贈りモノ
「そういうわけで、よろしくお願いします」
「いや、じゃがナルトがそう簡単に任務を引き受けるとは……」
「お願いします」
「……。……」
「どうしてもダメだというのなら、ナルトを誘拐して里を抜けます」
「お主、わしを脅すのか……?」
「だからお願いをしているんじゃありませんか?一年に一回のことです。構わないでしょう?」
「うむぅ……今年だけじゃぞ」
「ありがとうございます」
「……もう一度言ってくれ。何か妙なことを聞いた気が」
裏の任務ということで呼び出されたナルトは眉をしかめた。
そんなナルトに火影はもう一度繰り返す。
「今回の任務は砂の里で花屋のバイトじゃ」
「ああ、なるほど。つまり砂の里を偵察してくるんだな?」
「いや、ただのバイトじゃ」
「……。……じゃ」
全て無かったことにして火影の部屋を後にしようとしたナルトの目の前に一人の男が現れた。
「何、イタチ邪魔」
「おお、来たなイタチ。待ちかねたぞ。ナルト、今回の任務はイタチと組んでもらう」
「はぁっ!?たかが花屋のバイトだぞっ?」
大量殺戮をやれ、と言われたほうがまだ頷けるコンビだ。
「たまには社会勉強もいいものじゃ。どうだ?」
「どうも何も、俺はともかくこいつに花屋のバイトなんて出来ると思ってんのか!?客に愛想笑いして
”いらっしゃいませ~♪何をお探しですかぁ?”とか”お嬢さん、綺麗だから特別にこれをおまけしちゃおうv”とか……言えると思うのか!?」
「……。……なーに、大丈夫じゃよ、ははははははは……」
およそ信頼性の欠片もない火影の言葉にナルトはイタチのほうを見た。
「お前も何か言ってやれよ!こんなDランク任務を暗部がやる必要ないだろ」
「……御意」
「こらっ!ちょっと待てっ!!」
あっさりと火影からの任務を拝命したイタチにナルトが叫ぶ。
「ナルト、これも任務。心してかかるのじゃぞ」
「だから俺はまだ受けて……っ」
「ナルト、任務と称した休みがもらえたと思えばいい」
「……。……」
それはまぁ、確かに。最近続けて任務を入れていたし……とは思うが。
(何か仕組まれてないか……?)
無表情のイタチと煙管をくわえてそしらぬ風の火影を見ながら、理不尽なものを感じつつも休みだと
いうのなら休んでやろうじゃないか、と開き直ったナルトだった。
任務書にあった、花屋に到着すると人の良さそうな夫婦が二人を出迎え『これから夫婦水いらずで
フルムーンに言ってくるんですvお店お願いしますねv』と頼まれた。
ナルトとしては”わざわざ木の葉に頼まなくても砂に言えよな”と言いたくなるのを我慢して、こちら
も負けず劣らず好青年な笑顔で二人を見送った。視界の端に映る無表情のイタチは故意に無視する。
意識したほうが負けだ。
「とりあえず、イタチ。お前は奥で包装してろ。あんたが店に出てたら客が怖がって近寄らないからな」
たかがバイト。されどバイト。
こんな任務もまともにこなせないかと思われるのはナルトにとって業腹だ。
いくら、くだらなくて……果てしなくくだらなく思う任務であっても。
頷くイタチに、ナルトは店のロゴが入ったエプロンを身に着ける。
普段の金髪はあまりに目立ち過ぎるということで、ダークブラウンに染め、20歳前後の青年に変化
していた。『好青年』を演じるのは、『ナルト』を演じることを思えば大したことではない。
明るい人好きする笑顔を浮かべて、”いらっしゃいませ~”と声を書ければほとんどの道ゆく女性が
足を止める……なぜか、男まで足を止めるのはやめて欲しかったが。
「はい、薔薇のブーケでしたね。お待たせいたしました~♪それからこれは当店からのおまけですv」
「え?」
「お姉さん可愛いからサービス」
ナルトの心無いセリフにも、言われた相手はそんなこととは気づかずぽっと頬を染める。
「ありがとうございました~っ」
手を振って見送るオプションつき。
もしナルトが本気で商売を始めたとしたら、敵は居ないだろう。
そんなわけで、いつものことなのか特別なのか、花屋はすでに満員御礼でナルト一人が接客するにも
限界があった。イタチを出すのはどうかと思うが他に手は無い。
「イタチ、店手伝ってくれ」
「わかった」
それまでは奥でこつこつ包装に明け暮れていたイタチが店に出てくると、そこかしこから黄色い声が
あがった。
(まぁ、確かに顔だけはいいからな、顔だけは……)
