Snow White 5


(ああ          ・・・)
 
 温かさに包まれて、先ほどまでの息苦しさが嘘のように消えていく。
 春の陽だまりでまどろむように、気持ちがいい。
 ぼんやりと目を開くと、日の光が銀の筋となって届…………………………



               銀、の……筋…………?



「眠り姫のお目覚めだ」

 耳に心地よく響く声に、クラウドの意識はまたたくまに蘇る。
 慌てて身を起こすと、至近距離に英雄の顔があった。
          っ!?」
 息を呑んでクラウドは固まる。

「こらーっ!何クラウドを襲ってやがるっ!!離れろっつーの!」

 横から割り込んだザックスにより、英雄・・・セフィロスは僅かに遠のいた。
「大丈夫か?クラウド。何もされなかったか?」
「お前が何もしないから俺がわざわざしてやったのだろうが。感謝をしろ」
「へーへー、ありがとうございました。・・クラウド、気分はどうだ?」
「え?」
 クラウドは事態についていけない。
 いったい何がどうして自分は目覚めた早々英雄のドアップなどを拝むはめになったのか……。
「覚えてないのか?お前、エレベーターに乗ったところで真っ青になって倒れたんだって」
「……あ、俺・・・酔ったのか……」
 思い出した。
「すっげー気分悪そうだったからな、旦那に言ってエスナかけてもらったんだよ」
「ああ、それで……」
 いつもは酔った後は当分の間気分の悪さが続くのだが、すっきりしているのはそのせいなのか。
「気分はもういいか?」
 納得したクラウドに今度はセフィロスが話しかける。
「はい、すみません。ご迷惑をおかけして。ありがとうございました」
 短気で暴れ者で生意気なクラウドだが、礼儀は正しい。
「えー、俺にも礼言ってくれよーここまで運んだの俺なんだぞー」
 恨みがましく自分を指差すザックスを、クラウドはぎろりと睨んだ。
「そもそもの元凶にどうして礼なんか言わなくちゃいけないんだよ」
「ひでー」
「その通り、ザックスが悪い」
「何言ってんだよ!大本の大本の元凶はあんただろうがっ!だいたいクラウドがエレベーターなんてもんに乗らないといけないくなったのも旦那のせいなんだぞ。な、な、俺のせいじゃないだろ?」
 必死で弁解するザックスを放っておいて、クラウドはぐるっと部屋を見渡した。
 高い天井、広い部屋。座り心地のいいソファー。
「……で、ここどこ?」
「私の執務室だ」
「…………………………は?」
 眉を寄せて不審な顔になったクラウドに、セフィロスは胡散臭いまでに笑顔を浮かべた。

「そして、今日からお前の職場だ」

「…………」
 数秒間世界から切り離されたクラウドは、ぎぎぎとザックスへと顔を向けた。
 その据わりきったアイスブルーの瞳が容赦なく突き刺さる。
「お、俺に文句言うなって!こんな無茶苦茶したのは旦那なんだからな!」
 胸に突き刺さる言葉を言われる前にと慌ててザックスはセフィロスに責任転嫁した。
 クラウドもセフィロスへと顔を向ける。
「サー。説明して下さい」
「セフィロスと呼んでくれても構わんぞ」
 クラウドの眉間の皺が一本増えた。
 普通ならば、こんな事態……英雄とその片腕とも言われるソルジャー二人に囲まれて、兵舎とは比べ物にならない豪華な部屋が自分の職場だと言われれば・・・誰でも混乱するだろう。だが、あまりに事態の展開が速すぎてクラウドには驚く暇もなく、奇妙に落ち着いていた。

