嵌まるモノ



「……………………」
 その日、森の中のナルトの自宅で。
 ナルトは、玄関先で……人指し指をもじもじさせるイタチ、という悪夢を見た。

 ぴしゃん。
 ナルトは最早条件反射のごとく、スライド式の扉を閉めた。
 
(・・・オレは何も見なかった。絶対に!見 な か っ た ! ! ! !

 先ほどの恐ろしい映像を忘却の彼方に追いやろうとしたナルトだったが、こんなときばかり己の記憶力の良さを呪いたくなる。
 ナルトは頭を振り、深呼吸を繰り返した。
 世は広い、とは言ってもここまでナルトを動揺させることが出来る存在などイタチくらいのものだろう。
 そういう意味では『特別な存在』と言ってもいいかもしれないが……果たしてそれを受け入れるかどうかはまた別問題だ、とナルトは冷静に分析している。

「ナルト」

 だが、そんなナルトに構うことなく扉の外の悪夢……イタチはナルトを呼んだ。
「入れてくれないのか?……ああ」
 何だ。
「こんにちは」
 いきなりフツーな挨拶をかましてくれたイタチに、ナルトの体がぐらりと揺れる。
(こいつはいったい何なのだろうか……)
 妙に疲労感を感じてしまったナルトは、ゆっくりと玄関の扉を再び開きイタチを迎え入れた。
 ……別に喜んで迎え入れた訳では無い。
 入れなければずっと……それこそ何日でも扉の前で待ち続けているので鬱陶しいのだ。
 たぶん、いや絶対にこういう奴を『ストーカー』と呼ぶに違いない。


「……で、今日はいったい何だ?」
「実は」
「……」
 だから!無表情でその『もじもじ』するのはやめろっ!!
 あまりの気色悪さに、九尾を解放して破壊活動に勤しみたくなるだろうがっ。
 キレそうになりかけながら、ナルトは我慢強くイタチの言葉を待った。
「これを届けに来た」
 イタチは懐から小さな箱を取り出した。
「何?」
「私からの―……」
「いらない」
 速攻却下した。
 イタチの顔が悲しそうになる……もちろんそれでも無表情の域は出ないのだが。
 それがわかってしまう自分が激しく嫌だ、とナルトは思った。
「……妙なもんじゃないだろうな」
「心配いらない」
 その言葉こそが一番の心配だ。
 第一心配しているのではなく、『警戒』しているのだ。
 ナルトは小箱をしばらく見分し、異常なチャクラは無いことを確認して手に取った。
「開けてみてくれ」
「……ああ」
 ナルトは出来るだけ自身から遠ざけて小箱を……そろりと開ける。
 箱の中には、再び箱・・というよりは布貼りの入れ物。
 ナルトの幼い手に収まるほどの……
「……」
           嫌な予感がした。
 イタチから、わくわくしたような気配を感じる。
 ここで『やっぱりいらない』と突っ返しても、イタチは絶対に諦めないだろう。
 何事にも大した関心が無く、あっさりと切り捨てるナルトだったが、イタチの『しつこさ』だけはあっさりとは切り捨てられずに居る。何故か……それを考えると、恐ろしいところに行き着きそうで、すぐさまナルトはそこで思考を打ち切る。
(これ以上、考えては、ダメだ……)
 ふぅ、と溜息をついたナルトは、その入れ物を小箱から取り出し。
 ぱかり、と開いた。

           開いて、やっぱり後悔した。

「気に入ってくれたか?」
「念のために確認しておくけど、これって」
 イタチが頷く。
「指輪だ」
 やっぱり。
「えーと、針が仕込んである武器とか」
「普通の指輪だが?」
「……何で、そんな……いやいい、応えるな」
 また鳥肌立ちそうな答えが返って来ることは確実だ。
「嵌めてみてくれ」
「は?」
 何でオレがそんな恐ろしいことをしなければならないんだ。
 冗談じゃない。
       嵌めたら抜けなくなる呪いとかかけてるだろ」
「どうしてわかったんだ?」
「本気でかけてんのか!」
「冗談だ」
「嘘つけ!」
 ナルトがこめかみを押さえる。
 イタチの顔に微笑が浮んだ。


「誕生日おめでとう」
         っ」

 不意打ちのように言われ、言葉を無くした。

           誕生日など。

 ナルトの誕生日は慰霊の日。九尾に殺された人々の魂を慰める日。
 祝いの言葉など、誰も口にはしない。

「おめでとう」
 再度、繰り返された。
        帰れ」
 ナルトはイタチに背を向けた。
 今日、この日に祝いの言葉など……祝いの言葉など……
 だからこそ、ナルトはこの屋敷で外界との接触を断っていたのに……イタチの気配が結界に触れた。
 ――― 何かあったのか、そう思って『道』を開いた。
 今まで誰にも、この日だけは三代目さえも拒絶していたのに……ああ。
       ああ。

(どーしようも、無い)

 胸を貫く、苦しみと。
 手に抱く小箱の重み。
 そして、言葉と存在の        ぬくもり。

 本当にどうしようも無い。