Everything is clear


「やぁ、奇遇だね」
 そう声を掛けられて、まさにフッチは驚きすぎて言葉を失った。








 苦い思いを残したルックとの戦いを終えて、ブライトの背に乗り竜洞にかえる途中、何の気なしに 休憩に立ち寄ったグラスランドの小さな湖。
 そこで彼は昔と変わらぬ姿でにこやかにフッチに手をあげて声をかけてきた。

「だ・だだ・・・だ・・・・」
 言葉にならない。
「嫌だなぁ、僕のこと忘れたの?そんなにボケる年でも無いよね?」
 当たり前ですっ!と叫ぼうとも声にはならない。
 とりあえず、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせてフッチはすーはーと深呼吸した。
 横に居るシャロンが突然現れた少年ばかりでなく、フッチにまで不審な眼差しを向けている。

「ダナさんっ!」

「ようやく、僕の名前を呼んでくれたね」
 嬉しそうに最上の笑顔で言われて、フッチはぽぅ~と我を忘れた。
「・・・だれ?」
 そんなフッチの服の裾をシャロンがくいくいっと引っ張る。
「あ、えーと・・・」
「今日は、君はミリアの子供かな?」
 どう答えていいか困っているフッチをよそに、にこにことダナは屈んでシャロンと目線をあわせ、 ”僕の名前はダナ、君のお母さんとは古い知り合いなんだ、よろしくね”と挨拶している。
 普段恐ろしいほどに活発なシャロンも突然現れた超絶綺麗な少年にとまどい、フッチを見上げてくる。
「本当だよ。ダナさんは・・・その、古い知り合いなんだ」
 フッチの言葉に元々言った本人のダナがぷっと吹き出した。
「ダナさん・・・」
「ごめんごめん。ん~でも久しぶりだね・・・かれこれ15年ぶり?」
「うそっ!」
 そうですね、と答えようとしたフッチを遮ってシャロンが叫んだ。
「あんたなんかどう見たって子供だろ!」
 あわわ、とフッチは慌てる。ダナに対してのあまりに乱暴な言葉遣いに気が遠くなる。
 ダナはそんなことを気にする人間では無いが・・・ミリア団長に知られればお仕置き間違いなしだ。
 ああ、何でこんな乱暴に育ったんだろう・・やっぱり周りが男ばかりっていうのはよくなかったのか。
 混乱し、反省会に入ったフッチをよそにダナは相変わらずにこにことシャロンに話しかけていた。
「ん~、こう見えても僕はフッチより年上なんだけど」
「えっ!?どう見たって年下だろ!僕のほうが近いよ!」
「僕って童顔だから。よく若く見えると言われるんだ」
「じゃあ何歳なんだよ」
「それは・・・」
「それは?」

ひ・み・つv

「何だよ、それっ!!」 

「だ、ダナさん・・・」
 シャロンとダナのやりとりを眺めていたフッチはダナの言動に力が抜けそうになる。
 童顔て『ひ・み・つv』て・・・・・
 
「レディに年は聞いてはダメなんだよ」
「え?あんた女?」
 シャロンはうっと詰まった。
 確かにダナは近年まれに見るどころか、人類史上稀に見る美形と言っていい。だが・・・・
「ううん、男」
「っ!!」
 からかわれたと思ったシャロンの顔がかっと紅潮した。

 凄い。やはり凄い。
 あの・・誰もが扱いかねていたシャロンを手の上で遊んでいる。
 いつも・・・いつもいつもいつもいつも、強気のシャロンに成す術もなくなし崩しに言うままに動かされているフッチは改めてダナの凄さに感じ入った。

