2.蒼い宝石






 シャイア(ホビット庄)の境界には森と草原が広がり、小麦やトウモロコシなどの作物がなる畑があった。
 彼らは境界を非常に重くみていて、滅多なことではそこから一歩たりとも足を踏み出そうとはしない。
 その境界を見渡せる場所に、灰色の魔法使いガンダルフは連れの男と共に馬にまたがっていた。

「あそこから・・・ここまで」
 ガンダルフは地平線を指差し、大木の立つ森を示す。
「シャイアと外界との境界だ。今まではずっとワシが監視してきた。心無き者が彼らの生活を脅かさぬようにとな」
 正しく彼は、ホビットたちの守護者だった。
 過剰に干渉せず、ただ見守り、時には彼らに混じって楽しみを共有した。
「じゃが、ワシも忙しない身。いつもこの場所におるわけにはいかぬ」
 男はガンダルフの言葉を黙って聞いていた。
「このようなことを野伏の頭領に頼むは少しく心苦しいが、そなた以上に適役はおらぬと思うてな。どうであろう?」
 男は広がる豊かな大地を眺めながらガンダルフへ視線を戻した。
「たかが野伏の自分に、そこまで言っていただけるのは光栄です。あなたがこの役目をとても重要に考えている
 ことはよくわかりました。私で出来ることがあれば、あなたの代わりなど到底勤まるとは思えませんが精一杯
 に努めましょう」
「感謝するよ・・・―――アルゴルン」



















 



 そのホビットの姿に気がついたのは、ガンダルフから境界の守護をまかされた三日目のことだった。
 ふわふわとした髪を風に揺らしながら、ホビットは境界間際に立っていた。
 実のところ、アラゴルンにとりホビットという存在を目にするのはこれがはじめてのことだった。
 しかし、ガンダルフにホビットの里にある種族は家畜の他には何も無いと聞かされていたのでそうだと
 思ったまで。
 聞いていた彼らの外見―――身長が自分たちの半分ほどまでしかないというのはその通りではあったが、
 そのホビットは『エルフのように』繊細な顔立ちをしていたのだ。いや、それは少し異なる。
 エルフのように美しくはあったが彼らの美はどこか硬質であるのに対し、そのホビットは自然に溶け込んだ
 柔らかな美だった。
 長命な彼らの年齢は外見にどのように表れるのか知らなかったが、彼はまだ若そうに見えた。
 境界の内側から外側をじっと眺める姿。
 遠く離れた岩陰にいるためアラゴルンの姿が発見されることは無いだろうが、細心の注意を払いながら息を
 潜め様子を見守る。そして戸惑っていた。
 外界から中へ入ろうとする者には注意しろと言われていたが、中から外へ出て行こうとする者をどうするかは
 聞いていなかった。
 彼は外の世界へ出ようとしているのだろうか?
 それにしては、身に何も帯びておらず軽装過ぎる。
 ホビットは外界のことをあまり知らないという。外の世界がどれほど欺瞞に満ち、穢れた世界であるのか彼は
 知らないのであろうか?

 そのとき、彼の瞳がこちらを向いた。

「・・・・っ」

 何と・・・美しい蒼!
 アラゴルンは息を呑んだ。

 あれほどに美しく、神秘的な蒼は今まで目にしたことは無かった。
 どこまでも透き通った美しい蒼・・・見つめていると吸い込まれそうに深い。

 そこでアラゴルンは我に返った。
 まずい・・・っ。
 姿が見つかったか――――

 だが、彼は誰かに呼ばれたのか境界の外に向けていた視線を内側に戻し、里へと帰っていく。

「・・・・・・・・」
 ほぉ、とアラゴルンは安堵の息を吐き出した。
 



 だが、あのホビットのことがそれからずっと頭から離れることは無かった。







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