去りしモノ


「行くのか?」
「……ああ」

 里を見下ろす丘に大小の人影が二つ。
 それ以外には何一つない。
 闇が全てを覆い尽くす。
 空にあるはずの月は厚い雲が隠し、かすかな光が地上に届くだけ。

「うちは一族を滅ぼす、か。思いきったことを」
 くつくつと笑いながら物騒なことを口にするのはまだ、幼い……小さな子供。
「大したことではない。それよりも……」
 里で最も有名な血継限界……写輪眼をその遺伝子に持つ一族を滅ぼしたことを大したことは無いと あっさり言った少年の目には――写輪眼が発動していた。


「私と一緒に来ないか?」


 少年の誘いに、子供が笑った気配がした。

「一緒に?」
「ああ、君となら……」
「お断り」
「……」
「あんたが必要なのは、この里を滅ぼすことのできる力。この身に封印された九尾の力が欲しいだけだろ?」
「力を欲してはいけないか?」
「いや、いいと思うよ。俺だって利用できるものは利用するだろうし。ただし、利用される側が大人しく 利用されることを甘受するとは思わないほうがいいんじゃない?」
 7歳になるかならないか……幼い子供には過ぎた皮肉な口調だった。
「君は……この里を、自分を迫害するこの里を憎んでいないのか?」
「憎んでいるさ、この里を、里のクズどもを。だが滅ぼしたいとは思わない」
「何故?」
「この里は俺に戦う術を教えてくれた。生き続けねばならない俺に、その方法を」
「だから感謝しているとでも?」

 少年の言葉に一瞬沈黙した少年は、次に天を仰いで哄笑した。

「あははっはははっ!……それ本気で言ってるわけ?俺にはそんな感情は存在しない。俺の中に あるのは里人の憎悪と九尾の憎悪……この世界への憎悪だけだ。憎んで憎んで憎しみ抜いて…… 死ぬことが許されない俺はいつか……その憎悪ゆえに正気を失うだろう。その時こそ俺は……」

 この”世界”という呪縛から解放される。

「……。……悲しすぎる」
 言葉にならない子供の悲鳴に少年は、写輪眼が浮かぶ赤い瞳から涙を一粒流した。

「同情は必要ない。俺のことを不幸だと言う奴は居る……だが、これほどの思いを抱えて生きて、 そして滅んでいく俺は……………………幸せだ」

 薄い光の下、わずかに判る子供の顔に穏やかな微笑が浮かんだ。

「その幸せは私と共には存在しえないものなのか?」
「あんただけじゃない。この世に生きる誰とも、だ」
 少年の最後の誘いを子供はためらうことなく振り切った。


「では……」
「もう、行けよ。そろそろ追忍が来る」

「では、君が」
 子供の言葉にも少年は逃げることなく続ける。
「君が……君のその言葉をいつか、否定してもいいと……そう思った時には」
「そんな時は来ない」
「もう一度、誘いに来る」
「……。……」

 厚い雲が風に流され、僅かな隙間を作る。
 その隙間から一筋の月光が少年の顔を照らした。




「それまで。さようなら、―――――……ナルト」




 再び雲は闇を作り出す。
 そして、地上には少年の姿は無く。

 子供の姿も消えていた。