黎 -レイ-
1)
その日、ある男の頭の上には花が咲いていた
「前々からかなりヤバ気にイッてる奴だとは思っていたが・・・」
「ついに別世界に旅立ったってわけね」
彼の同僚たちはそう言って、決して同類とは思われないようにと目を伏せ、そそくさと走り去った。
「あたし、あの人が自分の先生だったなんていう人生で唯一の汚点とも言える過去を出来ることならば
今すぐに速攻で真っ白く塗りつぶして宇宙の彼方に弾き飛ばしてやりたい・・・」
「・・・・・・・・同情するわ」
今夜は呑みましょう、とライバル同士は仲良く肩を並べて去っていった。
さて、その男の名を、『はたけカカシ』と言った。
「はたけカカシ、入りまーす v」
火影の執務室の前でどす黒いピンク色の声で入室の許しの言葉を掛けたカカシに、入れと抑揚の無い声が
かえってきた。
「お呼びということで参りました v」
「いちいち語尾をあげるな、鬱陶しい」
「だって、六代目がわざわざ俺を指名してくれたのって始めてでしょ?うんうん、漸く俺の気持ちが通じて」
すっとカカシの頬をクナイが横切って行った。
「戯言はいい。コレ、任務な」
椅子から立ち上がったナルトが固まっているカカシの顔にべしり、と手紙の束を叩きつけた。
下忍の頃にはカカシの腰ほどの身長しか無かったナルトだったが、今は頭半分ほどまでに差を縮めている。
それがまた男の頭に『キスをするのに丁度いい差♪』なんて妄想を繰り広げていたりする。
男の頭に咲いているのは、きっと花なんてかわいらしいものでは無いのだろう。
「これらの手紙を一週間以内に、今存在する全ての忍里に届けること」
「い・・・一週間!?」
六代目の言葉に男が叫び声をあげた。
「無理か?」
「そ、そんなにナルトと離れていなくちゃいけないなんてっ」
「・・・・・・・・」
六代目は秀麗な柳眉を歪め、無視した。
「はたけカカシ。SSS(スリーエス)ランクの任務としてコレを命じる」
「諾」
SSS(スリーエス)ランク任務は、任務のランク内でも滅多なことでは配されない。
その証拠にこれまで木の葉でこのランクがつけられた任務は存在しない。難易度・危険度共に桁外れ。
ほとんど『里には生きて戻って来るな』と命令しているも同然なのだ。
それをカカシは何の理由も問うことなく、いとも容易く受け入れた。
おそらくそうするだろうと思ったからこそ、ナルトもカカシを選んだわけなのだが。
「依頼主は俺だ」
「ええ」
「報酬は、お前が望むことを一つ。何でも叶えよう」
今まで動じることがなかったカカシが初めてその顔に、驚愕の色を乗せた。
「・・・何でも、ですか?」
「ああ」
蒼穹の瞳を逸らすことなくカカシに向けてナルトは頷いた。
カカシがナルトに向ける思いを知らないわけでは無い。だが、SSS(スリーエス)ランクに相応しい報酬をと考え
た結果の結論だった。どれほど金を積もうと命は買えない。
「”何でも”、お前が望むことを一つ」
それが例えカカシの思いを遂げさせることになろうと構わない、とナルトは妖艶な笑みを口にのぼらせる。
そして、カカシは口を開いた。
「六代目・・・、ナルト」
ふ、とふざけた雰囲気を一掃し、真面目な表情を浮かべたカカシは、ナルトの名を呼び微笑を浮かべた。
まるで、全てを慈しむような・・・・
「では・・・」
ナルトの一日を俺に下さい
2)
『本日休業中』
「何だ、これは?」
火影の元へ任務報告をしようと朝一番にやってきたネジは、執務室の扉にかかる看板に眉を顰めた。
「何って、見たまんまだ。めんどくせー」
執務室の脇にある補佐官室から顔を出したシカマルがネジに答える。
その顔は相変わらず言葉とおりいかにもだらけていたが、目の下にはくっきりとした隈が浮き出ている。
「全く、おかげで昼寝する暇もねー」
まだ朝だ、早朝と言ってもいい。
「六代目はどこへ?」
「さぁな」
そんなことをおいそれと口に出していては勤まらないのが補佐官だが、本日ばかりは本当にシカマルも
知らなかった。ただ、『誰のところへ?』と聞かれたならば答えはまた別だったかもしれないが。
「報告だったら受け取るように言われたぜ」
とっとと出せと、ひらひらと手を振るシカマルに白眼を細めながらもネジは報告書を差し出した。
「んで、一週間休みだってさ」
「・・・・・・・は?」
「六代目からだ。休暇を取れとさ・・・未練が残らないように」
ネジから表情が消えた。
「あいつはいったい何を始めるつもりだ?」
「さぁ?」
「・・・・・」
あくまでシラをきるシカマルに、ネジは無言で背を向けた。
その頃、『本日休業中』のナルトはカカシと一緒に少し早めの朝食をとっていた。
