思春期


(……絶対に違う何かだ)

 久しぶりに会った従兄にメリー……メリアドク=ブランディバックは内心で呟いた。




 従兄……フロド=バギンズとはブランデー屋敷に、メリーはその他多くの兄弟たちと一緒に暮らしていた。
 それがフロドの叔父のビルボ=バギンズと共に暮らすことになり、家を出たのが3年前。
 一緒に暮らしていた頃から、『普通の』ホビットとは違うとフロドのことを思っていたメリーだが、久しぶりに 会ってその思いは更に強まった。
 だいたいホビットは老若男女分け隔てなく、ふくよかな体型をしている。
 それがフロドときたら、見るからに華奢そのもの。風が吹いたらどこかに飛ばされそうだとメリーは幼心に 心配したことさえあった。 そして、更に顔立ちはホビットのぼてっとした感じではなくて目鼻立ちがすっと通った美人タイプ。
 里一番と言われるロージーだってフロドに比べたらそのあたりの小石と同じだと、きっとメリーばかりでなく 思っているホビットは多いはず。
 3年前にすでにそう思っていたのに、今のフロドときたら変わり者と評判のビルボに影響されたのか、すっかり 浮世離れしている。
 茸を食べるより本を読んでいるほうがいいだなんて……従弟のピピンなら目をまわしてしまうだろう。
 ――――晴れてフロドも『変わり者』の仲間入りをしてしまったわけだ。
 だからと言って、メリーは年上の従兄に対する親しみを感じなくなったわけでは無い。むしろ逆だ。
 もっとずっと好きになった。
 変わり者だけれど、彼は思いやりに溢れとても優しい。メリーの悪戯だって……過ぎなければ笑って許し てくれる。
 それに見ているだけで幸せになれるホビットなんてそうは居ない。
 誰が何と言おうとメリーにとってフロドは自慢の従兄なのだ。

「やぁ、メリー。元気だったかい?皆には変わりない?」
「もちろん。全く問題ないさ」
 まさか忘れられていたとは思わないけれど、少しだけ不安を抱いていたメリーは再会を喜ぶフロドの様子に ほっと一息ついた。
「さぁ、いつまでもそこに立っていないで中へどうぞ。メリーが来ると聞いていたからご馳走を用意して待って いたんだよ」
「まさか、フロドが作ったわけじゃ……」
 メリーの顔が曇る。
 フロドはお世辞にも家事が得意とは言えなかったからだ……それが3年で上達したというなら別だが。
「違うよ。サムのお母さんの料理なんだ。僕もビルボもどうも料理をするのは苦手でね」
「……。……」
「メリーは嫌いなものは無かったよね。夕食にはビルボも帰ってくるから一緒に食べよう」
「喜んで。ところでフロド」
「ん?」
 ごほんと、メリーはわざとらしく咳をした。

「誕生日おめでとう」


 フロドの大きな目が更に大きくなると、すぐに喜びに細められた。
 本当ならば出会って一番に言おうとした台詞なのだけれど、フロドに見惚れるあまり頭から逃げ出してし まったのだ。
「ありがとう、メリー。嬉しいよ」
 メリーはフロドに抱きしめられた。
 そのぬくもりと匂いは、3年前と変わらずメリーをドキドキさせる。
 3年前はただされるがままだったけれど、今こそは、とメリーは全身が心臓みたいになりながらもフロドの 背中へ手をまわした。

 …………が。

「フロド様~、フロド様っ!!」
「あ、サムだ」

 あと少しで手が届くというところで、フロドはメリーから離れてしまった。
 (許すまじっ、サム!!)
 心の中でサムに向かって指を立てたメリーは、顔を出したサムには手を振ってやった。
「ああ、もう到着されてたんですか」
 (もう到着してて悪かったな!)
「うん、お茶でも入れてくれるかい?ブランデー屋敷からここまでは遠いからね」
「かしこまりましただ」
 頷いたサムはちらりとメリーを見やる。
 本職は庭師のはずのサムが家の中のことまでしているのは……きっとフロドとビルボのあまりに灰色な 生活を見ていられなかったからだろう。
 きっと彼等二人は放っておけば、1週間でも食事抜きで本を読んで過ごしかねないのだ。
「メリー……メリー、どうしたの?」
「あ……いや」
「ん?」
「……幸せそうだ、なて」
「ああ、もちろん」
 大きく頷いたフロドは、でもね、と続けた。
「ブランデー屋敷に居たときも、間違いなく僕は幸せだったよ」
「……っ」
「メリーにまた会えて本当に嬉しい。わざわざ来てくれてありがとう」
 メリーはうつむいた……不覚にも滲んでしまった涙を見られないために。
 実はずっと心配だった。優しいフロドだから何も言わなかったけれど、ブランデー屋敷での暮らしは彼に とってあまり楽しく無いものだったのかもしれない。メリーたちのことなどすっかり忘れて新しい生活を送って いるところに、のこのこ現れて嫌な顔をされはしないか、と。

「だから、これからも遊びに来ておくれね」

 メリーは頷き、差し出されたフロドの手を掴んだ。