Shed tears


「ところでさ、何でお前グラスランドなんかに居たんだ?」
 シーナは山と積まれた書類に強制的に目を通させられながら、横で優雅なひと時を過ごしているダナに尋ねた。
 
 ダナの手がぴくりと動く。
 だが、書類に目をやっているシーナは気づかない。

「ルックがレックナートのところ、家出したんだ」
「・・・・・。・・・・はぁぁ!?」
 予想外の返事についついダナのほうを向いてしまったシーナに呪い人形から光線が発射される。
「うわっ」
 危ういところで避けるシーナ、あと5ミリ内側だったら鼻をかすっていた。
「・・・・・・・」
 こいつめっっとシーナは呪い人形を睨むが相手は無機物。
 静かなものだ。
 そのくせシーナがさぼり出す気配を感じると途端に殺人光線を発射してくるのだから全く始末に終えない。
 こんなものを持ち込んでくれたダナに腹が立ってしょうがないが、言い合い、ましてや戦闘でダナに叶うわけがないので泣く泣くシーナは書類に目を戻した。

「頑張ってね、シーナ。全部終わったら遊んであげてもいいから」
 にこにこ。にこにこ。
「・・・・・・・。せんぜい頑張るさ・・・」
 シーナの声には疲労が滲んでいた。









「で、ルックが家出したってはのはどういうことなんだ?」
 山となった書類を根性で片付けたシーナは漸く休憩を許された。
「うん。久しぶりに会いに行ったらいつもみたいに、洗濯物干してる姿が無かったから ついに家政夫が嫌になって家出したのかと思ったんだけど。レックナートが言うには自分の出生を知ってしまったからとか言ってた」
「洗濯物干してるて・・いつもかよ・・・」
 ちょっとルックに同情してしまう。
「だいたいね。あとは料理してるとか、掃除中とか・・・。それで、レックナートがルック が居ないと色々困るっていうもんだから、探してみたら、どうもグラスランドあたりに居るみたいで・・行ってみたんだ」
「ふーん・・・お前がタダでそんなことするとは思わないが・・・報酬は?」
「嫌だな、僕だって偶には人助けするよ」
 にっこり笑う。
「で?」
 シーナは厳しく突っ込んだ。
「一年間、三食昼寝つき。おまけにおやつもあり。無料で
 やっぱりな、と納得するシーナ。さすがに付き合いが長いだけある。
「でもお前がここに居るってことはルックは見つかったのか?」
「うん。一応」
 ずずず、とダナはシーナの秘書が用意してくれた緑茶をすする。
 やっぱりお茶は緑茶に限るよね、とかジジ臭いことを言いながら。
「一応?連れ戻すのに失敗したのか?」
「失敗したっていうか・・・・」
 珍しく言い渋るダナの湯のみを包む手が僅かに震えている。
 










「ルック――――――― 死んじゃったから」









 ・・・・・・・・・・・・・は?
 シーナはダナの言葉の意味が瞬時には理解できず、呆けた表情をさらす。
 だが、その意味するところに、徐々に顔が真剣味を帯びた。
「は、はははは、あいつが死んだなんて冗談が過ぎるぜ。あいつがそんな簡単に死ぬたまかよ。しかもお前と同じ真の紋章持ってるだろ」
 そうだ。
 死ぬわけが無い。
 またからかわれたのか、と苦笑してダナを見るが、ダナはうつむきいつもの悪戯が成功したときに見せる笑みは浮かんでいない。
「シーナ、真の紋章は不老を与えるだけで、必ずしも不死というわけじゃないんだ。テッドもこの紋章を持ってたけど・・・死んだだろ?」
「・・・・・。だが・・・あいつが・・・」
 ルックがダナを置いて逝くなど・・・シーナには信じられない。
 誰にでも憎まれ口を叩くか、無愛想に無視するか、そのどちらかの態度しか示さないあのルックは、ダナにだけは普通に口を聞いていた。
 ダナの身を石版の前でいつも密かに案じていたことをシーナは知っている。

「あいつが・・・あいつが死ぬわけがない!」
「確かに僕はルックの死体を見たわけじゃない。でもフッチが僕に嘘をつくとは思えないんだ・・・」
「・・・フッチ?」
「フッチも彼女と同じく108星に入ってたんだよ。最期の戦いのメンバーに入っていた らしくて・・・ルックを探しに来たんだって言った僕に話してくれた・・・」
「・・・・・・・・」
 ダナはうつむいたまま、淡々と語る。
 言葉も無い、とはまさにこのことだとシーナは思った。
「シーナにも伝えておかないといけないと思って・・・友人だから」
「・・・っ!!」

 ダナの湯のみに何かが落ち、揺れた。


「ずっと一緒に生きていくんだろうな、て思ってた・・・」
 ぽつりと零したダナはシーナの目に酷く儚く映った。
 それにシーナは酷い衝撃を受ける。ダナが、ダナが泣いている。こいつを、泣かせた。
 あいつが――― ルックが。
 くらり、とシーナを眩暈が襲う。怒りと、奥底に沈めていた執着という衝動が……絶好の機会だと。逃すな、と。
 荒れ狂うそれを、シーナは血が滲むほどに拳を握りしめることで、耐えた。

「・・・なよ」
「・・・ん?」
「あきらめるなよ。お前はあいつの死体を見たわけじゃないんだろ?あいつのことだ。どっかでしぶとく生きてるかもしれない。今はお前の目の前に居なくても・・・」
 シーナは昔と変わらないふてぶてしい笑いを浮かべる。
「シーナ・・・」
「そんなに他人の言葉を素直に鵜呑みにするなんてお前らしくないぜ?」
「・・・・・・。そうかもね」
 ダナが顔をぱっと上げた。



「やっぱりシーナもそう思う?あのルックがそう簡単にくたばるわけ無いよねぇ。あはは、きっとどこかでしぶとく生きてるよ。たぶんレックナートにこき使われるのが嫌になったんだろうな・・・僕も捕まらないうちにさっさと逃げよ」
「おい゛」
 さっきまでのシリアスモードはどこに行ったのか。
 ダナはけらけらと笑ってルックの死を否定してしまう。
「トランにはまたしばらく戻って来ないと思うけど元気でね、シーナ。ちなみに今度くる 時にはあの例の部屋がなくなってるといいんだけどね・・・ホント。あれ見る度に 破壊衝動にかられて困るんだよ・・・いっそ壊してから出て行こうかな」
 笑顔で恐ろしいことを呟くダナをひきつる笑顔でシーナは見送る。
 しかし、たとえダナがあの部屋を壊そうともシーナの父であるレパントは根性で新しく作り直すだろうこともまた火を見るより明らかだ。

 どっちもどっちかもしれない。

「ま、いいか。シーナも浮気はほどほどにしなよ」
「だから浮気なんかしてねーっつぅの!」

 ダナは立ち上がり、扉に手をかける。







「・・・いつまでも待ってる。寂しくなったら帰って来いよ」


「・・・馬鹿だね」





 パタン、と静かに扉は閉じた。