滾るモノ
夏の日差しは突き刺さるように鋭い。
そして、事実、色素の薄い肌は、その攻撃を受けて赤く色づいている。
いつもならばうっすらとチャクラのガードで全身を覆い、その攻撃から身を守っているのだが、いつも以上に
気を遣う任務のため、ソレすら出来ないでいる。
(さっさと、尻尾出せよっ!)
いつになく苛立つナルトは、ターゲットに向かって心の中で叫んだ。
さて、今回ナルトに火影から命じられた任務は、内部調査である。
ただの内部調査ならば、暗部でもトップクラスの実力を誇るナルトに任務がまわってくることは無い。
これは『同胞』に対する内部調査なのだ。
対象は火の国の大名の護衛についている上忍で、前々から他国に情報を漏らしているではという
噂があった。噂と言って馬鹿にしてはならない。
護衛役によって知りえた情報を外部に漏らしているなどということが顧客の耳にでも入れば、
里の信用問題に関わる。
忍といえでも商売。依頼があってこそ成り立つもの。
しかし、ただの噂だけで上忍を外すわけにもいかず、ナルトに任務がまわってきた。
調査をし、もし噂が真実であることがわかれば『始末』すべし。
夏の日差しは肌を灼くが、汗はかかない。
ナルトのコントロールは自律神経にまで及んでいるためだ。
汗は余計な証拠を残す。
(――― ああ、もう。適当に理由つけて『始末』するかな・・・そのほうが手っ取り早いし)
しかし、火影は妙に勘がいい。
爺ゆえに最盛期ほどの体力は無いが、プロフェッサーと呼ばれていただけあって、頭脳のほうは健在。
年を重ねて狡猾さにも磨きがかかっている。なかなか騙すには厄介な相手であった。
そして、更にナルトが早くことを済ませてしまいたい理由に、イタチのことがあった。
この任務を受ける前に、イタチから暑中見舞いを受け取ったナルトであるが・・・妙なところで律儀な
ところが、名家の育ちらしい・・・消印がなかったことから察するに、自分で届けに来たのだろう。
任務から帰ったナルトがポストを覗くと、山となった『不幸の手紙』の中で、一際異彩を放っていた。
最初の挨拶はいい。『暑中お見舞い申し上げます』。決まり文句だ。
だが続く文がいただけない。
『なかなか忙しくて会えない日が続いています。ついては夫婦の絆を確かめるためにも、水の国に
島を買いました。プライベートビーチに、別荘も完備。移動のための自家用ヘリも用意しました。
夏の休みにはそこで過ごす計画です。ナルトも楽しみにしていて下さい。
うずまきイタチ 』
ナルトとしてはツッコミたいやら、殴りたいやら、殺してやりたいやら、色々な思いが渦巻いたものだが、
やると言ったらやるのが、この『うちは』イタチの厄介なところ。
前々から火影とグルになっているイタチは、ナルトの休みもばっちり把握しているに違いない。
その休みは、この任務が終了すると開始する手はずになっている。
……となれば、一刻でも早く任務を終わらせ、報告はともかくさっさと逃げ出さなければならない。
どこかのわけのわからない島で、休みの間中、イタチと何が悲しくてありもしない『夫婦の絆』とやらを
確かめ合わなければならないのか。
休み返上で任務をこなしていたほうがマシだ。
そんなナルトの焦る気持ちとは裏腹に、遅々として任務は進まない。
(――― 仕方ない。もう一日ほどねばるか)
ナルトは嘆息し、周囲の気配に溶け込んだ。
そして、夜。
ついに上忍は動き出した。
細心の注意を払って、護衛任務を放ってどこか光速で移動する上忍を、ナルトが追う。
(――― ビンゴ、みたいだな)
後は現場を押さえて、相手ごと始末すれば任務完了である。
上忍は風の国との境に近い場所へ移動している。
火の国は名の割りに、緑多く穀倉地帯が広がる住みやすい場所だが、風の国との境近くは、風の国から
運ばれてくる砂の影響で、植物の生育が悪く低木が立ち並んでいる。
立ち止まった上忍の10メートルほど後ろの木立にナルトは身を潜める。
5分もしない間に、新たな影が二つ生まれた。
彼等は言葉を交わすことなく、上忍が差し出した巻物を頷いて受け取っている。
手馴れた様子は、これが始めての行為では無いことを知らせていた。
「・・・上等」
不敵な笑みを浮かべたナルトは素早く印を組み、呪を唱えた。
ぽつぽつぽつ、と浮かび上がった炎は、三人の忍たちを捕えるように、牢獄となる。
青白い炎は高温の証。少しでも触れれば、骨も残さず燃やし尽くすだろう。
「なっ」
「これは!」
「!?」
三人の視線が、木立から姿を現した暗部……ナルトの姿に眼を見開いた。
「どうも。ああ、弁解とやらは必要ない。要求することは一つ」
『――― 滅』
炎が踊り、三人を嘗め尽くす。
水遁の術で炎を消そうと印を組むが、炎の熱さに集中できず術は発動しない。
瞬く間に、天をつくほどに大きくなった炎は、三人を形も残らず呑み込むと、鎮火した。
その事実が、『無かった』ように、何も痕を残さず。
「よしっ!」
今までの任務で、これほどの達成感を感じたことがあるだろうか。
予定ではあと三日はかかると予想されていた。
イタチから逃げるのに、三日もあれば十分。
それなのに。
帰り道。見事にナルトはイタチに捕獲された。
「任務ご苦労さま、ナルト」
「な・・・何だその格好は!?」
どーんとナルトの目の前に現れた障害物・・・という名のイタチを指差す。
「格好?何か変か?」
「思いっきり……その麦わら帽子、アロハ、短パン、サンダル……気でも狂ったのか」
「これが夏のスタイルというものだろう?」
間違いない、と頷くイタチの肩からは虫かごが下がっている。
(……誰か、こいつをどーにかしろ)
どーんと襲いかかってきた疲労感に、ナルトは眩暈がする思いだった。
「さぁ、出かけようか。ナルトはそのままでいいよ。用意は全て整えておいたから」
「……。……」
いったいどんな用意を整えているというのか。うちはイタチ。
「つーかな、俺が嫌だって言ったら?」
「大丈夫だ」
何が。
「私は気にしない」
「気にしろっ!」
ナルトの叫びが夜の静寂に響き渡った。