Blue EX
「・・・・・。・・・・・・」
何が。
いったい。
どうして、こんな状況になっているのか。
フリックは目覚めた瞬間、至近距離にあった美貌に混乱しつつ、固まっていた。
っいや、待て!固まってる場合じゃないっ!
(何だって、何だってこいつが俺の隣で・・・しかも同じベッドで寝てやがるっ!?)
ばくばくと恐ろしい勢いで脈を打つ心臓が喉元までせりあがってきそうだった。
フリックは震える手でシーツをそっと持ち上げてみる。
「・・・・・・。・・・・・」
下は履いている。
フリックは大きく肩の力を抜いた。
最悪の事態は免れた。
「何してんの?」
「っ!?」
フェイントのように掛けられた声にフリックは文字どおり飛び上がった。
「い、いいいいい、いやっ・・っ」
「??」
ろくな単語も綴れないフリックの額に汗が次々と浮かぶ。
今までさんざんいじめ・・いや、いびら・・・いや、鍛えられてきた相手だけにどんなことを言われるのか想像も出来ず、恐ろしさが募る。
「あーっ」
びくっ、とフリックが震えた。
「もしかして・・・フリック、昨日のこと全然覚えてないね?」
「えっは、いやっ・・・っ」
(昨日っ!?・・・何かあったかっ??)
ダナの言う通り、フリックには全く心当たりのある記憶は無かった。
「ふ~ん・・・教えて欲しい?」
頭を抱えたフリックをダナがのぞきこみ、見惚れるような笑顔を浮かべる。
知りたいのは山々だが、”世の中には知らないほうがいいこともある”とのことわざもある。
・・・・・と思いたい。
「いや・・・遠慮しておく」
「そんなこと言っていいのかな。結構、昨日はギャラリーも居たしこの部屋から一歩出たら、たぶんフリック、時の人だよ」
「何!?」
(本気で、俺はいったい何をしたんだっ!!)
「僕も、フリックがあれほど積極的な性格だったとは知らなかったよ。まさかあんなこと言うなんてね。
しかも」
ダナは口に手を当てて、笑い出した。
「いや~、ちょっと昨日のアレはフォローしきれないと思うよ。僕は気にしないけどね、酒の上での話
だし・・・僕は、ね」
「・・・・・。・・・・・・」
つまり。
ダナの信奉者ならぬ、同盟軍軍主ローラントばかりでなく・・・悪友コンビも部屋の外には待ち受けているというわけだ。
「あの・・・いったい、俺は、何をしたんでしょう・・・?」
フリックの問いかける口調が何気に丁寧になっているあたり、笑える。
「知りたくないんじゃなかったの?」
「・・・・・・教えて下さい」
「僕を抱っこした」
「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・は?」
フリックの目が点になった。
「やっぱ、お前完全に酔ってやがったのか!おかしいと思ったぜ、俺はついにやる気になったのかと
ちょっとばかし見直したんだがな。すると・・・最後までは行ってねーのか」
「何をだ、この熊」
「ははは、隠すな隠すな!」
バシバシッとビクトールはフリックの肩を叩く。
あの後、笑顔で『僕、そろそろ家に帰らないとグレミオ煩いから』と窓から出て行ったダナはきっと
正攻法で出て行って余計な騒ぎに巻き込まれるのを避けたのだろう。
かなりの高さからも軽やかに地上に降り立つとトランへ向けて去って行った。
唖然としつつも、フリックは同じように窓から脱出をはかり訓練場に顔を出したのだが・・・。
そこでビクトールに捕まった。
「何せ、『こいつは俺のだ』、だもんな!一瞬酒場が静まったぜ」
「・・・は?」
「あ?ダナに教えてもらわなかったのか?」
「いや・・・」
フリックがやったことは教えてもらったのだが、それはどうやら事件(?)の全貌ではないらしい。
フリックはビクトールに詰め寄った。
「あー、昨日は酒場が結構込んでてダナはカウンターに座ってた。そこへ赤騎士の野郎が現れて
ダナの隣に座って何か話しはじめた。何を話してたかはわからねぇけど、結構楽しそうだったな。
は?よく観察してるな、て・・・そりゃ、おめぇ。お前が二人のことが気になってこっちの話なんて
気もそぞろで意識飛ばしてやがるから、自然に俺までつられたんだよ」
「・・・。・・・」
「お前、そのとき二人のことが気になって何飲んでたかもよくわかってなかったんだろ。ジーナが
面白がって出してきたやたら強い酒をがんがん飲んでたぞ」
「・・・。・・・」
「で、しばらくして急にお前が立ち上がるから何事かと思ったら二人のほうへ歩いていくだろう。
いったい何をする気なのか見てたら・・・『こいつは俺のだ』て、赤騎士に言うや座ってたダナを
抱き上げて酒場を出ていくだろ・・・すっげー静かだったぜ、あのとき。あのダナさえお前の顔見て
驚いてたもんな。で、その後のことは知らないんだが・・・一緒に朝寝してたってこたぁ」
「か、勘違いするなっ!!」
フリックは大慌てで否定する。もしこんなことが軍主・・・ローラントの耳にでも入ればフリックの身は
夕方・・いや、昼にはデュナン湖に浮かんで・・・いや、沈められているに違いない。
「酔いつぶれたのか、残念だったな」
「・・・黙れ」
くっくっくと笑う戦友にフリックは不機嫌に唸る。
『まぁ、殺されなかっただけましというものでは無いか』
ビクトールの脇に立てかけられていた星辰剣がぼそり、と呟く。誰にとは言わずもがな。
「何のかんの言ってもダナの奴はフリックに甘いからな」
「・・・あれのどこが」
「いや、考えてみろよ。あのダナだぞ。普通の奴だったら再会した時点で俺たちは殺されてたぜ。
無視するだけで許してもらえただけ、まぁ昔のよしみってやつで甘くみてもらってんだろ」
「・・・。・・・」
ビクトールの言葉を聞くと、ダナが冷酷非常の酷い人間に思えてくる。またそれを完全に違うと
否定できないのが悲しいところだ。
「ま、当分風当たりは強いだろうけど覚悟しろよ?」
「・・・・・わかっているさ」
憮然とした表情でフリックは腕を組んだ。
「お帰りなさい、坊ちゃん」
「ただいま、グレミオ」
トラン、マクドール邸に帰宅したダナはまず、グレミオの居るキッチンへ顔を出した。
「何か楽しいことでもありました?」
「どうして?」
「顔に書いてあります」
グレミオに言われ、ダナは浮かべていた笑顔をますます深いものにした。
(さて・・・これからどうやってフリックと遊んであげようかなぁ・・・やっぱローラントにはあること
無いこと吹き込んで・・・くくっ、楽しくなりそう!)
フリックに平和な日々が訪れるのは当分先のことになりそうだ。