雪姫忍法帖 3


黒龍暴風雪!!

 ドトウの放った攻撃を受けながらナルトは印を確認する。氷遁忍術を使う人間はあまり多くないだけに、もの珍しさが先にたつ。だが、火遁に比べて必殺力が少ないのがデメリットだろうな……。
 冷静に分析しながらナルトは雪上に叩きつけられるナルトの影分身と交替する。

 パキン、と器具に罅の入る甲高い音が響いた。
 おいおい、まだオレ何もやってねーんだけど?ただチャクラの強さを少しだけ元に戻しただけ。

「馬鹿な……チャクラが漏れだしているとでもいうのか」
 馬鹿も何も、世界はあんたの物差しで計りきれるほど狭く無いというだけの話。
 こんな小国でふんぞりかえり、宝物なんてものを狙う愚かな奴には……世界は広すぎるか?

         ああ、もう十分だ。お前の価値はゼロになった。


 
双龍暴風雪っ!!


螺旋丸っ!!


 弾き飛ばされたドトウが氷壁に叩きつけられる。
 同時に、広がる春の立体映像。

          なるほど。そういう造りになっていたのか。





 …………あ。

 ヤベ!?もしかして今ので鎧粉々にしたか!?
 くそっ、少しばかり力篭めすぎたか……まぁいい、カカシに期待しよう。
 ……今度だけは。









「…………あ?」

 と思ったのに、怪我(実際にはそんなものは存在しなかったが)で運び込まれた病院で、頭を下げまくり手をあわせまくるカカシに、オレは冷たい視線を突き刺した。

「いやあの……だからね、えーと、コレが鎧……だったもの?」
「……。……」
 そこには風呂敷に包まれた、ただのガラクタとおぼしき破片の数々があった。
 快適に過ごせるように温度設定されているはずの病室の気温が、一気に零下に下がる。
「お前、オレに何って言ったけ……?」

    大丈夫!大丈夫!オレにどーんとまかせて! 

「えーと……そのぅ……」
 つー……とカカシの頬に汗が伝い、床に落ちたそれが瞬く間に氷の結晶となり転がっていく。
「お前に、少しでも……爪の先の垢ほどの期待をしたオレが馬鹿だった」
「ごめんなさいっ」
「別に謝らなくてもいい。お前、当分里外任務に励んでくるか?」
「!?すみませんっごめんなさいっ許して下さいっ!!ナルトの傍を離れなくちゃならないなんて嫌だもんっ!!それにナルトだってドトウの鎧粉々にしちゃってた……で……」
 一言も二言も多いのがカカシの数多くある欠点の一つである。
 ナルトの機嫌は最低調に達した。
「お前やっぱり里外任務決定」
「ナルト~~~~っ!!!!」



「カカシの奴は何を叫んでやがるんだ?ここが病室だってわかってるのか?」
「カカシ先生だし……」
 これから向かう病室から聞こえてきたカカシの叫びにサスケとサクラが呆れと諦めの台詞を口にする。生徒にここまでこき落とされる上忍もどうなのだろう……


「ナルト~~~~っ!!!」


「……とりあえず苦情言われる前に止めさせましょう。あんなのと知り合いなんて恥よ、恥!」
「……。……ああ、そうだな」

 だらしない上司を持つと部下が苦労するという典型的な例の一つがここにあった。










 雪の国、新国主の即位式典は盛大に執り行われた。
 その後の祝賀も関係者を招いて華やかに、主役の小雪姫の顔には見違えるような笑顔が終始浮び、サスケたちに任務が完了したことを自覚させた。




「マキノ監督」
「雪絵……いや、国主殿と呼んだほうがいいかな」
「やめて下さい。お世話になった監督にそんな風に呼ばれては申し訳ありません。それに私は 国主にはなりましたがこれからも女優は続けていくつもりです。ご指導のほどよろしくお願い致します」
 全てのことにひと段落ついた頃、小雪は監督への挨拶に出むいていた。
 この雪の国に帰ってくることができたのは、この人の映画への熱意があってこそ。感謝してもしきれない。
「こちらこそな。おかげで、いい画撮らせてもらった。……ほらな、気合一つでどうとでもなっただろう?」
 オレの言った通りだと朗らかに笑う監督に、雪絵はただ頭を下げる。
「ああ、そうだ。オレのほうも話しておかなくちゃいけねぇことがあったんだ」
 愛用のメガホンでぺしりと膝を打つ。

