Handsome


 同盟戦争が一段落して半年ほど経ったころ。父親のレパントの手を振り切ってシーナはふらふらと群島諸国にまで足を伸ばしていた。その理由はシーナらしい。前は北方美人を求めて北上したから、今度は南国美人を求めて南下した・・というところ。レパントは、いい加減シーナに落ち着いて欲しいと思っているらしいが、シーナ自身はまだまだ遊びたいざかり。どうせいつかは落ち着かなければならないのだから、遊べるときに遊んどけ、とはシーナの言い分である。

 そんなシーナの目の前で、誰かが数人の男に囲まれていた。男たちに阻まれて囲まれている本人は見ることが出来ない。
「ちょっとだけでいいんだって、な?」
「そうそう、あんたみたいな美人見たことねぇよ」
「オレらといいことしようぜ?」
 何てありふれたセリフを吐く男たちだろう、とシーナは呆れた。
 しかし、シーナの耳は確かに男たちの一人が発した『美人』という単語をしっかり拾っていた。
 これぞまさしく運命の出会い!
 悪漢に絡まれている美姫を助けるヒーローなんて。
「おいおい、兄さんたち」
「あ?」
 背後から掛けられた声に、男たちが不機嫌な表情で振り返る。
「あぁ?何か用か?」
 解放戦争の頃だったなら、『ガキはすっこんでろ』と言われるところだが今やシーナはすっかり好青年(外見は)に成長していた。幼い頃は母親似といわれていた顔も成人を控え、父親であるレパントの精悍さが表に現れてきていた。身長も伸びて、男たちとそう変わらない。ただ体格だけが細身で侮られる要因になるかもしれない。
「嫌がる女の子を無理矢理つーのは良くないぜ?」
「何を?」
「よそ者はすっこんでろっ!」
 しかし、言われるセリフにそう違いはなかった。
「ここで大人しく引くようなら元から声なんて掛けてないって」
 凄む男たちに怯むことなく、シーナは軽く笑う。
「何だとぉ?」
「兄ちゃん、ちーと痛い目みねぇとわからねぇようだな?」
「ここらの流儀を教えてやるぜっ!」
 ここらも何も、世界共通でこの手のゴロツキの行動はワンパターンだ。シーナは打ち出された拳を余裕でかわし、鳩尾にカウンター。げふっと息を吐いて男が無様に転がった。
「この野郎っ!」
「よくもやりやがったな!」
 仕掛けてきたのはそちらのほうなのだが、そんなことを言ってもきかないことはわかりきっている。
「おっと」
 ひょいひょいと両側から襲いかかってくる男たちを避けて、軽く足を掛けてやれば勢いあまった男たちはもつれあって地べたに倒れる。そしてシーナは背後から男の一人の腕をひねり上げた。何とか抜け出そうと男はするがシーナは笑みを浮かべてびくともしない。
「いてててっ!」
「さて、どうしよ?まだやる?」
「くっ」
「やるなら・・・こっちもそれ相応に相手しないと駄目だけど?」
 その男の目に見えるように左手に宿している雷の紋章を見せた。
「ひっ」
 あっさりと戦意を喪失してくれた男を投げ出した。
「お、覚えてやがれっ!!」
「はいはい、2,3日はね~」
 仲間に助け起こされながらのお決まりのセリフに、シーナは律儀に応え手を振ってやった。

「さてと、お嬢さん。大丈、夫・・・あぁぁぁっ!?
 ふっと顔を(女性使用に)整えて助けた『美人』を確認しようと振り向いたシーナは大口を開け、震える指でその『美人』を指さした。
「おま・・・おま・・お前っ」

「やぁ、シーナ。助けてくれてありがとう」
 そこで確かに類稀なる美貌に笑顔を浮かべていたのは、行方不明中のトランの英雄様だった。












「くっそ~お前だって知ってたなら助けになんて入らなかったのによぉ、オレの『運命の出会い』を返せ~っ!」
「あはははは」
 近くの食堂に入り、とりあえず注文をかけたところでシーナがダナへの苦情を吐き出した。
 それを笑顔であっさりスルーさせる。
「いつもしてるバンダナはどうしたんだよ、髪下ろしてるから誰だかわかんなかったんだよ。このオレの胸のときめきをどうしてくれる!?」
「別の意味でときめかせてあげようか?」
「すみませんごめんなさい」
 解放戦争の頃には同い年だった二人も、ダナが真の紋章を所持し不老の身であるために外見上、4,5歳はゆうに離れて見える。美青年が美少年に平謝りする図は非常に目立った。
「でもさ、お前こんなところに居たのか。確か、親父が前の戦争が終わりそうになった頃、お前がまた姿消すんじゃないかってかなり警戒して兵士を貼り付けてたらしいけど」
「あはははは」
 一笑されてしまった。
 そりゃそうだ。いくら兵士をつけたとしてもダナの意思を曲げられるなど絶対に不可能だ。
「シーナこそ、レパントに捕まってたでしょ?」
「・・・・・」
「女性に釣られるなんてまだまだだというか、シーナらしいというか」
「ちょっと待て、何でお前が知って・・・さては、お前が謀ったのかっ!?」
「さぁ、どうだったかな~」
「・・・くっ」
 シーナが拳を握る。
「まぁ、どうあれシーナは見事に逃げ出してうろうろしてるようだからいいんじゃない?」
「・・・ソウデスネ」
 ほんの数分の会話だというのにシーナの顔に疲れが滲み出していた。
「そういえば、グレミオさんは?」
 気を取り直したシーナが周囲を見渡し、見慣れたダナの従者の姿が無いことに首を傾げた。
「ああ、一月ほど前に巻いた」
「・・・・」
 泣いて『坊ちゃ~ん』と叫びながら探し回っているグレミオの姿が浮かび、シーナは同情せずにはいられない気持ちになった。
「あいつ鼻がいいから、そろそろ見つけられそうだけどね」
「それもある意味凄いな。親父が知ったら、是非にって雇い入れそうだぜ」
「シーナが言わなきゃ大丈夫だよ」
 にっこり。
 シーナの背に冷や汗が流れた。
「そ、そう言えばローラントの奴もお前のこと探してたぞ?」
「ああ、半月ほど前に会ったよ」
「へぇ。元気だったか?」
「うん、余りあるほど。いきなりプロポーズなんてするから半殺しにして逃げた」
「・・・・・」
 もはやどこに突っ込んでいいかわからない。
「相変わらず、みたいだな」
「半年ぐらいでそうそう変わらないよ」
 おかしそうにダナがくすくすと笑う。
「元気そうだね」
「まぁな。お前も」
「うん」
 落ち着いたところに、料理が運ばれてきた。


