エルフの逆襲 ≪レゴラス編2≫
「麗しき蒼玉の君、そのように憂い顔で外を眺めて如何なされました?」
「―――レゴラス」
部屋のテラスから森を眺めていたフロドは下から掛かった芝居じみたセリフに苦笑を漏らした。
「あなたこそ何をしているんですか?」
「散歩だよ。一緒に行かないかい?」
何の疑問も無く、レゴラスはフロドの両腕を広げてみせる。
まさかこころから飛び降りて来い、というわけではないだろう。
「……だめです。一人で出歩いてはガンダルフとサムに怒られてしまいますから」
至極残念そうに、それでも行きたくてたまらないのだという表情をフロドは浮かべる。
「一人では無いさ。私が一緒でも?」
「大丈夫でしょうか?」
「もちろん」
よくぞそこまで自信満々に言い切れると、ガンダルフが居れば苦虫を潰したような顔をしただろうが、生憎
今は居ない。そして、フロドは退屈の虫を飼い殺していた。
「……すぐ行きます!」
フロドは上に羽織るものだけ手にとると、テラスから森へと続く階段を駆け下りた。
裂け谷は、終り行くエルフの時代を告げるように晩秋の景色が広がる。
どこか物悲しく、ありし日の栄華の翳りが胸を衝く。
訳もなく、涙が溢れそうになる。
「―――ここは辛気臭い」
「――― は?」
はらはらと舞い落ちる落葉に心を引きずられていたフロドは、レゴラスの言葉をすぐには理解できなかった。
「いくらエルフが落ち目だからといって、ここまで演出することは無いと私は思うけれどね」
「……」
「そう思わないかい、フロド。――― 全く、この処構わず落ちてくる葉も髪にまとわりついて鬱陶しい」
「……」
そういうレゴラスの美しい銀糸の一筋さえも穢すことが許されないと、葉は自ら避けて落ちていく。
「動かないように。今とってあげるから」
「……あ、ありがとうござい、ます」
どうやらフロドのくせ毛にからまっていたらしい。
「私の住む闇の森は、その名に反して美しい緑が広がるところだ。いつかフロドも遊びにおいで」
「ええ、ありがとうござます。是非……レゴラス」
「何だい?」
注がれる優しい眼差しは、他のどのエルフにも見られないほど強い生命力の輝きを秘めている。
(―――― この人は、黄昏のエルフの中にあっても輝く人……)
「あなたは稀有な方なのですね」
「それは君のほうだよ」
「え?」
全く自覚が無いらしい様子に、レゴラスは微笑し……歩みを止めて木の根にフロドを休ませる。
「こんなに小さな身体で、エルフに気後れすることなく対等に話す」
「それは……ビルボからよく話を聞いていましたから」
「仲間でも私の顔を直視するものは少ないというのに、君は全く目を逸らさない」
「その、話をするのに目を逸らすのは失礼なことだと教えられましたから……ご無礼だったらすみません」
「とんでもない。嬉しいよ――― そして、とても君は綺麗だ」
「っ!?」
フロドの大きな目が更に、大きく広がりレゴラスを凝視した。
「綺麗だよ」
繰り返し、レゴラスはフロドの頬を撫でた。
「それは、あなたでしょうに……揶揄わないで下さい。私はただのホビットです」
「『ただの』?」
「――― はい」
レゴラスの悪戯っぽい笑みを、フロドは気丈にも睨みつけた。
「では、そういうことにしておこう。全く、君たちは・・・ビルボといい、退屈しないね」
「そう・・・です、か?」
「そうだよ。ドワーフより、人より、・・・エルフよりずっと」
「・・・・でも、私はホビットは退屈だとあるエルフに言われたことがあります」
「へぇ?・・・それはきっとホビットのことなんて何も知らない若いエルフなんだろう」
「いいえ。きっと・・・レゴラスより年上だと思います、あの方は」
少し驚いたレゴラスは、ますます楽しそうに碧の瞳を輝かせる。
まるで、幼いホビットの子供のような目をする。
―――― フロドの口元に微笑が零れた。
「誰が言ったの?」
「・・・・ここに来る途中に出会った、放浪のエルフの王。ギルドールです」
「ギルドール!彼がホビットが退屈だって?君に言ったのかい?」
「ええ」
次の瞬間。
フロドは、世にも稀なる『爆笑するエルフ』というものを目にしてしまった。
「あのギルドールが!!!!」
「れ、レゴラス??」
胸を押さえ、肩を震わせて大笑するレゴラスに、ただフロドは訳がわからず目を白黒させる。
これほど感情を露にするエルフなど見たことが無い。
「いやいや……全く、君は本当に、凄い人だよ、フロド。ギルドールにそんなことを言わせることが出来る者など
世界広しといえども君だけだ。たとえ偉大なるヴァラでも無理だろう」
「??よくわからないんですが……」
爆笑を微笑まで抑えた、レゴラスはフロドの肩を優しく叩く。
それでいいのだと。
(――― 放浪のエルフは、他のエルフ以上に他者への関心が低い。興味があるもの意外は全て同じ。
気にとどめることもなく、通り過ぎていく風と同じ)
『退屈だ』などと、憎まれ口をわざと叩くほど、彼はホビットを『気にかけて』いたのだ。
もちろん、レゴラスにはそんなことをわざわざ教えてやる親切心は無い。
だから賢くも、愛するべく純粋なホビットを安心させるような微笑を浮かべた。
「それでは、そろそろ館のほうへ帰ろうか。ガンダルフが角を生やしているかもしれない」
「レゴラス……」
「また誘ってもいいかな?」
「はい。レゴラスさえ良ければ」
フロドも、穏やかに微笑んだ。