Snow White 2
試験から一週間。
合否が発表される日である。
筆記会場にて、騒ぎを起こしそうになったクラウドだったが、その後の実技試験は筆記試験が終了した者からの個別の試験だっため、他の人間と絡むことなく平穏に終わった。
クラウドは相変わらずザックスの家へ居候していたが、当の本人は三日ほど前に休みが明けて、神羅本社の敷地内に建っているソルジャー専用の宿舎へと帰っていった。
住むところがあるなら、別にこんなところへ家を買わなくてもとクラウドなどはその非経済的さに首を傾げたが、まぁ一生ソルジャーで居るわけでも無いしな、と無理やり納得させた。
「あ、おはようございます」
「おはよう、クラウド君、今日も朝からご苦労だねぇ~」
何もしないザックスのかわりに買物やゴミだしをするクラウドは、いつしか近所で評判になっていた。
幼いのに働き者で、うちの息子にも見習わせたい!というのがご近所のおばさん連中の口癖である。
何でこんなところ(ミッドガル)まで来て、苦手な近所付き合いをしているのかクラウドは我ながら謎だ。
クラウドはゴミだしを終えて、朝食の片付けをすると神羅ビルに向かった。
兵舎前に張り出される合否を見に行くために。
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兵舎の入り口ゲートをくぐると、早くも人の集団が掲示板を囲んでいた。
脇にはうな垂れる者、肩を叩いて喜びあう者、無言で立ち去る者・・・様々であったが、思いのほか暗い顔をした人間が多いのに、クラウドは首を傾げた。
ザックスの言葉によると、『余程の馬鹿以外は大抵受かる』らしいのだが・・・まぁ、どこまで本当なのかはあの性格からするとかなり疑問なのだけれど……。
そんなことを思いながら、クラウドは小柄な体を何とか人ごみの中に突っ込んで掲示板を見上げた。
自分の受験番号を探す。
1029……1029………………あ!
(あった……合格した……)
やった。受かった。
飛び上がりたいほどの喜びが体を満たすが、クラウドの性格上そんなことを人前でやるわけも無い。
自分の受験番号が書かれた紙を握って、口元を綻ばせるにとどめた。
それさえ、普段常に仏頂面のクラウドにしては上出来だった。
「……ド……ク……ラウドっ!おーいっ!」
ふと、名を呼ばれた気がして顔をあげると、兵舎のほうから見慣れた顔が手を振っていた。
ザックスである。
一斉にその場に居た人間の視線がクラウドへ集中する。
(―――― 恥ずかしい奴……っ)
いっそ無視して帰ってやろうかと思ったが、家主でもあるし、一応……一応、試験のことも心配してくれていたみたいだし・・・結果くらい報告してもいいだろう。
そう自身に言い聞かせたクラウドは、無表情でザックスのほうへ歩いていった。
「よっ!元気してたか?」
「元気も何も、三日前に別れたばかりだろ」
がしがしと頭を撫でようとするザックスの手を鬱陶しそうに避けながら、クラウドは正論を述べる。
「いーじゃねぇか。んで、結果は?ま、聞くまでもねーだろうけどな」
「……」
「え?まさか……」
答えないクラウドに、ザックスがあわわ、と慌て始める。
「……受かったよ」
「ばーーーっ、お前、顔変わらないから、落ちたのかと思ったじゃねぇか!もっと嬉しそうな顔しろって!」
「……どんな顔しようと俺の勝手だ」
「かーっ!相変わらず可愛くねぇガキ!」
そう言いながらも、ザックスは当の本人であるクラウド以上に嬉しそうだ。
ザックスはいい加減で粗野ではあるが、基本的に『いい人間』なのだ。だからクラウドも、顔をあわせたばかりだというのに、僅かな間とはいえ一緒に暮らすことが出来たのだ。
人見知りの激しいクラウドにとって、それはほとんど奇蹟に等しい。
ふと、視線を感じてクラウドは辺りを見回した。
受験者だけでなく、一般の兵士まで二人のほうを見ている。
(……???……ああ、そうか)
何故、そう思った疑問はすぐに解決する。
ザックスだ。
こんな男でもソルジャーなのだ。神羅が誇る最終兵器。
普通ならば、こんな一般兵舎に顔を出す相手では無い。
―――クラウドだって、出会いがあんなので無ければ、きっと同じような視線を向けていただろう……たぶん。
「な、お祝いにどっか飲み行こうぜ。奢るからさ」
「ザックスはただ、口実つけて飲み歩きたいだけだろ……」
周囲の視線が気になりつつも、クラウドはザックスに受け答えする。
「ははは、この間はまんまとお前に騙されたからな~、まさに一杯食わされたってやつか?」
「あれはあんたがただ単に、俺より酒に弱い……」
「ソ……ソルジャー・ザックス!!」
二人の間に割り込んだ、叫ぶような声にクラウドはぎょっとし、ザックスは耳を塞いだ。
ソルジャーの驚異的な聴力は、叫び声を何倍にも増幅してしまったらしい。
相手はそんな二人の様子にも構わず、紅潮した顔で拳を握り締めて続けて口を開いた。
「そ……尊敬してますっ!あなたに憧れて神羅に入りました!」
――――”ザックス”に”憧れて”?