「ところで、フッチ」
 怒って追いかけるシャロンをひょいひょいと軽い仕草で巧みに避けながらダナはフッチに話しかけた。
「は、はい?」
「竜洞に戻るところ?」
「あ、はい」
 どう足掻いても指一本触れることのできないダナにシャロンが手と足も参戦させる。
 ダナの優美な動きにそれは、何だか・・・シャロンには可哀想だが不具合のあるバッタのようだ。
「僕も乗せていってくれないかな」
「へ?」
「ダメだっ!」
 予想外のセリフにフッチは首を傾げ、無断でついて来たはずのシャロンが否定の言葉を叫んだ。
「ダメかな?定員オーバー?」
「いえ、そんなことないですっ!けど、トランですよ?」
「うん。シーナに用があるからね」
「・・・ああ」
 確かにこの人とシーナ・・・今はトランの副大統領の地位にある人物は仲が良かったと思い出す。
 それにしたって、これまで統一戦争が終了して以来15年・・・ダナがトランに姿を現したという話は 噂にも聞かない。たぶん、戻っていないはずだ。
 それが今になって・・・何故?
「ふふ、フッチは大きくなっても変わらないね。思っていることが全部顔に出る」
「え!?あ・・・そ、その・・・」
 憧れ、崇拝、憧憬・・・そんな対象の人物に笑われてフッチの顔に血がのぼる。
 いい加減、いい年なんだからとは思うが・・・目の前の人があまりに変わらないので自分まで初めて出会った頃のままな錯覚に陥ってしまう。
 昔からそうだった。ダナの前ではフッチは言いたいことの半分も言えたためしが無い。

「シーナに二つ用があってね・・・一つはちょっとお仕置きに」
 お仕置き?いったい何を仕出かしたんだろう・・・
 ダナがそう言うからにはシーナがそれだけのことをしたと信じて疑わないフッチ。
「もう一つは・・・」
 ふ、とダナの笑顔が翳った気がした。
 どうしたんだろう、と今ではダナの背を遥かに超えたフッチが伺うように顔をのぞきこむ。
 だが、ダナは何でもないとばかりに柔らかく笑うとぽつり、と落とした。

「前なら簡単に帰れたんだけどね・・・」
「・・・?・っ!?ダナ・・・さん・・・」
 まさか。
 
(ダナさんは知っている!?ルックが死んだことを?)

 目を見開くフッチに、ダナはにこにこと笑い・・・もう一度フッチに”乗せてくれるかな?”と聞いてきた。

「・・・はい」
 フッチはそれだけしか言えなかった。












「ありがとう、助かったよ」
 竜洞の入り口でブライトから下りたダナが頭を下げる。
「そんな!でもグレッグミンスターまで送っていかなくてもいいんですか?」
「さすがに竜で行くと目だってしょうが無いからね。ブライトも長旅をして疲れただろうから早く休ませて あげて。だから僕はもう行くよ。ここで話してるとミリアに見つかるから。元気で、フッチ。シャロンも元気でね」
「ダナさん・・・」
 それでもダナの傍から離れようとしないフッチに、ダナの顔に苦笑が浮かんだ。
 ちなみにシャロンはブライトの背の上でぷいっと横を向いている。口で勝てなかったのが相当悔しかったらしい。

「僕は大丈夫・・・ありがとう、フッチ。会えて本当に嬉しかった」
「ダナさんっ」
 深くにも目頭が熱くなり、涙が浮かびそうになったのをフッチは必死で押し留めた。
 泣いてもいいのは自分じゃない。

「フッチはいい子だね」
「ダナさんっ僕、もう子供じゃありませんっ」
「そうだね、立派な大人になった・・・」
 しみじみと呟かれ、慈しみに満ちた眼差しを注がれる。
 もう十分に・・・子供が居ても不思議ではないくらいの年齢になったというのにダナにこうして見つめられ ると、自分が幼い子供のような気がしてならない。
 いたたまれないような気もするし・・・不思議と幸せな気分でもある。


「それじゃぁ、元気で」
 別れの際、ダナは決して”またね”とはつけない。
 いつも二度と会えない覚悟をして、ダナは去っていく。
 どうしようもなく寂しい。
 だが、フッチはその姿を見送ることしか出来ないのだ。







「またなっ!」

「っシャロンっ!?」

 そんなフッチの背後でシャロンの大きな声がした。
「勝ち逃げは許さないからなっ!」
 いったい何の勝負なんだかわからないが、シャロンは去り行くダナに叫んだ。
 ダナが振りかえる。

 にこり、と笑った口が・・・”またね”と動いた気がした。