさなどナルトは有していないが、…同情したくなった。
「何だ?」
それで、これをどうするんだかとイタチを見ると…嬉しそうに(無表情だが)ナルト似人形を持ったイタチが雛壇の最上段右側にそれを乗せる。
そして反対側を示す。どうやら、ナルトにも置けということらしい。
―――はぁ。
抵抗するのも馬鹿馬鹿しく、ナルトは雛壇に近づき変化しようとしたところで(雛壇の最上段はナルトの背より高く、そのままで到底手が届きそうになかったのだ)、イタチが脇から抱き上げた。
幼い子供同然の扱いに、…イタチでなければ即座にしばき倒していたところだ。
イタチの場合はしばき倒しても効き目が無いので、しないだけの話だが。
ナルトは諦め、雛壇に人形を置いた。
それを離れて、しばらく満足そうに見ていたイタチはおもむろに動き、脇に置かれた盆ぼり(こんなものまで用意してきやがったのか)を手に取り…火を『豪火球』の術でつけようとしたので、背後からどついてやめさせた。
まったく、手のかかる奴め………
「ナルト」
「……」
「ナルト」
「……何だ」
雛壇に飾られた盆ぼりの明りだけが部屋に揺れる。
イタチとナルトは並んで、イタチが持ってきた白酒(と称する濁り酒)を呑みながら特に会話が弾むこともなく、雛飾りを眺めていた。
「ずっと」
「…・・・・」
「これから先も、ずっと…出来れば永遠に、こうしてナルトと毎年雛飾りを眺められるといいな」
「……・・・」
ナルトは応えなかった。
そして、イタチも再度口に出すことは無かった。
この世に『永遠』などというものが存在しないことを、互いに知り抜いていたゆえに。