「やっぱ、南の料理はオレたちにはちょっと濃いな」
「そうだね。トランは割とハルモニアの風習が色濃く残っていて味つけも似てるから薄味だよね。同盟も似てたし」
 さすがに貴族出身だけあってダナの舌は肥えている。確かだ。
 それなのにナナミの料理を『まぁ、美味しいよ』と食べられるのが理解できないが。
「そのうち慣れるよ。しばらくこっちに居るつもりなんでしょ?」
「・・・何で」
「南国美人とのアバンチュール」
「・・・・・」
 途端に艶めいたダナの顔に、ぎくりとシーナが身を強張らせた。
「いいんじゃない。無茶できるのって若い頃だけだし」
「・・・お前が言うなよ」
 げっそりと疲れた様子で、フォークを遊ぶ。皿から転げ落ちそうになったじゃがいもを慌てて戻した。
「そういうお前はこっちに何か用でもあったのか?」
「ん、まぁ母親のお墓参りかな」
「え!?」
「・・・て言うのは冗談だけど」
「お前なぁっ」
 一瞬神妙になった気分を瞬く間に打ち砕かれてシーナが肩を震わせる。
「シーナ、前々から思ってたんだけど、ちょっと騙されやすすぎない?」
「オレが騙されんのはお前だけだっ!お前のその顔で言われると冗談と本気の区別がつかないんだよ!」
「失礼だな。傷つくよ」
「嘘つけ、それを利用してるくせに」
 聞かなかったふりでダナはティーカップを口に運んでいる。
 シーナはそんなダナの姿を見ながら、『都合が悪いことは口開かないんだからなぁ』と苦笑する。
 冗談と本気の区別がつかないと言ったが、ダナが冗談で誤魔化そうとするときは一方で触れて欲しくない ことがあるときだ。いい加減付き合いも長くなれば、そのくらいわかってしまう。
「そう言えば、シーナ。アップルはどうしたの?」
ぶっ
 口に含んでいた珈琲を噴き出した。ダナはしっかり被害を回避している。
「どっどうしたって・・」
「結構本気でアプローチしてたでしょ」
「!!・・・・」
「まぁ、今のシーナじゃ、アップルが相手してくれないと思うけど。本気の相手を落としたいならちゃんと働いてしっかりしたところ見せるんだね。僕にとってアップルは妹みたいなものだし、こんなところでふらふらしてる風来坊にあげるのはちょっとねぇ」
 何でこう、英雄様は人の痛いところを的確すぎるほどについてくるのだろうか。
 シーナは驚愕と溜息を大量に飲み込んだ。
「真面目に働くっていうなら、アップルの居所教えてあげもいいけど?」
「なっ・・何でっ」
「ローラントがね、シーナが思いっきりフラれてセンチメンタルジャーニーに出かけたみたいですって面白おかしく話してくれてね。ついでにアップルが向かった先も教えてくれたんだよ」
 ローラントぉぉぉっ!!!!
「あの調子だとあること無いこといたるところで話てるんじゃないかな」
 つまりシーナの恥は仲間内に知らぬところないほど広まっているということだ。
「・・・・・・・本気でやさぐれそうだ」
 テーブルに打ち臥したシーナの頭をダナがなだめるようにぽんぽん叩く。

「本当に大事なものを見誤らないようにね」

 真摯で慈愛に満ちた言葉と声にシーナがはっと顔を上げたがダナの表情はいつもと変わりなく、面白そうにシーナを見つめるのみ。

「・・・お前には敵わない」
「今更気づかれても」
「少しは否定しろよ、おい」
「事実だし」
「はいはい」
 くすくすと笑い続けるダナにシーナは全面降伏した。













 翌朝、二日酔いの頭を抱えて(前夜ダナと飲み比べをした)目を覚ましたシーナの枕元には一枚のメモが置かれていて、ダナの姿はどこにも無かった。たぶん、居なくなるだろうなと予想はしていたが、あらためて突きつけられた事態に少しへこむ。まぁ、メモが残されていただけよしとしよう。




『灯台下暗し』




 ちょっと真面目に生きてみようかな、と思ってしまったシーナである。