囁 き


『――― ”迅(シン)”』
『・・・・』
『私の名です。どうぞ、そう呼んで下さい』
『・・・・・何で』
『あなたに呼んでいただきたいからです。他意はありません』
『・・・・・。・・・・・』
『あなたの創り出す闇はとても心地いい。知らない間に引き寄せられる』
『俺の知ったことじゃない』
『そうでしょうね。あなたは支配する者。支配されるもののことなど捨て置いて戴ければいいのです。ただ あなたがそこに居る――』
『・・・・・』
『それだけで――― 満たされる』
『馬鹿?』
『――― またお会いしましょう』

 形のいい唇が、弧を描いた。













「火影さま・・・・ナルト!」
「――― うるさい」
「ナルト!」
 火影の執務室。机に頬杖をついたナルトに詰め寄っているのはカカシだった。
 部屋の隅でシカマルが迷惑そうな顔をしている。
「お前が来るとうるさい。――― 何の用事だ?」
 相変わらず冷たくそっけないナルトの様子に、カカシはくじけそうになる。
 ・・・なるが、本日ばかりはここで負けるわけにはいかないのだ。
「どうして俺じゃなくて、あんなのを側近に選ぶの!?」
 カカシがシカマルをびしぃっと指差した。
 あんなの、呼ばわりされたシカマルがこめかみをひくひくさせる。
「お前より優秀だから」
「どこが!?」
「全部」
「・・・・・・・!!」
 迷いの無いナルトの返答に木の葉でも指折りの忍である写輪眼のカカシは半泣きになった。
 はっきり言って、情けない。
「・・・・・・・・・・・・わかった」
「それは良かったな」
「この、照・れ・屋・さ・ん
「・・・・・・・・・・・・」
 ナルトの目が据わった。
 シカマルは重要書類を抱えて、扉へと急ぐ。
「ちゃんとわかってるよ!ナルトは俺のこと大好きだもんねーーっ!」
 いったいその自信はどこからやって来るのか。
 打たれても打たれてもくじけないカカシに、その部分だけは尊敬に値すると周りの人間は思っている。
「心配しなくても、俺はずーーーっっっとナルトの傍に居るから
「・・・・・・・・・・・・」
 シカマルは強度を上げる呪を施された扉の取ってを掴んだ。

「愛してるよんっvvv







 火影の執務室から、天まで届くような火柱が立ちのぼった。











「毎度凝りない人だな・・・・・」
 火柱と共に外へ放り出されたカカシに、隣室に逃げ込んだシカマルが顔を出して呟く。
 あれほど凄まじい火気であったのに、部屋自体はどこも壊れた様子は無い。
 そこかしこに散らばる燃えカスが無ければ、ただの幻かと思っただろう。
「つーか、お前。火を使うのはやめろ・・・・めんどくせー」
「二日前、シカマルが水はやめろって言うから火にしてやったのに」
 気を使ってやったのだとのたまうナルトに、シカマルはがっくり肩を落とす。
「どっちもどっちだ。見ろ、書類が燃えた・・・めんどくせー、また用意しなくちゃいけねぇ」
「どうせ大したものじゃ無かったんだろ。持って逃げなかったみたいだし?」
 本当に燃えて困る類のものなら、シカマルの腕の中にある書類のように確保されていたはずだ。
「・・・・・・だからって灰にするのはどうかと思うぞ」
「くだらない依頼など読む必要は無い。―――それより」
 ナルトの手がシカマルへ無造作に差し伸べられる。
「その中に風からのものがあるだろう?」
「え、ああ。――― 火影就任への祝辞だ」
 ナルトはくだらない、と鼻で笑うが差し出された上質の和紙を受け取る。
 文面にさっと視線を走らせ、おざなりな祝辞が並んでいるのを確認すると、ぼっと手の中で燃やした。
「っおい!?」
 さすがにマズイ、と止めようとしたシカマルの目の前でナルトの手の中の和紙は灰にはならずその姿を
 徐々に変えていき、ついに人の頭部の形となった。
 そして・・・



『――― まずは心より、火影就任お祝い申し上げます』


 
  シカマルは目を見開いた。



「手間な方法を取るな」
 ナルトは炎の中の頭部がしゃべり出すのを予測していたのか、くっと不敵に笑って答える。

『さすがに直接お目にかかる訳にいきませんから。せめて想いだけでも届くようにと』

「御託はいい。・・・何を企んでいる?」
 朱炎が鮮やかに燃え上がった。

『企むなどとんでも無い。私はただ、あなたの望みが叶うことを喜ばしく思うだけです』
 声は確かにとても嬉しそうだった。
 すっと細くなったナルトの目が、物騒な光と灯す。
「・・・何が言いたい?」

『何も。――― あなたが望まれるままに』
 
 ナルトが炎を操っていた拳を握り締めた。
 一瞬にして炎は跡形も無く消えうせる。




『―――あなたが望まれるままに』




 

「――――・・・」

 じっと手を見つめるナルトの顔には、静かな微笑が浮んでいた。