6.君を想う






 フロドにとって裂け谷はビルボの話から想像していた以上に素晴らしい場所だった。
 木々は生き生きとして、エルフたちの歌声が風に混じってそよぐ。
 そのエルフたちはこの世のものとは思えないほど美しい。

 フロドは目を閉じ、今生きていることに感謝した。


「ガンダルフ」
 廊下を歩いてくる人影を見つけ、フロドは笑顔を浮かべた。
「すっかり元気になったようじゃの、フロド」
「ええ、おかげさまで」
 ナズグルに刺された後の記憶はほとんど無いが、酷く苦しかったことだけは覚えている。
「あの・・・ガンダルフ」
「何じゃ?」
 フロドは少しためらったように切り出した。
「・・・アラゴルンはどうしているんでしょう?」
 サムや、メリーにピピンとは再会した。彼らがここに居るということはアラゴルンも無事に辿り着いたと
 いうことだ。
 だが、フロドは目覚めてから彼を一度も目にしていない。
「ふむ、アラゴルンは偵察に出ておる。敵の動きが活発になってきておるのだ」
「そうですか・・・」
「アラゴルンがどうかしたか?」
「・・・助けていただいたお礼を言いたいと思って・・・」
 ガンダルフは慈しむような眼差しでフロドを見下ろし、肩にそっと手を置いた。
「もうすぐ帰ってくることじゃろう。・・・アラゴルンもそなたのことを気にしておったからな」
「!?」
「そなたがまだ目覚めぬとき、ここを訪れた。そなたの無事を確かめた後は己の義務を果たすためにすぐに
 出かけてしまったが」
「・・・そうですか。ガンダルフ・・・アラゴルンは、あの人はどういった人なのですか?どうして僕たちを助けて
 くれるのです?」
 フロドはアラゴルンをただの野伏であることしか知らない。
「アラゴルンは・・・そうじゃな。詳しいことは本人から聞くが良い。そなたにならば話してくれよう」
 不思議そうに見上げてくるフロドの青い瞳にガンダルフは笑顔で頷いた。
 するとフロドがくすりと、漏らす。
「何じゃ?」
「踊る子馬亭でアラゴルンに初めて会ったとき、フードも被って顔がほとんど見えなくて・・サムなんか凄く
 警戒していたんです。その後、騒ぎがあって僕は指輪をはめてしまったんですけど、アラゴルンが凄く
 怖い顔して軽軽しく扱うなと怒って・・・、僕は何が何だかよくわからなかったんですけど、怖い人だって
 思いました」
「・・・あいつめ、全く・・・少々融通が利かぬところがある奴だからのう。許してやってくれ・・・じゃが、指輪の
 真の恐ろしさを知っている奴でもあるのじゃ」
「はい。・・・最初は怖かったですけど、それだけでは無いと今はわかってます。ここまで無事に辿り着けたのも、
 あの人のおかげです。僕たちだけでは、あの黒の乗手に追いつかれて・・・指輪を奪われていたでしょう」
「フロド・・・」
「彼が例えどのような人間であろうと、僕は変わらぬ信頼を抱くと思います」
「ほんに、そなたは・・・」
 ガンダルフは目を細めると、フロドの体を抱きしめた。



「フロド、今日はそなたに話があってきたのだ」
「はい。何ですか?」
「そなたが持っている指輪のことじゃ」
「・・・・・。・・・・・」
 そう、指輪は未だにフロドの元にあった。
「それはそなたの身に害にはなっても益にはならぬ。じゃが、未だそれを持つに妥当なものがおらぬ。申し訳
 ないがしばらく持っていてくれ。もうしばらくすると、エルロンド卿が各部族の代表を集めた秘密会議を開く。
 そこで指輪の処遇を決定するつもりじゃ、それまでの間・・・」
「・・・わかりました、ガンダルフ」
「頼むぞ、フロド」
 誰よりも無欲なホビット。フロドの元でならば指輪もその威力を十分には発揮できない。
 それでも、指輪は徐々にフロドを闇へと導いていくだろう。
 そうなる前に、出来るだけ早く指輪からフロドを遠ざけたいと、ガンダルフは思う。
 二度と重荷を背負わせたくないと・・・。
 だが、それと同じくらいに強く、フロドと指輪は避けられぬ運命の中にあると予感していた。













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