Smile


 その笑顔に視線が引き寄せられる。
 圧倒的な美貌に浮ぶ、聖者のごとき微笑。語る声は叫んでいるわけは無いのに、耳によく響き 穏やかに胸を躍らせる。
 戦いに臨む前の軍主の演説は、いつも絶対的な勝利を予感させた。

 未だ十代の少年が軍の先頭に立ち、戦場を率いていく。
 最初のうちこそ、帝国貴族の子弟が、子供が、と侮っていた声は、一切聞こえない。
 兵士たちの視線はあたかも神を崇めるかのように、軍主に注がれている。
 その微笑に、魅入られ、忠誠を捧げている。
 彼のためにならば、命を投げ出す輩はいくらでも居るだろう。


「なーに、間抜け面さらしてんの?」
「っお前、シーナっ!」
 城壁にもたれかかって軍主を見ていたフリックに、シーナが悪戯っぽい笑いを浮かべて話しかけた。
「あいつ見て、惚れた?」
「ば、馬鹿なことを言うなっ!・・・まったく」
「くっくっ、ほーんと、フリックってからかい甲斐があるよな。ダナの話通りだ」
「・・・どんな話だ、どんな」
「あんたの話。あんたってさあんま変わらないよな、最初の頃から」
「そんなにすぐに変われるものじゃないだろ、人間は」
「そっかぁ?きっかけがあれば、結構すぐ変わるぜ。ダナも、一見そうは見えなくても変わった だろ?あんたなら気づいてんじゃないか?」
「・・・・・・」
 少しばかり気に掛かっていたことを言われ、フリックは沈黙した。
 元々、子供らしくない子供、誰にも本心を悟らせない老獪さを持ち合わせていたが・・・付き人が 犠牲となり、父親をその手で殺し・・・そんな中でも冷静さを失わなかった。
 それがフリックには恐ろしい。
 ダナが、では無く・・・その心の行く末が。

 オデッサをなくした己は、ダナに八つ当たりもし、まるで冷静さを失い、その死を悲しんだ。
 今でも完全に立ち直ったとはいえない・・・彼女のことは生涯忘れないだろう。
 思い出す度に半身を奪われるかのような痛みに襲われる。
 平常ではいられない。
 だが、ダナは。その重すぎる運命ゆえに、何も外へ出すことが出来ない。
 全てを内へと治めてしまう。
 何事も無かったかのように、穏やかな微笑を浮べ続ける。

 その微笑は、戦が終焉に向かうにつれて痛々しさを増している気がするのは・・・ただ、自分が そうであればと願っているせいなのか・・・それとも。
 ――― それとも。
 
 ダナ自身、気づかないうちに内に治めていたものが完璧なる外殻を破壊していっているのか。
 そうであれば、ダナが感じている痛みは・・・それほどに。

「俺は名ばかりの副官で、軍のことは全てあいつと軍師で決めちまう。あいつは誰の助けも必要としない。頼らない。・・・支えてやれない」
「あんたさ、馬鹿だよな」
「さっきから、喧嘩を売ってるのか?」
 まさか、とおどけてシーナは両手をあげてみせる。
「あいつが役立たずを副官につけると思ってんの?」
「・・・・・・・一応、盾程度にはなるだろうな」
「あいつの盾なんて、捜さなくたっていくらでも誰でもやるさ。だけどあいつが副官だと認めて、傍に置いてんのはさ、あんた一人なんだぜ。わかってんのか?」
「認められて、いるだろうか?」
「さぁ?」
「おい」
 フリックが半眼で睨んだ。
「あいつの本心なんてわからないさ、本人じゃないからな。だけど少なくとも・・・」



「あんたが見るのは、笑顔ばかりじゃないだろ?」



「・・・・・・・ああ」
 付き人を失った時の悲哀。父親を討たなければならなかった慟哭。
 ・・・笑顔ではない、ダナの『表情』が浮んだ。
 軍主ではない、『ダナ』の顔。

「そういうことだよ」
「・・・ああ、そうだな」
 フリックは、視線の先・・兵士たちへ労いの言葉をかけているダナを見る。
 完璧なる軍主。絶対的なカリスマ。救国の英雄。
 どんな形容詞さえ従えてしまう、凄まじき、人という最高の形がそこに在る。

「あいつは、あいつだ」
「ああ」
 
 フリックは、深く頷いた。