Snow White 4
一般募集に合格して兵士になった者は、最下級の二等兵に配される。
二週間は、兵士として訓練を受けその後は各地にある基地へとそれぞれ配属される。
クラウドも制服や身の回りの備品を支給され、狭い兵舎に部屋を与えられると早速に訓練を開始した。
クラウドは、14年という自分の短い人生において幾つか悟ることがあった。
その一つが、『自分はどこで何をしていようと目立つ』ということだ。
クラウドがどこまで自分の容姿について把握しているかは謎だが、むさ苦しい男たちの中にあって頭三つぶんは小さく、華奢な肢体はそれだけで異分子だ。しかも金をそのまま溶かし込んだような髪は否応なく目立つ。その上北国特有の色白の肌に、顔の造りは抜群に整っている。
筋骨隆々かつ野蛮なことが男らしさの象徴だと崇拝している少しばかり頭の弱い男たちにはクラウドは絶好のいじめのカモだった。ちょっと因縁でもつけてつついてやれば、すぐに泣き出し逃げ出すだろうと、傍観を決めこんでいた男たちさえ確信して疑わなかった。
だが、幼い頃よりそんな状況に慣れっこなクラウドには、男たちの行為は児戯に等しい。
ふん、と鼻を鳴らして思いっきり馬鹿にしたような冷たいアイスブルーを注がれて、男たちはキレた。
「この……っ生意気なガキが!!」
真っ赤になって怒り、すぐに拳に訴えようとするあたり、やはり馬鹿だ……とクラウドは避けながら思った。
「私闘は禁じられてる。知らないのか?」
「はっ!そんなもの・・バレなきゃいーんだよ、バレなきゃな!」
「囲め!逃がすなよっ!」
「ひーひー言わせてやるぜ、お嬢ちゃん!」
「今さら怖がったっておせーぜ!」
俯いたクラウドに男たちの笑い声がかぶさる。
「そうだな、バレなきゃいーんだよな……」
ぼそりと呟いたクラウドの言葉は、不幸にも誰の耳にも届かなかった。
そして、口元に一瞬浮んだ笑みも。
「これって多勢に無勢だし。どー見てもあんたらより俺のほうが力無いし……手加減なしでいいよな?」
「は?」
「はっはははは!手加減だとよっ!」
「怖すぎてどーにかなっちまったんじゃねぇかっ!!」
腹を抱えて笑い出した男たちに、無表情のままクラウドは一歩踏み出した。
そして一番近くに居た男の顎に見事な回し蹴りをかましたのだった。
不意をつかれた男は、突き飛ばされて壁にぶちあたる。そのまま白目をむいた。何やら顎が変形している。
シン、と場が凍った。
誰もがわが目を疑った。
吹き飛んだ男は、クラウドよりふた周りは大きな体格だった。
それが、一瞬で戦線離脱。
「……てめ」
「”今さら怖がったっておせーぜ”?」
「 っ!!この!!」
「ふざけんなよ、ガキっ!!」
「ちょっとまぐれが決まったぐれーでいきがるなっ!!」
男たちが一斉に襲い掛かってくるのを、ひょいひょいとかわす。
小柄であるという不利を有利に生かす術をクラウドは知っていた。
殴りかかる男の手をすりぬけたクラウドは、その勢いのまま窓の桟を利用して三角飛び、男の頭上から踵落としを決める。その男はもう動かない。
一撃必殺、がクラウドの信条である。……ザックスあたりが聞いたら顔を覆いそうだが。
地に下りたクラウドは、留まることなくバック転で背後の男の顔面に蹴りを入れ、体重を乗せたまま男を踏み倒す。
軽業師も真っ青な軽快な動きに僅かに居たギャラリーから拍手が起こった。
「このぉ・・ってめぇっ!許さねーぞっ!」
「先に仕掛けてきたのはあんたらだろーが」
さすがに男たちもなりふり構わなくなってきた。
目は血走り、必死の形相でクラウドにつかみかかってくる。
クラウドは拳を握った。
「おいおいっ!こりゃ、いったい何の騒ぎだぁ!?」
割り込んできた声に、視線が集中する。