「あのね、ナルト・・・確かにナルトの一日を頂戴って言ったのは俺だけどね、何も日付変更時間きっかりに
枕もとに立つことは無いと思うんだけど?」
何が化けて出たのかと、肝を冷やしたカカシである。
「一日は24時間。当然のことだろ」
とりあえず目を覚ましたカカシに朝食を作らせ、二人して食卓を囲んでいるのである。
普段ならば絶対にありえない光景に誰かが居れば、夢だと信じ永遠の眠りにつきかねない。
「ねぇ、美味しい?」
「普通」
カカシが顔を綻ばせる。基本的に何にも執着することの無いナルトだが、決して味オンチというわけでは
無い。その裁定はかなり厳しい。
ゆえにナルトの『普通』という評価は及第点をもらえたと了解して間違いは無い。
「それで、何をする?」
食後のお茶を飲みながらナルトが尋ねた。
「んー、そうだね・・何をしようかな・・ナルトは何がしたい?」
「それを俺が聞いている」
「じゃ、デートしようvデート!」
ふざけるな、と言われることを覚悟しながらのカカシの言葉にナルトは無言で立ち上がる。
「ナルト?」
「さっさとしろ。『デート』とやらをするんだろ」
「!・・うんっ!」
その光景はまるきり『散歩に行くぞ』と飼い主に言われた犬そのものだった。
久々に火影の衣裳では無く、地味な上忍服をまとったナルトはご丁寧に髪まで黒に変化させていた。
木の葉で金髪を持つのはナルトただ一人。そのままで歩けばすぐに人に取り囲まれる。目立って仕方ない。
ただ今、朝の8時。もちろんほとんど店は開いていない。
だが、開いている場所もある。それが忍としては必須の武器等を扱う店である。
ここは基本的に24時間営業で、街の奥まったところに看板も無くひっそりと在る。
こんなところがデートコースというのは色気も何もないが、カカシとナルトらしくもあった。
「こんにちわ~」
「お邪魔する」
「おうよ、らっしゃい!・・・と、これは、六代目」
景気のいい物言いの割に神主風のかっちりした装束を纏った男が、奥の扉の向こうから現れた。
一瞬誰だかわからなかったようだが、秀麗な美貌は見間違えようが無い。
その隣にカカシが居ることも驚きだっただろうが、それについては言及しない。
それこそが、ナルトがこの武器屋を贔屓にしている理由でもある。
「これを頼めるかな?」
カカシが懐から布を取り出し、店主の前で広げた。
クナイが5本現れる。
「毎度。仕上げはいつまでで?」
「夕方まででよろしく」
「合点承知」
頷いた男は、再び丁寧に布に包み一旦奥へと消え、再び戻ってきた。
店内の壁を見ていたナルトが店主に視線を向ける。
「タクミ」
「へい」
「月清(つきさや)はあるか?」
「へい、あります。お持ちいたします」
再び奥へ引っ込んだ男が、今度は両手で白檜の長細い箱を捧げ持つように運んで来た。
ナルトは面前に置かれたその箱の蓋を静かに開けた。
中にはあまり飾り気の無い一振りの刀が横たわっていた。
「持ってみろ」
「え!?俺っ?」
ナルトが注文していた刀だろうと思っていたカカシは、急に話をふられて本気で驚いていた。
「俺が持っていいわけ?」
「さっさとしろ。しまうぞ」
「わわわわっ、待って待って!」
慌てたカカシは、柄に手をかけた。
今まで持った中でも、最高にしっくりと手にくる。
持ち上げて鞘をゆっくりと抜くと、冴え渡る闇夜の月のごとく鋭く玲瓏たる刃が現れた。
「うわ、これ・・・凄い業物だね・・・」
「当たりめーよっ!先代の最期の作だぜ」
タクミと呼ばれた男が自慢気に鼻の頭をこする。
名匠と呼ばれる人間は、己の腕の衰えを知る。先代はこの剣を鍛えた後は、二度と剣を鍛えることは
無かった。ゆえに「最後」で「最期」の作なのだ。
「俺に贈られたものだ」
「え、でも・・・」
「俺にはすでに愛刀があったからな。浮気をしては機嫌を損ねる。だからここに預けていた。お前にやる」
「え!?」
危うく引き抜いた鞘を取り落としそうになる。
名匠として名高かった先代の作である。金額にすればまさに桁外れの値段がつくはず。
しかもこれはナルトに贈られたものだ。
「文句があるか?」
「いやっ、文句って・・・こんな凄い業物に文句なんてとんでも無いけどね・・・こんなものおいそれとくれちゃっていいのかな、て」
「俺が誰に何を贈ろうと、お前が気にすることじゃない。気に入ったならば持って行け。倉庫で腐らせておくより余程剣も喜ぶだろう」
「ナルト・・・ありがとう」
SSSランク任務で里を出るカカシへの手向けといったところか・・・。
手入れに出したクナイと共に受け取ることを約束して、二人は武器屋を後にした。
外へ出ると、僅かに行き交う人の姿も増えていた。
