War Funds


「お金が足りません」
「・・・・へ?」




 



 重要な話があるというシュウの言葉にローラントは今度はいったいどの悪戯が バレたのかと戦々恐々としながら言い訳を色々と考えていたところ予想外のシュウのセリフにすぐには反応できなかった。
 だが、シュウはそんな軍主も気にならなかったらしく心痛な面持ちで話しを続ける。
「へ、ではありません。これは切実な問題なのです。最初の頃ならばまだしもルカを 倒し、いよいよハイランドへ迫ろうとする今、我々同盟軍も多くの兵士を抱え、その 衣食住には責任を持たなければいけません。しかし我々には税金を払う国民が居る わけでも国土を持っているわけでもありません。収入源が無いのです。このままでは ハイランドを攻める前に我々が餓死するほうが早いでしょう」
「そんな大げさな」
「これをご覧下さい」
 苦笑するローラントにシュウは一つの書類を差し出した。
「何?」
 ローラントが書類をめくると、そこにはびっしりと数字が並んでいる。
 この几帳面な規則正しい文字の並びはシュウのものだろう。
 ローラントはそれを目にしただけで頭痛がしてくる。
 数字は苦手なのだ。

「目を逸らされませんよう。ご説明申し上げます。今同盟軍内において兵一人に対し 一日最低でも100ポッチの費用がかかっております」
 100ポッチ・・僕の一週間分のおこづかいだとローラントは羨ましく思う。
 彼はまだ事態の深刻さをわかっていなかった。
「ですから、単純計算でいきますと兵数は約1万5千として」
「あー、えーと・・・15万!」
150万です」
 こんな単純な計算を間違える目の前の少年にシュウは先行きの不安を大いに感じつつ言葉を続けた。
「一日何事もなく、最低150万。もちろん戦争中ですから武具などにもお金がかかります。 また負傷兵への手当てと見舞金。兵だけではありません。ルカに侵略された同盟諸国 から逃れてきた人々への相応の補助金も出さねばなりません。もちろん他にも数えきれ ばきりが無いほど色々ありますが、ざっと見積もりましたところ」
「・・・いくら?」
「戦が1年かからないにしても4,5千万ポッチは必要でしょう」
「ふ~ん、4,5千・・・・・・・・万!?
「そうです。最低限として、です」
 ローラントは聞いた事も無いような金額に目がまわる。
 それだけあれば一生楽して暮らしていける。

「戦ってお金がかかるんだね・・・」
「他人事ではありません、ローラント殿。今現在我々は危機に瀕しているのです。その ようなわけで、ローラント殿には至急軍資金の目処をたてていただきたい」
「そ・・そんなの無理だよ!僕は5千万なんて大金持ってないし、見たことも無いもん!」
「そのようなことはわかっております。ローラント殿には何とか工面する方法を考えて いただきたいです。もちろん私も考えますし、支出は出来るだけ少なくなるように努力 したいと思います。ローラント殿にはどうぞよろしくお願いします」
「・・・・・」
 そんな無茶な、と口を開く前にシュウはさっさとどこかへ行ってしまう。
「どうしろっていうんだよ・・」
 ローラントは途方に暮れた。










「ていうわけなんです、マクドールさん!どうしたらいいんでしょうっ!?」
 困ったときの神頼みならぬダナ頼みにより城の中に居るはずのダナを探し当てた ローラントは落ち着く間もなく事情をまくしたてた。
「ん、わかったから。もう少し静かにしたほうがいいよ?」
「え?」
 ローラントはそこで初めて自分の周囲を見渡した。
 あちこちから冷たい視線がざくざくと突き刺さる。
 そう、ここは静粛に!がモットーの図書室なのだ。
「仕方ないね・・僕の部屋に来る?」
「はい!行きます!」
 マクドールさんの部屋~♪とご機嫌な軍主はすでに当初の目的を忘れていた。
 驚くべき鳥頭だ。


