月蝕
トラン湖に浮ぶ、古城。
その屋上にたたずむのは、頭を巻いたバンダナを風に揺らした解放軍軍主。
雲ひとつない夜空を見上げる、その瞳にはいったい何が映っているのか・・・。
そろそろ風が強くなってきたので、中へ入るように言ってくれと世話係のクレオに頼まれ、屋上で軍主を
見つけたのはいいが、声をかけづらい雰囲気にフリックは入り口で困惑していた。
昼間の恐ろしいほどの覇気がなりをひそめた無防備な姿。
そうしていると華奢な後姿は、頼りなく今にも壊れそうで、不安をかきたてる。
まだ、15歳。まるっきり子供というわけでは無いが、まだ親の庇護にあるべき年齢だ。
それなのに。
目の前の子供は、その肩に年齢には不相応な重い、重い責任を背負っている。
多くの人間の期待を一身に受け、決して裏切ることも、負けることも許されず前にただ進むことだけを
強請られる。
彼が得たものは、あっただろうか?
彼の望みは、どうなったのか?
失ったものは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「フリック」
ふと名を呼ばれ、びくっと身を震わせた。
「いつまでそこで突っ立ってんのさ。鬱陶しい」
「・・・悪かったな」
容赦ない口調は、弱弱しさを感じさせない。今まで感じていた焦燥が全て杞憂であったかと思わせる。
フリックはゆっくりとダナに歩みよった。
「何かあったのかい?」
「いや、クレオが・・」
それだけで内容を察したのか、ダナは僅かに苦笑して”心配性だな”と呟いた。
「で、伝言があった人間が、そこで何してたの?人をじっと見つめて?」
「っ気づいてたなら、言え!」
「だから掛けてあげたじゃないか。無視してもよかったんだよ」
ああいえば、こういう軍主である。
口で勝ったためしのないフリックなど、はなから勝負にならない。
「・・・何を、見てたんだ?」
居づらくなって、話をそらしてみる。
「月だよ」
「・・・・・・・」
「珍しくも何とも無いだろ、みたいな顔してるね?今夜は月蝕なのさ」
「月蝕・・・」
「月が欠け・・・闇が満ちる夜」
恐ろしく抑揚の欠いたダナの声は、余計に不安を煽る。
「ほら・・・始まった」
ダナが見上げた先で、月が・・・欠けていく。
まるで闇に侵食されていくように。
昔は災いが起こる前触れなど言われ畏れられていたものだが、今は迷信とわかっている。
それでも、どこか禍々しいと思ってしまうのは、闇への本能的な恐怖ゆえか。
傍らのダナに目を向けると、微笑を浮かべてうっとりするように、欠ける様を見ていた。
「・・・・・・・・・・」
失ってしまう!
唐突にフリックを襲った衝動のままに・・・・・・・ダナを抱きしめていた。
「・・・・・フリック」
はっ!
「あ・・いやっ!その・・・っ」
腕の中のダナが不審そうに見上げてくる。
「何か・・・消えちまいそうで」
自身でも馬鹿なことを言っている、と落ち込みつつも、フリックの腕はダナを捕らえたままだ。
「本当、フリックて」
馬鹿だよね・・・としみじみ落とされた。
「あのなぁっ」
「でも」
「・・・今夜だけは、許してあげよう」
ダナの重みがフリックの腕にかかる。
月は、闇へ消えた。