雪姫忍法帖 2
雪隠れの里は、木の葉や砂とは比べものにならないほどに小さな勢力しか有していない。
庇護するべき雪の国が小国なのでそれも仕方の無いことだ。
だが、少なくとも”忍”を称する限り、一般人とは違う。彼等はそれぞれの掟に従い、厳しい社会の中で生きている。
「コンニチワ?」
「!?」
「っ貴様っ!」
「長っ」
執務室に入ってきた雪隠れの長と幾人かの忍が、無人のはずの部屋に響いた声に緊迫した声を上げた。
「暗部面っ」
「その肩の徴は……木の葉か!?」
黒髪の暗部面をつけた男が、窓辺に身をもたれさせ、まるで緊張した風もなく立っていた。
青年は雪忍の問いに否定も肯定もせず、もたれていた窓辺から身を離した。
「別に、長の命を狙ってきたわけじゃない……信じるかどうかは別として」
ふっと笑った気配がした。
「では、何用か?」
庇うように前に立つ忍をどけて、壮年の恰幅のいい男(彼が長だろう)が問うた。
「そう……一言で言うならば気まぐれ。お前たちには慈悲だな」
「何をっいくら木の葉の忍といえど、たった一人!」
「無事に帰ることができるとでも思っているのか!?」
くっくっと今度こそ男は肩を小刻みに揺らして笑った。
「ああ、悪いけど思ってる。オレは確かに1人だ。別に隠し玉があるわけじゃない。だけどな」
男から発せられたチャクラに、雪忍たちは揃って動きを止めた。
否、チャクラに絡め取られ身動き取れなくなったのだ。
「これでも多勢に無勢とでも?悪いが、その気になればオレは一日もいらず、この里を滅ぼすことも可能だ。嘘だと思うなら試してみるか?」
淡々とした台詞が真実味を増す。
「部下が、失礼を、したっ改めて、用件を伺おう……っ」
チャクラの支配に逆らいながら長が声を出す。さすがに腐っても里の長。他の奴らとは違う。
男はチャクラの戒めを解いた。
自由になる体を取り戻した忍たちが男に飛びかかろうとするのを長が『やめろっ』と留める。
雪に居る忍では、彼には絶対に勝てないと長は判断した。
彼等を身振りで部屋から退かせ、男と向かいあう。
「賢明な判断だ。話のわかりそうな人間で良かった」
「いったい何用なのか、聞かせてもらおう」
数度目の問いに、男は頷く。
「風花ドトウ。知っているな?『国主』を自称している、前国主早雪の弟にして雪忍」
「……ああ」
「彼から援助を受けるかわりに、戦力を提供しているな?」
頷く。
「奴とは早々に手を切ることを提案する」
「他国のこと、口出し無用と思うが……?」
「そうも言っていられない状況になった。オレもお国騒動なんて首を突っ込む趣味は無いが護衛対象が、正当なる後継者とはあってはそうもいかないだろう」
「!?小雪姫が生きているのかっ」
「ドトウが大人しくしていれば、オレたちの任務も護衛だけで済むんだが……色々とちょっかいを出されては、さすがに放っておくわけにはいかない。あいつはあんたと違って、賢明とは言いがたい性格をしているようだし……全く、たいした頭も実力も無いくせにやることだけは大仰だ。木の葉に喧嘩を売るということがどういうことか、忍の世界で生きてきて学ばなかったんだろうかな」
「……。……」
「ま、そういうわけでドトウは潰す。雪忍たちを引き揚げさせるなら早くするんだな。オレも無駄に死体の山を増やして喜ぶ性質でも無い」
「……そうか」
長は、男が口にした『気まぐれ』『慈悲』という意味を漸く飲み込んだ。
確かに気まぐれだろう……雪忍を引き揚げさせようが、させまいが、彼がやるといったからにはドトウの命運も長くは無い。負けるとわかっている勝負に兵隊を送り、無駄に失うことは雪隠れの里としても容認できることでは無い。それを食い止める機会を男はもってきたのだ。
それが『慈悲』。
「木の葉は火影が代替わりしたが、友好路線に変わりは無い。余計な敵を増やすことも無いだろうからな。さて、どうする?」
否、でも応でもさして男に影響は無いのだろう。
「……わかった、ドトウへの戦力提供は今をもって停止する」
「あんたには、是非末永く長の座に座っていてもらいたいものだな」
「……待て」
用事は済んだとばかりに出て行こうとする背を声が追いかける。
「これは取引だ。見返りをいただきたい」
「へぇ……中々面白いことを言う」