「あんたの父親の風花早雪、あいつとは古い馴染みだった」

「……え?」
 ぽかんと、小雪の呆気にとられた顔が無防備に晒された。
「オレのファンだって、手紙くれたのが縁でなぁ、妙に馬があって偶に試写会にこっそり忍でやって来たりしたときには話あかしたもんよ」
「……そんな、父上と監督、が……全然、そんなこと……」
「出来るだけ知られないようにしてたんだろ、今になっちゃそう思う。あいつはあの頃からもう弟の野心に気がついていたんだろうな」
「!?」
「娘が女優になりたいと言っているなんて笑って話したことがあった……もし娘に才能が少しでもあって使ってもらえるようなことがあればよろしく頼むってな。いや、名君と呼ばれるこいつでも親馬鹿なところは変わらないと俺も笑ったもんだ。考えてみろ、一国の姫が女優になんてなるわけ無いだろ?だがそれから何年も経たないうちに、内乱があって早雪は弟に殺され、娘も死んだと聞いてなぁ、そりゃぁ驚いた。俺は手を合わせて冥福を祈った。……それから2,3年経った頃、俺のところに木の葉の忍がやってきた」
「え……」
「忍ってのはな、あいつら見てるだけじゃわからないだろうが怖いもんだ。いったいどこで調べてきたのか、俺と早雪に交友関係があったことを知った上で一つ提案を持ち込みやがった」
「……」
「お前が生きていて、女優を目指してるってな。俺はそのときになって、あいつが娘のことを頼むと俺に言ったのは本気だったんだと気づいた。あのとき、笑ってないであいつをもっと問い詰めていたらと後悔もした。だが過ぎ去ったことを今更どうこう言ったって仕方ねぇ。せめて俺はあいつの代わりにお前の成長を見守ろうと決心した」
「監督……」
「だからって俺は身贔屓した気は無いから勘違いするな。俺はお前なら『風雲姫』がやれる、お前だけが演じきることができるそう思ったから選んだんだ。……もっとも雪の国での撮影は、あんまり俺も気はすすまなかったんだが……提案があったからな」
「提案?」
『いつかは必ず帰る日が来る。その時には出来るだけ協力を惜しまない』てな。まだお前が女優として一本立ちも出来るかどうか……いや、女優としての道を選ぶかどうかもわからなかった時期なのになぁ、全く忍って奴は……」
 怖い怖い、と笑いながら言われても真実味は無い。
 小雪はあまりのことに驚きを軽く通りこしてしまった。
「でも、話してしまってよかったんですか?」
「全てが終わるまでは黙ってる約束だったから、今ならもういんだろう?」

「ええ」

 監督の問いかけに、いつの間にか部屋の入り口に立っていたカカシが頷いた。
「カカシさん……」
「どうも。騙すのは女優だけの専売特許じゃないもんでね」
 ぽりぽりと灰色の髪を片手でかき混ぜながら、カカシは悪びれることなく応える。
「監督、ご協力ありがとうございました」
「まぁ、俺は何もしてないがな。こっちにとっちゃ願ったり叶ったりだ……ただ、小雪を利用するためだけなら協力なんてしやしなかったがな」
 トゲのある言い方に、カカシは僅かに苦笑した。
「ま、これでホントに任務は完了ですね……十年越しの任務はさすがに大変でしたよ」

「ど……して、どうして、私だけを……私だけを助けたんです?何故父上をっ」
 赤い炎のあがる城。遠ざかっていく故郷。視界を覆い隠す雪。
 小雪は何も出来なかった。
 ただ、目の前の忍に連れられて逃げる以外に何も……あの後の記憶は曖昧だった。

 小雪はぎゅっと拳を握った。
「もしあなたが父上と同じ立場だったならどうされます?」
 だが小雪の問いに、カカシは問いで返した。
「……。……」
 応えられない。それこそが答えだ。

「しかし、さすがに木の葉だ。雪忍も出て来れなかったみてぇだしな」
「それはこの人の仕事ですね」
 カカシが横に身を避けると、その後ろに面を被った青年が居た。
「!?……早雪の奴ぁ、暗部まで動かしてやがったのか!」
「よくご存知ですね」
 叫ぶ監督に苦笑したカカシの脇を青年は通り過ぎ、小雪の前に立った。
「手を出せ」
「え……」
 予想していたものよりずっと若々しい声と、告げられた言葉の意味に小雪は戸惑う。
 だが、不思議と逆らえない響きを持っていた。
 おずおずと差し出した小雪の手に、青年は何かを載せた。
「……?」
「お前が持っていたのは冬の鍵。あの機械を動かすための鍵だ。これは春の鍵」
 それは小雪が持っていたものと形こそそっくりだったが、あちらが透明な水晶だったのに対し、こちらは薄くピンクがかっていた。
「ドトウが狙い、お前の父親が国のために残した遺産だ。鍵穴は同じ場所」
「!?」
 目を見開く小雪にさっさと背を向けて青年は部屋を出て行く。
「それでは、これで任務完了ですので。俺たちは木の葉に戻ります」
 カカシがぺこりと頭を下げて、青年の背中を追う。
 残された小雪は手の平の鍵を握り締め、無言で二人に頭を下げた。









「これで、ホントに任務完了だね、ナルトvv」
 ナルトにまとわりついてくるカカシに、ちらりと鬱陶しそうな視線を走らせると立ち止まった。
「オレは先に帰る。お前もあいつら拾ってさっさと帰れよ。……任務は溜まってるからな」
「えぇっ!?ナルト先に帰っちゃうのっ!?」
「オレはお前と違って暇じゃねぇんだよ。それに結局鎧は手に入らなかったしなぁ」
「……。……」
「ツナデにな、今回の報酬はそれで、て言われてたんだよな……里に渡さず研究してもいい って言われて、それならと頷いて手、貸したんだけど」
 カカシの背中に冷や汗が伝う。
 まさか、そんな話になっていたなどと誰が思うだろう。

(五代目ぇぇぇっ!!!!!)

 カカシは叫び、立ち去るナルトに縋るように伸ばした手は綺麗さっぱり無視された。







「……なんで任務成功したのに、カカシ先生あんなに暗いわけ?」
 三人の下忍の前には、思いっきり背中に哀愁を背負ったカカシが力なく歩いている。
 今なら背後から襲いかかっても防がれることは無いだろう。
「腐れ上忍が何を考えてるかなんて知るか」
「何か変なもの食べたんだってばよ!!」
「……お前じゃあるまいし」
「何をーっ!!」
「あーもうっはいはいっ、うるさいナルト!」
「っひどいってばよーっ元はといえばサスケがーっ!!」











 雪の国に春がくる。
 きっとそれは、遠い未来の話では無い……