「入隊試験の成績を見た。筆記、実技ともに満点に近い。体力は少々劣るようだがこれは年齢からすれば標準値以上だ。問題ないだろう」
「……ありがとうございます」
 いきなり褒め出したセフィロスを嬉しがるどころか、胡散臭そうに見やる。
 そのクラウドの表情に笑い出しそうになるのをセフィロスは必死で我慢していた。
「普通ならば一定の訓練を受けた後にそれぞれの部署へと配属されるわけだが、何と偶然にも私付きの下士官が昨日付けで退職届けを出したのだ」
「…………」
 また一つクラウドの眉間の皺が増えた。胡散臭そうどころか第一級危険人物を眺めるような眼差しになっている。
 そんなクラウドを見ながら、ザックスもそうしたい気持ちが痛いほどわかるのか、しきりに頷いている。
「下士官一人抜けたところで副官がサポートすればいいことだから普通は問題ないが、不幸なことに私の副官はザックスだ。こいつはデスクワークがとんでもなく遅い。戦闘に関しては及第点をやるとしても事務的なことに関しては全くの無能なのだ。馬鹿だと言い換えてもいい」
「言い換えなくてもいいっす」
「そんなわけで急遽辞職した下士官の穴を埋めなければならなくなったわけだ」
「……話はわかりました。それが俺、というわけですか?」
「その通り」
 漸く自分のまわりに何が起こったか納得できたクラウドだったが、その内容は納得するどころでは無い。入隊したてのペーペーをソルジャーの下士官にするなど考えられない。ソルジャーという肩書きは決して飾りでは無い。その名の通り『戦う者』だ。その肉体も精神も常人離れし、ただの下士官といえども普通の兵士では勤まらず、よほどの成績優秀者か、3rdソルジャーがつくこともある。
 もちろん入隊したてのクラウドがそんな事情を知るはずも無いが、この人事がいかに規格外であるかは、理解できるし、受け入れ難いものであった。

「俺には無理です」
 己の能力を過信するな、それはクラウドが常々自分に言い聞かせている言葉である。
「随分殊勝だな」
「サー・セフィロス。あなたの下士官になるということは事務作業だけではなく、当然戦地にも同行するということですよね?」
「ああ、もちろん。怖気づいたか?」
 アイスブルーの瞳に、強い光が宿る。
「いいえ、兵士になろうと決めたときからある程度の覚悟はしています。もちろん、実際に戦場を経験していない俺に偉そうなことは言えませんが……今の俺では役に立つどころか絶対に足手まといになります」
「『今の』か・・・」
「はい」
 面白そうにクラウドを見つめるセフィロスを、睨みつける。
 今は無理でも絶対に、いつかは追いついてみせる……と。
「知っているか?」
「……は?」
 何を言い出すのかわからず、クラウドはセフィロスにとまどいの視線を向けた。
 向かいのソファに座ったセフィロスは長い足を優雅に組み、肘をついて不敵に笑う。銀髪に光が当たり、まるで王冠を戴いているように見えるのは、身にまとう尋常ならざる覇気ゆえか。

「ソルジャーになる一番の早道は、ソルジャー付きの下士官になることだ」
「……。……」
 何故クラウドがソルジャー希望なのか知っているのか・・・誰にも口にしたことは無いのに。
「たかが神羅の兵士になりたいだけでお前のような子供が田舎から出てはこんだろう?」
「……田舎者なガキすみません」 
 図星をさされてすねた口調でそっぽを向いたクラウドにセフィロスが耐えがたくくつくつと喉を鳴らした。
 それがますますクラウドの羞恥を誘っているとわかっているだろうに。

            英雄サマは性質が悪い。

「何年かかるかわからないがこつこつ二等兵から頑張るか?それとも機会を得るか?」
「一つ質問してもいいですか?」
「構わん」
「選考基準は容姿ですか?」
「ふむ、まぁ私としてもむさ苦しい人間を側に置いておきたいとは思わんが、容姿で判断して選ぶほどソルジャー付きの下士官の仕事は楽では無い」
 クラウドの未発掘の才能を僅かなりとも認めたからこそと暗に言っているのか。
 もっとも、『面白そうだ』というのが大半の理由であったなどとはクラウドは知らない。

 クラウドはソファーから立ち上がり、セフィロスへ敬礼した。

「機会を与えていただき感謝致します。ご期待に沿えるよう励みます!」
「良い返事だ。では、明日からよろしく頼む」
「イエス・サー」

「やったーっ!これで俺は事務作業から解放されるっ!!!!」

 今までずっと沈黙を守っていたザックスが唐突に叫んで両腕をあげた。
 クラウドの冷たい視線が突き刺さるが、喜びの頂点にあるザックスは気づかない。

「サー。……コレは?」
「気にするな。束の間の喜びだ。明日には地獄に落ちる」
「……わかりました」
 美貌の上司と部下は、一人騒ぐ『馬鹿』ことザックスに、冷たい微笑を浮かべるのだった。