「そうだね、僕は軍資金に困ったことは無かったかな・・」
 所変わってダナの部屋。
 何故か部屋の主ではなく軍主であるローラントがお茶を煎れていたりするが・・・。
「ええ!?どうしてですかっ!?そんなに解放軍てお金持ちだったんですか?」
 フリックやビクトールを見る限りではとてもそんな風には見えないのだが・・。
「いや、ここと同じくらいじゃないかな?」
「だったらどうして・・・」
 ぶっちゃけダナの場合にはその立場から後援やら寄付金やらもあったので規模は同じでも同盟軍とは事情が全然違う。
 しかしそれでは、話が進まない。 「そうだね・・ほらやっぱり一番お金がかかるのは武器や防具だろう?」
「はい!ホントに・・・レベルあがることにお金もぽんぽん出ていって・・未だに武器レベル3の人とか居ますもんね!」
「それもどうかと思うけど。ともかくそういう費用はマッシュから僕が一任されていた から自分で何とかするしかないだろ?最初のうちはモンスター倒したり落としものを 売ったりしてたんだけど間に合わなくなってね」
「それでどうしたんですか?」
「ちんちろりん」
「・・・・・・は?」
「タイ・ホー居るだろ?」
「は、ええ・・・」
「彼には凄く稼がせてもらったよ」
 にこにこ、と笑うトランの英雄ダナ=マクドール。
 元々帝国の大貴族で庶民とは感覚の違う彼が『稼がせてもらった』とはいったどれほどの額になるのか・・・
「へ~、やっぱり凄いですね!マクドールさんっ!!」
「そうかな?でもタイ・ホー途中から泣いて逃げるようになって困ったよ」
「いいな~、マクドールさんに追いかけてもらえるなんて・・・」
 そこは羨ましがるポイントではなかろうと思うが人とは一つこ二つもずれた頭を持つ 同盟軍軍主ローラントに突っ込む人間は幸いにして今は居ない。
「よしっ!僕も頑張ってみますっ!!」
「うん、頑張って」
「はいっ!」
 そうとなったらシロウさんのところへっ!とダッシュをかけるローラントとにこやかに見送るダナ=マクドール。
 だが、ここできちんとローラントに言ってやるべきだった。
 賭け事というのは必ずしも勝つばかりではないということを・・・。











「ローラント殿っ!!!」
 その日の夕方、シュウの一際大きな怒鳴り声が響いた。

「何ですか!この請求書の額はっ!?」
「あ・・・えへへ、ちょっと・・・」
 笑って誤魔化そうとするローラントにシュウの眉間がぴくぴくと脈打つ。
「ちょっと、なんて額ではないでしょうっ!!私はお金を工面して欲しいと頼んだので あって使ってくれなどとは言った覚えはありませんよ!」
「あーうん・・いや、僕もそうしようと思ったんだけどさ・・やっぱり勝負は時の運っていうか」
「勝負っ!?」
「う~ん・・・うまくいくと思ったんだけど」
「・・・ローラント殿。いったい何をやったのかきっちりお話いただけますか」
 人相が鬼のように変わりまくったシュウにさすがのローラントも殊勝に頷いた。
「うん、シュウに言われてさ・・色々考えたんだけどすぐにいい案が思い浮かばなくて、 それでマクドールさんの所に行ったんだ。マクドールさんも解放軍を率いていたから お金の苦労はしたんじゃないかな~と思って・・・」
「それで?」
「そうしたらダナさんがいい方法を教えてくれて・・」
「ほほぅ・・・」
「やってみたんだけど・・」
「ちなみに何をやってみたんですか?」
「あーうー・・・・」
ローラント殿

「・・・・・・・・・・ちんちろりん



 ぷちっ。

 シュウの頭の中で何かが切れた。








「マクドール殿!」

 鼻息も荒くシュウがダナの部屋に殴り・・・いやいや、苦情を言いに来たのは軍主に小言を言った1時間後。

「やぁ、軍師殿。どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもっ!あなたとてよくご存知でしょうっ!うちの軍主のおつむの 軽量級なことは、メダカでさえ叶わないことをっ!!」
「うん、知ってる」
 相当酷い内容にあっさり頷くダナ。しかも微笑つき。
「そんな超軽量級脳みそメダカ以下がちんちろりんなどとっ!負けるに決まっている でしょうっ!どうしてそんなことをすすめてくださったんですかっ!!」
「う~ん、確かにローラントは超軽量級脳みそメダカ以下だけど、運だけは強いから 大丈夫だと思ったんだよ。ちょっと相手のほうが上手みたいだったね」
「そんな簡単に済ませられる問題ではないのですっ!同盟軍の台所はすでに赤字状態 であったのに今はもう火の車。それもこれも全て!ちんちろりんのせいですっ!!」
 ダナのことを苦手としているシュウだったが余程軍資金には頭を痛めたのか追及の 手を弱めない。・・やはり軍師になる前の貿易の仕事の影響か。
「うん、そうだね。今回のことはちょっぴり僕のせいかもと思うから負けた分は取り戻すよ。それでいいかな?」
「そのように簡単に仰っても大丈夫なのでしょうか?」
「うん、大丈夫vちんちろりんは得意なんだ♪」
「・・・ミイラ取りがミイラになりませんよう」
「もう、心配性だな。シュウは」
 いつものことながら自信に満ち溢れるダナに恐ろしいものを感じつつシュウは部屋を後に するのだった。