その顔に皆、騙されてくれればいいが、とナルトは気が気では無い。
「あの……・」
「はい、何でしょう?」
そんな心配を抱きつつもナルトは次の客を接客する。
「あの……誕生日に贈りたいんですけど……花束作っていただけますか?」
「はい、ありがとうございますvお花は何にいたしましょう?」
「あの……彼岸花で」
「……」
さすがのナルトもすぐには返答できなかった。彼岸花といえば、花とはいえどあまり贈り物には
ふさわしくない。ナルトが贈られでもすれば嫌がらせか?と思うことは確実だろう。
「あ、そのっその人が好きな花で……ダメでしょうか?」
「いえいえ!とんでもない、彼岸花ですねv少々お待ち下さい」
とは言ったものの……
(彼岸花なんかふつー置いてねぇよな……)
が、しかし。
何と置いてあったのだ。しかも薔薇の隣に。
よくわからない花屋だ。
「お待たせしました~♪こんな感じでよろしいですか?」
赤い彼岸花に白い花をアクセントにアレンジしたものを包装する前に客に見せる。
「ええ!凄くいいです」
「では、包装させていただきます。リボンはこちらでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
ナルトは手際よく花を包装すると、客へ手渡した。
「ありがとうございます……凄く綺麗……」
「いえいえ、とんでもありません。花なんかよりお嬢さんのほうがずっと綺麗ですよv」
営業スマイルにお世辞を加えて、ナルトの花束は出来上がり、だ。
代金を頂戴して、ふとイタチのほうを見ると……。
とんでもなく嘘くさい笑顔を浮かべて、どう聞いても棒読みなセリフで応対していた。
「……。……」
まぁ、文句は言うまい。客はイタチの顔を見れただけで満足しているのだから。
いくら嘘くさくても笑顔は笑顔だ。
そう自分に言い聞かせると、ナルトは再び笑顔を浮かべて接客を開始したのだった。
そんなこんなで、三日後。
夫婦はどこぞの温泉饅頭を土産に、行く前以上に元気になって帰ってきた。
売り上げを見せると非常に喜んでくれた。是非これからも手伝いを……なんて言われたがそんなこと
冗談ではないナルトは曖昧な笑みで誤魔化しておいた。
確かに楽な任務ではあったが、楽すぎてナルトはストレスが溜まる思いだったのだ。
「ナルト、疲れているのか?」
木の葉に帰る道中、イタチが気遣うよう尋ねてくる。
「まぁな、体がなまる」
「同感だ」
「……。……」
それなら最初から受けるなよ。
うちはイタチ。やはり、よくわからない男である。
「報告書は私が出しておく、今回の任務は私がお前につき合わせたようなものだからな」
「まさか、花屋になるのが夢だったとかいう話じゃないだろうな……?」
イタチは薄く笑う。どうも違うらしい。
ナルトも植物は好きだし、育てるのも楽しいとは思うが、さすがにだからといって将来の職業にしよう
なんて馬鹿らしいことは考えない。
イタチもナルトも、所詮どこまでいっても『忍』である。
だとすれば、何なのか?本気で休みが欲しかったとか?……まさか。
(まぁ、今まで口にしなかったってことは聞いても答えないな……)
ナルトは追求するのを諦めた。
腕ずくで、というにはまだナルトの腕ではイタチに敵わない。あと2,3年すればわからないが……。
「ああ、そうだ」
木の葉の里に帰り着いたイタチと別れ際、報告書を提出に行くイタチを呼び止め、胸元から何かを
取り出した。
「……これは?」
そのブツを見たイタチは平素を装いつつも、僅かに緊張した。
「いや、客の一人がくれたけど俺には装飾品を身に着ける趣味ないからな。イタチにやる。いらなかっ
たら捨てていーぜ」
「……これを。本当に、私に?」
「ああ」
イタチは僅かに震える手で、ナルトの手にあるブツを受け取った。
そのブツとは。
指輪
「鑑定してみるとたいしたもんじゃないし、換金性は低いかもな」
「……」
イタチはただ、じ~~っとそれを見つめ、ナルトの言葉は耳に入っていないようだ。
「それじゃ、報告書よろしく」
瞬く間にナルトの姿は消える。
イタチは、ただじっと指輪を見つめて立ち尽くしていた。
ずっとずっと。
ず~~~~っと、しびれを切らした火影が報告書の催促に来る、半日後まで。
奇しくもその日は、6月9日。イタチの誕生日。
ナルトは人生最大の過ちを犯したことも知らず、自宅で安眠をむさぼっていた。