騒ぎに水を差したのは、壁に背をあずけにやりと笑っているザックスだった。
「…………」
「サー・ザックス……っ」
「サー……っ」
ソルジャーになると、通常ならば将官以上につけられる『サー』の称号を冠して呼ばれることが多い。
兵士にとって尊敬と畏怖の対象なのだ。
「いったい何の騒ぎだ?……て、おおクラウドじゃん」
「…………」
気づいていたくせに白々しい、とクラウドはザックスを睨みつけた。
その視線に、ザックスが内心冷や汗をかいていたと知るのは本人だけだろう。
「何か寝てる奴も居るけどな……おー、白目むいてるぞ」
試験発表のときのザックスとクラウドのやりとりを見ていた者も多い。クラウドが事の真相をザックスに告げれば難癖をつけてきた男たちは間違いなく厳罰処分になるだろう。
「……知らない。滑って転んで打ち所でも悪かったんだろ」
「クラウド、お前なぁ……」
白目をむいた男の顎の骨は、ザックスが見るところ砕けている。
正当防衛にしてもやりすぎだ。
「俺は知らないって言ってる。……他の奴にも聞いてみればいいだろ」
クラウドの言葉に、ザックスが周囲を見れば・・・皆面白いように視線を逸らす。
参加した者、止めなかった者・・・誰もが多かれ少なかれ負い目がある。
ザックスは、ことさら見せ付けるように大きな溜息をついた。
「はー、ホント……」
「……何だよ」
すねたように見上げてくるクラウドの視線に、ザックスが顔がほころびそうになるのを必死でおしとどめ、そのつんつんと元気よくはねた髪をがしがしとかきまぜた。
「ちょ……っやめろよっ!」
「入隊早々問題起こしてどーすんだよ。ストライフ二等兵。懲罰房入りしたいのか?」
「…………」
むっと押し黙ったクラウドに、ザックスは肩を落とし……周囲を見渡した。
「午後の訓練はじまるぞ。罰くらいたくなかったら、さっさと行け」
「「「アイ・サーっ!!」」」
クラウドと遣り取りしていたときのような穏やかな雰囲気を払拭し、ソルジャーの魔晄の瞳で睨まれて兵士たちは冷汗を浮かべて敬礼して駆け出した。クラウドも、ザックスの手をのけて、走りだそうとする。
「あ、お前はこっち」
「は?」
「いーからいーから」
「ちょ……っい」
クラウドの襟首を掴んで引きずっていくザックスに暴れてみるが、逃げ出せない。
普段はとてもそんな風には見えないが、やはりソルジャー。今のような兵士たちとは格が違う。
「何なんだよっ!いい加減にしろっ!」
「まーまー」
「俺は猫じゃないっ!!」
「どっちかてーと、凶暴性から言うと豹だよな」
「……っ!!!」
クラウドを引きずったまま兵舎を出たザックスは、本社ビルへと向かう。
(まさか……本気で減俸とか?冗談っ!あれは俺が悪いんじゃっ)
「心配すんなって。そーいうことじゃねーから」
「は???」
見透かされている内心にいい気はしなかったが、ザックスの意味不明な行動への不審さが勝った。
「不幸なんだか、幸運なんだか……」
「????」
わけのわからないセリフを吐きながら、ザックスはエレベーターへと乗り込む。
胸元からカードを取り出してスキャンさせると画面の指示に従いパスワードを入力した。
行き先は66Fとなっていたが、そこが神羅でも幹部クラスにならなければ足を踏み入れることさえ出来ない場所だということをクラウドは、まだ知らずただぼんやりと表示される数字を眺めていた。
ガラス張りのエレベーターからミッドガルの街並みが見える。
こうしてみると、故郷のニブルヘイムとは本当に全く違う。緑豊かなあそことは違い、硬質な機械都市。
…………何だか気分が悪くなってきた……
「おー、漸くおとなし……って、お、おいっ!?」
ザックスの声が遠い。
何故だか焦っている。
そのままクラウドの意識は遠のいた。