雪姫忍法帖 1
最近人気の女優の護衛、それがナルトたちに与えられた任務だった。
とは言っても、そんなことはまだ下忍の三人は知らないことになっている。
ナルトが知っているのは、暗部の任務との兼ね合いから知っておかなければ色々と下準備が
出来ないせいだ。もっとも自分のものだけでなく、他人の任務も一通りはナルトが目を通すようにしているのでそれが全ての理由では無い。が、ツナデも了解しているのでそれでいいのだろう。
ツナデは自分の後、六代目火影にナルトを推挙しようとしている。それの下準備のつもりなのだろう……随分気の早いことだが。
通常、任務書には忍に伝えられる以上のことが書かれている。Bランク以上の任務の場合は、その対象について実行部隊が動く前に諜報部隊が動き、出来る限りの情報を集めることになっている。その情報は実行部隊の隊長にのみ伝えられ、効率よく任務を実行することが出来るように隊長は準備を整える。
任務書には、マル対である女優・富士風雪絵についての調査が詳細に記されている。
任務ランク: A
本名:風花小雪
出身:雪の国
十年前に反乱があった際に、はたけカカシにより救出された雪の国唯一の後継者である。
現在の雪の国元首風花ドトウは叔父となる。
ナルトはその依頼書の最初の数行を読んで、眉間に皺を寄せた。
ただの女優の護衛ならばランクはAでなくBでも構わない。それがAだと指定されているのは
この依頼がきな臭いからに他ならない。諜報部隊も、マル対が雪の国に戻った場合には、平穏
無事に事態が収束する可能性は低いと見積もったのだろう。
依頼書には、はたけカカシが昔に担当した依頼の詳細も添付されている。
それにもさっと目を通し……ナルトは舌打ちした。
「ったく、さっさと片付けておかないからこういう面倒なことになってくるんだろうが、逃げるだけしか出来なかっただと?それでも上忍か?え?ヘタレめ」
いつの間にかナルトの対面に現れたカカシに向けられた言葉である。
淡々とした口調なだけに、カカシの胸をぐさりと抉る。
「いや、あの……でも、あのとき1人だけだったしね、任務の内容は姫を無事に国外に逃がすこと
が主点だったし…………すみません」
ナルトの言い訳一切無用、とばかりの冷たい視線にカカシは項垂れた。
「結局はお前の尻拭いだろ。影分身に行かせるか……」
「っナルト!そんな殺生なっ!!」
「何が。影分身で十分だろ。雪忍なんて大して強く無いし、面白くもない」
戦うだけ時間の無駄だ、と吐き捨てられる。
「でも雪忍三人衆とか……」
はっとナルトが鼻で笑った。
「オレの耳には全然届いてない名前だな。たかが知れてる」
「えーとえーと、雪の国には、チャクラの鎧というのがあって……」
「チャクラの鎧?」
初めてナルトの気をひけたカカシが、ここぞとばかりに身を乗り出した。
「そうそう!昔もあれがあって、難儀したんだよ。自分のチャクラを増幅し、相手のチャクラを無効化するっていう代物で……」
「ふーん」
ナルトが顎に手を置いて考えだした。
「その術式は気になるな……鎧自体は壊せばいいことだからカカシが言うほど難儀とも思わないけど……やっぱお前、ヘタレ上忍で決定」
「うぅ……」
「でも、雪忍がそんなのつけてたっけな?」
「ドトウと三人衆だけかもねぇ、結構作るのに金がかかりそうだし」
「ふーん……さすがに無傷で回収は難しいか……まぁ、とりあえず解析にまわせればいいし」
(あ……ナルトがやる気になってる♪)
「よし、カカシにまかせると当てにならないしな」
「ナルト~~」
「オレは別の任務片付けてから合流するから、影分身を連れて行っててくれ」
「了解~早く来てねv」
「…………」
飛んできたカカシのラブ光線を払いのけて、ナルトは姿を消した。
◆
ナルトが別の任務を片付けて、飛行忍術で木の葉を出発した船に追いついたとき、彼等は氷山で三人衆と戦闘の最中だった。
(早速面倒なことになってやがる……)
胸中で呟いたナルトは、影分身と交替し、ミゾレの拳を受け止めた。
「なっ!?」
ナルトに難なく受け止められた相手が驚きの声を洩らす。
ナルトにとってはこれでも下忍レベルの能力でしかないのに、この程度で驚かれていては鎧
もそう期待できない代物だとがっかりする。
ちょっとナルトが本気になれば、こんなもの粉々に砕けてしまうだろう。
ただこの鎧はもう自分のもので回収することにしているので、やめておく。サスケと対戦している忍とは型が違うようなので、あちらも回収対象リストに上げた。
雪姫の叫びを聞きながら、わざと隙を作って放り投げられると、ナダレと戦っていたカカシの
視線がこちらを向いた。『引き揚げるぞ』というナルトの視線に、カカシが動き出す。
カカシによってコピーされた術は、ナダレの術とぶかりあい相殺される。
過去をフラッシュバックさせて気を失った雪姫を担ぎあげ、ナルトたちは船に戻った。
「ナルト、お帰り~vv」
上機嫌なカカシの顔に、ナルトは大きな溜息をついた。
「え、何何?」
「金輪際、お前の言うことは信用しないことにする」
「えぇ!?どうして!?俺、ナルトに嘘ついたことなんて無いよっ!?」
「チャクラの鎧、全然役に立ってなさそうだろうが。チャクラを増幅するって言ってたわりにお前の
術とどっこいどっこいじゃ……たかが知れてる」
「いや、それはきっと俺の能力が元々あっちより優れてるってことで」
「十年前、尻尾巻いて逃げたくせに」
「ぐふぅっ」
強烈なカウンターパンチが決まった。
「とりあえず、あいつらの狙いはこの六角水晶だからな、本物と摩り替えておけ。そういうの得意
だろ、お前?」
「……ナルト、俺をいったい何だと……」
「変態」
「……。……」
「それじゃ俺は不審がられないうちにサスケたちのところに戻るからうまくやっとけよ」
打ちひしがれ、膝をついたカカシをよそにナルトはすっと足音も無く甲板から姿を消した。
風花小雪は確かに一流の女優だろう。
関係ない、と叫ぶ姿は真に迫っていて誰もが本気で小雪がそう考えているのだと信じてしまう
に違いない。だが、ダメだ。
小雪の目が自分自身を裏切っている。
帰りたくない、行きたくない、関係ない……そんな台詞を連発するわりには、小雪の目は罪悪感
でいっぱいだ。本当のクズはそんな目はしない。
「ハッピーエンドなんてこの世のどこにも無いのっ!!」
ああ。その通りだろうさ。それは正しい。
正しいが、わかっているのか?
その叫ぶ言葉は、同時にハッピーエンドを願っているのだと証明していることに。
ナルトはカカシを見た。
このスリーマンセルの事実上のチームリーダーはカカシだ。
「これだけの任務だと一度里に戻ってもっと人数を集めるべきなんだが……」
その必要が無いことはカカシとナルトは承知している。ナルトが1人居れば、こんな小国その気になれば三日も必要とせずに制圧できる。
「時間の無駄だ、こんな任務俺たちだけで十分だ」
サスケが大口を叩く。叩くほどの実力を持っていないのに、口だけは一人前だ。
一瞬ナルトの口元に浮んだ冷笑を、カカシだけが気づいていた。
「決まりだな、撮影は続行だ」
監督の力強い言葉に、それぞれ胸中にある思いを押し込め頷いた。