Instruction
「次っ!」
「参りますっ!」
同盟軍ウェールズ城の脇にあるトラン義勇軍の兵舎は、いつになく賑わっていた。
兵士たちが輪になり、中央には彼等が崇める緋色の衣の少年が、漆黒の棍を手に舞っていた。
―――否。
彼は兵士たちに指南を請われ、偶にはと機会を設けたのだ。
「脇が甘いっ!手元ばかりを見て、周囲に注意を払うのを忘れるな!」
「はいっ!」
教示される言葉に、兵士たちは無上の喜びを隠しきれず返事をかえす。
ダナは相手が剣であろうと槍であろうと、足らない部分に的確な指示を与えながら棍を振るう。
すっと喉元に棍が突きつけられた兵士は、はっと息を呑んだ。
「ま、参りました!」
「うん。中々筋がいい。後はもう少し回りに注意を払うこと」
「はいっ!ありがとうございました!」
武人らしい闘志溢れる姿は、平素のたおやかな風情が一掃され、さすがは解放軍を率いたリーダーと
誰しもが納得するほどに勇ましい。
兵士たちも二度とは無いかもしれない僥倖に、我も我もと押し合い圧し合い順番を狙っている。
すでに50を下らぬ人数を相手にしているダナだが、疲労した様子も無く、麗しの顔には汗一つ浮かんで
いない。棍を振るう腕も鈍ることなく、軽やかで鋭いままだった。
「次・・・て、フリック?」
兵士の間を縫って現れた姿は、傭兵隊長のフリックだった。
「――― 相手をして貰えるか?」
いつものニナという少女から逃げ回る情けない姿では無く、一部隊を率いる隊長にふさわしい姿で
『オデッサ』と銘をつけた剣を鞘から抜いた。
少し驚いた風のダナだったが、すぐに微笑を口元に乗せる。
「もちろん」
二人は礼儀にのっとり、相手に向かって礼をした。
騒々しかった兵士たちも静かになり、けれど一層の熱気を持って二人に視線を注いだ。
きん、と打ち込まれたフリックの剣を、ダナは難なく棍で受け止めると弾き返し、怒涛の如く連続の突き出しを浴びせた。
背後に飛びのいたフリックは、最後に一際伸びた一付きを剣で受け止める。
瞬間、二人の視線が交錯し、にやりと笑った。
そこから、二人の動きは普通の兵士ごときには目で追えぬ早さで展開される。
時折、打ち合う音で何が起こっているのかおぼろげに察することが出来るのみ。
緋色の衣と、深青のマントが翻る様を、兵士たちは口を開けて見入っていた。
「――― フリック」
「っ何だ!」
「後ろ、ニナちゃん」
「っ!?」
一瞬出来た隙を逃すほどダナは甘くなかった。
フリックの首元に、冷たい棍が寸止めされる。
「――― 勝負あったね?」
「・・・・」
「フリックは、そういう所が弱点だ。だからこそ、『らしい』のでもあるけれど」
「・・・わかっている」
甘いと言われるのは重々承知している、という顔をしたフリックにダナが艶やかな笑顔を見せる。
「『らしい』と言っただろう。それでいいんだよ、フリックは。変わって貰ったほうが困る」
「褒めているのか、それで」
「最大級に」
「――― お前には叶わん」
嘆息したフリックは剣を納め、一礼した。
「さてと、皆。悪いけれど今日はここまでにしよう」
お開きだと告げた英雄に、兵士たちの顔にはいかにも『残念!』と言った表情が浮ぶ。
だが、兵士たちにとってダナの言葉は絶対である。受け入れるしかない。
――― 恨みの鉾先は、途中から割って入りいいところを掠め取った青い人に向けられる。
「「「「「「フリック殿・・・っっ」」」」」」
「な、何だ!?」
兵士たちの据わり切った視線に、フリックがひるむ。
「フリック、皆はまだ足りないらしい」
ぽんぽんとダナに肩を叩かれ、フリックの口元がひくつく。
「こ、この人数を俺に相手にしろと・・・?」
「大丈夫」
何が!?俺はお前とは違う!
「――― 明日はお休みにしてくれるように、ローラントに言っておいてあげるから」
「そっちか!」
「皆、思う存分フリックに相手にして貰うといい」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
「おいっ!」
「いいよね?」
「・・・・・・・・・・・はい」
虫も殺さぬようなダナの笑顔だったが、その恐ろしさは解放軍時代に嫌というほど身に染みているフリックには、ただ頷くしかなかった。
「――― あいつは、本当に馬鹿だな」
「間が悪いんだよな~。ダナに相手にして貰いたいなら別の時でもいいだろうに」
「だからこそ、あいつなんだろう」
「「確かに」」
遠くフリックの様子を眺めていた、ビクトール、シーナはルックの言葉に深く頷いたのだった。