時折二人が通り過ぎると首をひねりながら立ち止まり、再び歩き出す。
「いい気分だね~、美人を連れてると格別!」
「何を今更」
ナルトはふんと冷笑する。
「ん?」
「今でこそ落ち着いたが、昔はとっかえひっかえ違う女を連れて歩いていただろうが」
「え!?いや(汗)えぇ!?い、いつの話!?かな~・・」
ナルトと出会ってからは、どんなに言い寄ってくる美女が居ても袖にもかけなかったはずだ。
「さぁ・・・お前が俺の担当上忍になる前だったかな」
「!?そ、そんなの時効だよ、時効!ナルトと会ってからはナルト一筋なんだから~」
浮気が彼女にバレそうになった男のようである。
「あ、そう」
「あ、そう・・てそんなあっさり」
しくしくとへのへのもへじを地面へ書き始めたカカシの背に蹴りを入れる。
「ほら、行くぞ。次はどこだ?」
「えーとね。あそこ!」
カカシが指差したのは映画館だった。
上映内容は『イチャパラシリーズ』かと思いきや、今話題となっている雪姫主演のアクションものだった。
ナルトにも楽しんでもらえるようにとの配慮だったのだろう。
映画を見終わると、二人は昼食をとるために一楽に現れた。
ナルトが六代目となった今も、気を張ることなく食事ができる場所の一つでもある。
少しばかりデートらしくなってきた。
3)
「みそラーメンと醤油ラーメンを」
「お前の奢りな」
「もちろん、デートだもんね♪」
というには色気など微塵も無いが。
「ねぇ、ナルト。ナルトが初めて俺の奢りでラーメン食べてくれた時のこと覚えてる?」
「さぁ」
ナルトは関心なく、店主の手元で麺が茹で上がっていくのを見つめている。
「初めての下忍任務の帰りだったでしょ?あのとき凄く喜んでくれて、嬉しかったんだよ~。こういうのが教師になる醍醐味かな~とか思ったりして」
「ふーん」
相槌はあくまでそっけ無い。
だが、これもいつもなら相槌どころか話さえ聞いてもらえないのだから。
「サスケもサクラも子供にしちゃ妙にさばさばしちゃってたし、『せんせー』とか純粋に喜んでくれるたのはナルトだけだったな~」
「お前に他人がとやかく言えるのか?自分だって十分に『可愛げの無い』子供だったろうが」
「そうなんだよね~、先生もさぞかし扱いにくかっただろうなと思うよ」
「・・・そうでもないだろ」
カカシの言う『先生』はすなわち、ナルトの父親だ。
間違ってもあの父親が子供に振り回されるわけが無い。
そう見えたとしたら、そう見えるように『振舞っていた』のだ。
「へい、お待ち」
店主の声に、話が一旦途切れ、お互いに箸を割ってラーメンをすすった。
麺は時間が命だ。
「ごちそうさま。美味しかった」
「毎度ありがとうございます」
馴染み客の六代目に、店主はにこやかに笑顔をかえす。
ナルトがただの『ナルト』であった頃から、ここの店主は変わらない。
カカシが支払いを済ませるのを待って、再び並んで歩き始めた。
二人の足は訓練場へと向いていた。
「ああ、懐かしいな・・ここでナルトたちの力試ししたのがもう随分昔の話に思える。あのときのナルトは影分身だった?」
「当然」
「こっちが試されてたわけだ」
「何を今更」
くつりと笑う。
「昔から、ナルトってば完璧だったよね~」
「お前は昔から馬鹿だったな」
冷笑さえ浮かべてナルトは言ってやる。
「ひどっ」
「チームワークが大切だなんてほざき出した時には本当に、見捨ててやりたくなったな」
「駄目?」
「そういう問題では無いことはお前もわかっているだろう?忍の生き様は・・・劣る者から堕ちていく。それを
助けようとするのは、傲慢だ。馬鹿だと言ってもいい。堕ちていく者を助けようと自分まで道連れになれば、成すべきことも成せぬまま、無駄死にだ」
「ナルト、お前って、言ってることとやってることが矛盾だらけだよ?」
弱者は見捨てるべし、と平気で言葉にしながら、中忍時代隊長として活躍していたナルトはただの一人も犠牲者を出すことは無かった。彼が指揮をとった隊は、全員が『例外無く』無事に帰還している。
『うずまきナルト』は決して誰も見捨てない。
神さえ見捨てる、自分たちを。彼は救い出す。
中忍、下忍連中のナルトを見る目ときたら、崇拝を通りこして狂信の域にまで達さんばかりで・・・。
「矛盾など無い。それが必要だったからしたまで・・・結果はこうしてお前の目の前にある」
長老連の反対を押し切って、前線の忍たちによる絶対多数による推薦。
「ナルト・・・お前は何を望んでるんだ?」
カカシには、感じることがあった。
ナルトが、ただ『火影』になるためだけに、そんな労力をかけたのでは無い、と。
「何も」
何も、無い。
それとも・・・何もかも?
