ベネチアングラス


 ティンッ・・・と澄んだ音が響いた。
 グラス同士を打ち合わせるのは無作法ではあるが、ダナはこの何とも言えず澄み切った音が、グラスの中を 揺らす酒により一層の深みを与えるようで、好きだった。
 わずかに口に含むと、冷ややかな液体が喉をくすぐり、甘い痺れとともに、喉を下りていく。


「マクドールさんっ!それそれ、何飲んでるんですかっ!?」
 興味津々と目を輝かせて訪ねるローラントの手にあるのは、オレンジジュース。
 未成年である軍主には軍師よりアルコール禁止令が下されていたため、たとえ酒場でもローラントは その類のものを一切口にすることは出来ない。
「これ?」
「はい!」
 ダナは不思議な微笑を浮かべた。
 薄暗い黄色の明かりの下でも褪せることのない、その美貌にローラントはぽぉ~と見惚れる。
「ブルームーン、といったかな」
「ブルームーン、綺麗な名前ですね!」
「うん。まぁ、これには別の意味もあるんだけどね」
「別の意味、ですか?」
「そう。”できない相談”ていう意味がね」
「できない相談?」
 不可解なローラントの顔に、ダナは再び微笑する。
「女性が男性に誘われたとき、その気が無いときに頼むカクテルなんだよ。だから”できない相談”」
「へぇぇ・・・・・て!?もしかしてそれをマクドールさんが頼んでるってことは・・ことは、僕の誘いには全然 その気がないってことなんですかぁぁっっ!?」
 慌てふためくローラントに、ダナは口角をあげ、グラスを持ち上げた。
「そういう意味にして欲しいかい?」
「嫌です!ぜーーったい駄目ですっ!」
 必死で言い募るローラントに、くすくすとダナは笑いころげた。
「違うよ。僕がこれをよく頼むのは綺麗、だからかな。グラスの中の青い液体は光の屈折で様々な 色に変化する・・・見ていて飽きないだろう?」
 言いながら、ダナはローラントにグラスを傾けてみせる。
「ええ確かに。綺麗ですね・・・でも!」
「ん?」
「マクドールさんのほうがずっとずっっっと、何倍も綺麗ですっvvv」
「・・・・・。そうかい、ありがとう」
「あうあう・・・あっさり流されてしまった」
 何度ふられても諦めず真正面からダナにアタックし続けるローラント。当たって砕けろ、というまでもなく、 すでに砕けてこなごななのだが、その破片を拾い集めては再び挑戦してくる。
 その努力と根性と・・・執念深さだけは、賞賛に値すると心の中でダナは評価していた。
 だいたい、ローラントはぱっと見た目、素直そうな元気のいい少年に見えるが・・事実、概ねその通りなの だが・・芯のところで一筋縄ではいかない食わせ者な性格も潜んでいる。
 だてに天魁星として選ばれたわけではないということか・・・。

「マクドールさんは、僕のことどう思ってますか?」
「さぁ、どう思っているんだろうね」
「意地悪言わないで、教えて下さいよ~~~~」
 あくまでつれないダナに、ローラントが半泣き状態になる。


 (この・・・ブルームーン、とグラスのように・・・飽きないものというところかな)


 ダナはそっと心の中で呟き、グラスを傾けた。