とんでもなく重圧のあるチャクラが、長を襲う。
「言ってみろよ、聞くだけは聞いてやる」
「……な……を……名を、教えて……貰いたい……っ」
初めて男が驚いたように肩を動かし、チャクラの重圧が消えた。
「タオ・ルン」
瞬く間に、男の姿は消えた。
◆
面倒ごとを一つ片付けて帰ってきたら、面倒ごとは一つ増えていた。
今、ナルトはチャクラを吸収するという装置を取り付けられ牢の中に鎖でぶら下げられている。
ドトウは『絶対に』と自信満々に取り外すことなど不可能と言い放ってくれたが、こんなチャチな玩具では九尾の能力に耐えられるわけもなく、ナルトが故意に吸収されるチャクラをほどよく少なくしてやっているのだ。
しかし、いくらチャクラが使えないからといってこれだけの拘束で見張りもつけずに放置するっていうのはあんまり忍を舐めすぎてないか?機械に頼りすぎて忘れてんだろ、別に忍はチャクラを使えるからってなれるもんでもねぇし、チャクラを使えないからといって忍じゃなくなるわけじゃない。さてと、どうやって脱出してやろうか……カカシたちが追いつくにはもうしばらく掛かるだろうし、護衛対象を放置しておくわけにもいくまい。
鎖は関節はずして抜けて、牢に貼ってある呪符は燃やす……と証拠が残るから、風で飛ばしておくか……ん、誰かきやがったな。
雪姫だった。丁度いい。
『この国には春が無い』
『私は信じることをやめた』
笑いそうになった。
生温い絶望だ。本当の絶望は、そんなことさえ口には出来ないのに。
『自分に嘘をついて、自分を演じ続けてきた』
演じ続けた、気になってただけだろ?
あんたは演じてなんて無いさ。ただ、顔を背けているだけだ……弱い自分にな。
全く、目の前に小雪さえ居なければさっさと牢を出て殺してやれるのに。
面倒ごとは、元から駆除するのが簡単でいい。
溜息を殺して、ナルトは適当に『必死の』演技をする。あちらは演技のプロだという女優だそうだが、こっちは生まれたときからの二重生活だ。年季が違う。
靴に仕込んでいた刃を使い、鎖を断ち切ろうとするナルトを雪姫は何の感情も浮ばない視線で見続ける……刃を落として掛けられた声は『ほらね』。
悪ぃけどな、その程度の言葉じゃオレには何の効き目も無いさ
木の葉の里人の目はその何倍も鋭く、憎しみに塗れ、吐く言葉は怨嗟の叫び。
言葉と実際の暴力は、幾度ナルトの体と心を殺したことだろう(……気に病む人間ならば)
『結局諦めるしかないのよ』
簡単でいいな。諦めが死に繋がらない奴は。
『やめてっ!』
そう、その目だよ。それがあんたの本当の、目だ。
やっとカカシたちが来たらしい。
手間をかけさせる面倒くささにムカついて、助けにきたカカシにここぞとばかりに二発ほど入れてやった。カカシは一見平静を装っているがかなりムリをしているはず。
(ま、骨まではいってないだろーし)
それにしても、自分は呆れるほどに馬鹿にされているらしい。
ドトウと小雪に駆け寄っていくのも邪魔されず放置される。
この装置があるから、オレをただのガキにすぎないと思っているんだろうが……もし、ここでいきなりドトウの頭をかち割ってやったらどんな顔するだろうな、こいつら。
装置に頼って、自分の力が強いのだと勘違いしている馬鹿な忍たち。
そんなナルトの不穏な空気を察知したカカシが、『が ま ん』と合図を送ってくる。
(カカシに言われたおしまいな気がするのはオレだけか……?)
その瞬間、ドトウの拳がナルトを弾き飛ばした。
反射的にチャクラの膜でダメージを防ぎ、受身をとりながら転がった。視線の先では先ほど
ナルトに『がまん』と伝えてきたはずのカカシがキレそうになっている……。
そのままドトウは小雪を抱えて、虹の氷壁に行くつもりなのだろう。
ナルトはちらりとカカシたちに視線を走らせ、雪忍三人衆の後始末をまかせることにする。
(そっちはまかせたぞ)
(ナルト!気をつけて!)
(誰に言ってる・・それより、カカシ。ちゃんと鎧持って来いよ……少しぐらいなら壊れても構わない
が解析にもかけられないほど粉砕しやがったら……どうなるかわかってるよな?)
(……。……だ、大丈夫!大丈夫!オレにどーんとまかせて!)
(……。……)
それが一番心配なのだ、とナルトは顔をしかめて、宙に飛び出した。