Never Ending Story 5.裂け谷



「火を消せっ!」
 
 アモンスールの見張り台。
 夜を過ごすためにやってきたここで、ホビットたちはそのうかつさを再び発揮した。
 
 フロドが気づき、声を掛けたときはすでに遅かった。
 後をずっと追っていたナズグル達の姿が下に迫っている。

「早く奥へっ!急げっ!!」
 剣を手に、ホビットたちは逃げる。
 アラゴルンは、まだ見張りから帰ってこない。
 ほんの数日前までは赤の他人の、今でさえ何者か知らない相手のことを、フロドは驚くほどに頼りに 思っていることに、今さらながら気が付いた。

「この悪魔めっ!!」
 サムが剣を抜き、ナズグルたちへ果敢にも向かっていく。
 だが、ホビットたちは、アラゴルンが言ったように、ナズグルの前ではあまりに無力だった。
 ナズグルの手が、フロドに迫る。
 その恐怖に、フロドは指輪を―――嵌めた。



「ああ―――っ」

 白い影が、手が迫る。

 剣が、肩を貫いた。


「―――っ!!!!」

 鋭い痛みと、激しい熱さ……冷たい憎悪。
 体中に駆け巡るそれに、フロドは我を忘れた。



「フロドッ!!」


 そこに、異変を感じて戻ってきたアラゴルンがフロドに襲い掛かっていたナズグルを打ち払う。
 剣と松明でナズグルたちを追い払い、退かせると急いでフロドの元へ駆け寄った。

「フロド様はっ!?」
「くそっ、ナズグルの剣で刺されているっ!」

 何故もっと早く気づかなかったのか、アラゴルンは激しく悔やみながらフロドの傷を目にする。
「駄目だ、これは私では癒せない!エルフの力が必要だ!」
 小さなホビットの体はすでにぐったりとして、意識も朦朧としている。
 青い瞳の中の瞳孔も開きかけている。
 一刻の猶予もならない。

 アラゴルンはフロドの体を抱き上げた。










 アラゴルンは、フロドの体をアルウェンに託し、不安を抱きつつもホビットたちを守りながら二日遅れて 裂け谷へ到着した。
 アラゴルンが真っ先にしたのは、エルロンドに会い、フロドの容態を尋ねることだった。
 彼の体は別れたあのとき、すでにぎりぎりの状態だった。
 もし……。
 もし、最悪なことになっていれば……。

「エルロンド卿、フロドの容態は?如何なのです!?」
 アラゴルンの焦燥を感じながら、エルロンドはうむと、頷いた。
「峠は越えた。後はフロドの体力次第だ」
「……ああ」
 どっと安堵が襲った。
 ――― 彼は間に合ったのだ。

「今はガンダルフが付き添いで看ている」
「!?ガンダルフも無事だったのですか!」
 二重の喜びである。
 アラゴルンはエルロンドの御前を辞すと、フロドが眠る部屋へと足を向けた。

 部屋の周囲は静かだった。
 薄暗い部屋には、窓際にベッドが置かれ、灰色の魔法使いが椅子に座り覗き込んでいる。

「……ガンダルフ」
 名を呼ばれ、振り向いたガンダルフはアラゴルンに頷いてみせる。
「漸く会えたな、アラゴルン」
「……申し訳ありません、ガンダルフ。私は、フロドを守ることが出来なかった」
 ベッドの中のフロドの顔色は青白く、痛々しい。
「いやいや、そなただけの責めでは無い。……フロドを危険な旅に送り出したのは儂じゃからな」
「まだ意識は戻っていないんですか?」
「もうすぐじゃろう。熱も下がり、息も穏やかになった……フロドはそなたの名を呼んでおったぞ」
「私の名を?」
 ガンダルフの意外な言葉に、アラゴルンは眉をあげる。
「助けを請うような声であった」
「……フロド」
 アラゴルンは眠るフロドに近寄ると、壊れものでも扱うように恐る恐る手を伸ばす。
 目にかかる髪を払い、触れた肌は温かかった。

「傷は完全には癒えぬじゃろう……だが、フロドは辿り着いた」
「指輪は・・・どうしたのです?」
「まだフロドが持っておる……他の誰にも、それは扱えぬゆえ」
 ガンダルフの痛ましい視線が注がれた。
「重い運命が待っておる……じゃが、選ぶのはフロド。誰も無理強いは出来ぬ」
「……。……」
 アラゴルンは、そっとフロドの小さな手を握り心の中で誓った。




 (君を守ろう。例え君がどのような道を選ぼうと、命をかけて私は君を守る……フロド)




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