「えーと、シロウさん?」
「うぇっ!?マ・・マクドールのダンナっ!?どどどど、どうしましたこんなとこへ!」
 今まで一度としてやってきたことのない同盟軍のアイドル、ダナ=マクドールの登場に シロウの声が上ずり、しゃきーんっと背筋を伸ばして敬礼まではじめる。
「うん、実はローラントの負け分を取り返しに来たんだ。元々僕のせいだしね」
「そ、そうなんっすか・・・えーと、じゃあルールの説明を・・」
「あ、いいよ。よくわかってるから」
「へ・・?」

「あ・・・!シロウっ!!」
 そこへ通りがかったタイ・ホーがダナと向かいあっているシロウを発見した。

「ああ、タイ・ホーの旦那。どうしやした?」
「いや、お前まさか・・・ダナと勝負するつもじゃぁ・・」
「そうっすが・・・?」
 
 とんとん。

「タイ・ホー。どうしたのかな?」
 にこにこ。にこにこ。にこにこ。にこにこ。

「いや・・・な、なんでもない・・・です・・」
 ダナの笑顔に無言の脅しを感じたタイ・ホーは冷や汗をかきつつ後ずさった。
「すまんっシロウ!!」
「は・・・???」
「いいから。いいから、ね?はじめよう」
「はぁ・・・」
 そしてシロウ対ダナのちんちろりんは開始された。










「何で誰も止めてやらなかったんだよ」
 酒場の隅で幽体となっているシロウにビクトールが気の毒な視線を投げる。
「誰が止めてやれるっていうんだよ」
 フリックが苦笑いを浮かべる。
「一応、タイ・ホーは止めてやろうかと思ったらしいぜ?」
 同じテーブルについているシーナが顛末を語る。
「だけど本人目の前にして出来るわけねーじゃん?自殺志願者ならともかく」
 ビクトールとフリックが深く頷く。
「というわけで、シロウはまんまとカモにされたってわけさ」
「・・・・不幸にな」


「好きに言ってくれるね、フリック」


「「「だだだだ・・・ダナっ!?」」」
 ビクトール、フリック、シーナの背後から音も無く、まるで突如として現れたかのような ダナの登場に三人は飛び上がって驚いた。

「いやっ俺はその・・っ」
 言い訳をはじめるフリックの隣の椅子をシーナはダナのために引いてやる。
「前のときにいったい誰が武器を鍛えて防具も揃えたと思ってるんだろうね。フリックには 結構費用かかってたと思うんだけど・・・」
「う゛」
「そうだよな、あの時タイ・ホーとガスパー戦闘もしてねぇのに瀕死だったもんな・・・」
 ビクトールが目を閉じて昔をなつかしむ。
「だいたい、通常の戦闘メンバー以外でも皆武器最強レベルで最強装備だったっていう のが非常識だろ。あれ全部ちんちろりんで?」
「そうだよ。僕が街に出て働くわけにいかないし、雑魚倒してても面白くないし」
「そうか?お前のためなら貢いでくれる奴の一人や二人・・・」
「シーナ」
 笑いかけるダナに余計なことを言ったと慌てて口を閉じた。
「まぁ、実際にそう言ってきてくれた人も居たことは居たけど」
「居たのかっ!?」
 フリック復活。
「もちろん全部断ったけどね。ギブアンドテイクは僕の信条じゃないし。そんな奴らを相手にしなくても貢いでくれる相手には不自由しなかったから」
「……。…そういう奴だよ。お前は」
 疲れたようにビクトールは笑うと、ダナ専用キープボトルをレオナに頼む。
 安酒が大嫌いなダナのためにこの酒場には軍主が自ら調達した高級酒がダナの キープボトルとして常時置かれているのだ。
 それは決してダナ以外が手をつけることは許されないが、一緒に居ればご相伴に 預かることもできるとあってビクトールはいつも虎視眈々とその機会を狙っている。
「まぁ、とにかくご苦労さん」
 どういう結果にしろ、本当ならば別にダナがわざわざ手を出すまでも無かったのだ。
 脳みそミジンコの軍主がちんちろりんなどしようと思ったのがいけない。
「うん、でもこれから大変なのは君たちだと思うよ」
「「「・・・は?」」」
「僕が稼いだのはローラントの負け分だけだし。元々軍資金をどうにかしようとしてはじめ たことだから、ちんちろりんが駄目なら・・・肉体労働しか思いつかないんじゃないかな?」
「「「・・・・・・・・。・・・・・・・・・」」」
 くすくすと楽しそうなダナに対し、思いっきりありえそうなその予想にどよ~んと沈みゆく一同だった。