クラウドはまるで異世界の言語を聞いたかのように、その男を見てしまった。
まさか、神羅が誇る英雄であるセフィロスならばともかく、この『ザックス』に憧れて……。
申し訳ないが、正気じゃないと瞬間的に思ってしまった。
ザックスも、困ったように顔をかくと、サンキュと短く言っただけ。
男はそれでも満足したのか、駆け足で去っていく……大の男のそんな姿は少々気持ち悪い。
「―――― 何、照れてんの」
「!?・・あのなぁっ!」
動揺しているザックスに、クラウドはついつい笑ってしまった。
「ったく……こんなことでそんな楽しそうに笑うことねーだろ」
「だって、ザックスの顔……っへ、変すぎる……っま、い、いいよね!だってザックスってもてるために……ソ……ソルジャーになったんだ・・もん・・・ね・・っ」
「っ『もてる』の意味が違うっつーのっ!!」
ザックスはうらめしそうにクラウドを見た。
出会ってから、腹を抱えるほどに笑っているクラウドを見るのは初めてだ。
クラウドも、これほど笑ったのは久しぶりだった。
(―――― そうやって笑ってる顔は年相応に可愛いんだけどなぁ)
告白まがいの男のセリフを遠い彼方に追いやったザックスは、笑いすぎて浮んできた涙を拭っているクラウドを冷静に観察する。
長い睫毛は頬に影を落とし、笑う口元から時折のぞく白い歯が何やら可愛らしい。
(……マズ、俺、末期なんじゃねーか……いやいやいや!俺は女好きなんだからな!!)
「笑いすぎだ!笑いすぎっ!罰として今日は一晩俺に付き合ってもらうからな!」
「俺の合格祝いじゃなかったのかよ……」
「じゃ、それも一緒に」
クラウドは大きく溜息をつく。
「仕事は?」
「あー……まぁ、大丈夫だろ」
「何が、大丈夫なんだ?」
その声に、今度は兵舎中が静まりかえった。
ザックスの笑顔が固まり、背後を振り返る。
「あ……や、やぁ、旦那~」
そこには、ザックス以上に長身の、見る者の視線を釘付けにせずにはいられぬ美貌の英雄が立っていた。
微笑を口元にたたえてはいるが、その空気は凍りつきそうなほどに冷えている。
「いったいどこの誰が、山のように溜まっている報告書を放り出して、飲み歩こうだなどとふざけたことを言っているのだろうな、え?ザックス。私の記憶によれば、あの報告書を片付けるには、貴様の一本指打法では今日中どころか一週間かけても足らんほどだが」
「だーーっ!俺はあーいう事務作業が苦手なんだよっ!だいたいソルジャーなんて戦うのが仕事で、ちまちまPC打つなんて面倒なこと出来るかっつーの!」
凍てつくセフィロスの視線をものともせずに、ここまで言えるのは立派だ。
突然の英雄の登場に、他の兵士たちと同様呑まれていたクラウドだったが、変わらないザックスの姿に己を取り戻した。
……が、それもすぐに混乱に突き落とされる。
ザックスを攻撃していたはずのセフィロスの視線がクラウドに向いたからだ。
「お前は確か、クラウドど言ったな」
「……イエス・サー」
まだ辞令は下されて居ないが、合格したからには半分神羅の兵士になったも同然。
クラウドは、慣れないながらも兵士としての受け答えを口に乗せた。
「ここに居るということは・・・兵士だったのか?」
「いえ……その。先日試験を受けて、合格発表を確認しに来たところです」
「なるほど。その様子では合格したのだな」
クラウドは頷く。
こくり、と首を傾げる姿が、幼く……クラウドの混乱ぶりを示している。
「おめでとう」
「「……。……」」
クラウドはともかく、ザックスまでもがぽかんと口を開いてセフィロスを見上げた。
(い……今、何と?)
ザックスの目が落ち着き無く、瞬く。
これまでザックスが知る限り、セフィロスが誰か特定の個人に向けてこんな労いの言葉を口にしたことは一度たりとも無い。
他人には徹底的なまでに無関心のセフィロスが、一度名乗っただけのクラウドの名前を覚えているというだけでも驚きだというのに ちなみにザックスの名前を間違いなく呼ばれるようになったのは、セフィロスと顔をあわせるようになって、一月経過した頃だった。
「まぁ、あいにく中身は天国どころか、地獄だろうがな」
セフィロスが嘲笑まじりにくつくつと喉を鳴らした。
「――― 天国だろうと、地獄だろうと」
そのセフィロスを、誰もが恐れる魔晄の瞳をクラウドは真っ直ぐに見つめる。
「俺は、後悔しません」
セフィロスの目がクラウドを見る。
初めて出会った、生き物を見るように。
「……そうか、ではせいぜい期待しておこう」
クラウドの顎を持ち上げ、ふっと淡い微笑を浮かべたセフィロスは、天から降り立つ戦神のように麗しい。
その祝福を受けるクラウドは、これまた天使のように清らかで初々しい。
美しい、金と銀の対比。
一幅の絵画のようなその光景は、見る者の心を恍惚とさせた。
するりと手を外したセフィロスは、背中に流した長髪を翻して去っていく。
(――― 残業しろって言われなかったっつーことは、今日は勘弁してくれるってか?)
ただ一人、感性の違う人間も居たようだが。