「冥土の土産に教える気は 」
ふ、とナルトが口元を吊り上げた。
「生きて帰るつもりの奴に?」
「っそれはそうだけどね!ほら、やっぱり万が一ってこともありうるでしょ?」
「そうだな。お前が死んだら 火影岩にでも顔を刻んでやるか?」
「うわ。それだけは勘弁して・・・」
恥ずかしーからとカカシは顔を覆う。
「なら、生きて帰るんだな」
カカシは顔を輝かせる。
「ね、ね!やっぱ俺のこと好き!?」
「お前の頭は一度、暗部の研究室にまわしたほうがいいのかもしれない・・・」
本気で検討を始めそうなナルトに、カカシは慌てる。
「少々頭割ったくらいで死なないだろ?」
「俺ってゴキブリ・・・」
「いや、お前とゴキブリを比べるなんて、ゴキブリが憐れすぎる」
「うぅ、ナルト~、いいよ、それもきっと愛情の裏返しだね!素直そうで素直じゃないところが、先生に嫌になるくらいそっくりだね!」
「 殺されたいか?今、ここで」
「ゴメンナサイ」
ナルトの気分を逆撫でることに関しては天才的なカカシは、引き際もわきまえている。
傍で聞いていれば二人の会話はまるで漫才のように思えたが、ナルトはボケでもドツキ合いをするためにでもここに来たわけでは無い。
ナルトはポケットから、チャリン・・と音をさせて鈴を取り出した。
「あれ、それは・・・」
「そう、お前から取った鈴だ」
ナルトはその鈴をカカシに投げた。
「え」
「やる」
「・・・・・・・・」
カカシは呆然と鈴を見つめた。それは未だ、カカシがナルトの正体を知らなかった頃、この訓練場で掠め取られたもの。これを今更自分に返すことにいったいどんな意味があるというのか。いや、今までナルトがこの鈴を持っていたということさえ驚愕の事実だ。
「間抜けた顔」
「っナルト~」
「お前の人生の最大の誤りは俺と会ったことだな。俺の担当などせず上忍として任務を遂行するためだけに
生きていれば・・・無用な苦悩などせず生きられたのにな」
「・・・何のことかな~」
「後悔しただろ?お前は不真面目な癖して、どうしてか余計なところまで責任を感じるからな。まぁ、それも俺の親のせいなんだろうが」
会わなければ会わなかったで、サスケよりも更にひねくれた救いようの無い人間に育っていたかもしれないが、ナルトにそれをとやかく言う資格は無い。
「ナルト、それでも俺は何度でも同じことを繰り返すよ。ナルトに出会えなかった自分なんて考えられない」
ちりん、と鈴を鳴らしてカカシはそれを懐に入れた。
「後悔したのは、自分の馬鹿さ加減に。ナルトと出会えたことの全てに後悔したことなんて無いよ」
いつものふざけた雰囲気が消え、柔らかい気配が包む。
「お守りありがとう♪」
「・・・おめでたい奴」
その後二人は、手入れに出していたクナイと月清を受け取りに武器屋に出向き、カカシの部屋へと戻った。
「今日は一日付き合ってくれてありがとうv」
「正当な報酬を与えただけだ。・・・これだけで気が済んだのか?」
抱かしてくれ、と願うならそれさえナルトは叶えるだろう。
「これ以上は『報酬』で願っていいことじゃないからね~残念だけど」
「俺は別に構わないが?」
「俺が構うのっ!!絶対っ俺以外に報酬でナルト自身をあげちゃ駄目だからね!!」
必死で言い募るカカシの様子に、ナルトは馬鹿め・・と笑った。
「それなら、これは俺からの餞別だ」
え・・・。
ぐいっと胸元を掴まれて、引き寄せられたカカシの口に・・・冷たく柔らかいものが触れた。
「健闘を祈る、カカシ上忍」
呆けたカカシが我に返ったときには、すでにナルトの姿は影も形も無かった。