Snow White 1


 高くも無く低くも無い、耳に心地よいアルト。
 滑らかなビロードのようなその声に、理性という名の楔が震える。
「ザックス……ねぇ・・・」
 誘う眼差しは濡れて、男とはとても思えない美しい白皙の風貌に呆然と見惚れる。
「クラ・・ウド……」
 名前を呼べば、それが耐えがたく嬉しいのだと蕩けそうな微笑を浮かべた。
 ザックスは男より女が好きだ。いくらキレイでも男に勃ったことは無い。
 それなのに、名を呼ばれるだけで腰にきた。
「ザックス……」
 胸に手を添えられる。
 どんな激しい運動でも脈拍を変えることの無いソルジャーの心臓が、その下で無様に強い拍動を繰り返している。
 クラウドは固まって動かないザックスに、頬を摺り寄せた。
 腕の中にすっぽりと納まる華奢な体。つんつんと跳ねた金の髪は見た目に反してしっとりと柔らかい。
 鼻腔を熱い匂いが掠めた。
 香水などでは無い……もっと雄を刺激する……これがフェロモンとやらかもしれない。

 ―――― ああ、もう駄目だ。

 ザックスの思考が白濁してくる。
 こんなご馳走を目の前にして、食わずにいられるわけが無い。

 理性の楔が、引きちぎられた。








「っザックス!!」







「・・・・・・・・・へ?」
 ぽかん、と頭に衝撃がきた。
「いい加減にしろよ!俺を殺すつもりか!?」
「は?……え?……えぇっ!?」
 呆けた頭で、腕の中にいるクラウドを見た。
「いくら起きるのが嫌だからってな!ソルジャーの怪力で締められたら落ちるだろう!」
「え……あ、あ!悪ぃ!」
 事情を飲み込めないまま、ザックスはクラウドを戒めていた自分の手を慌てて解いた。
「ったく、今日。俺試験なんだけど、もう出るから。一応朝飯作ったけど、食べないんだったら冷蔵庫にしまっとけよ」
「はぁ……」
「……寝ぼけてんな、まぁいいけど。あ。ヤバイ!じゃな!」
 慌しく言うことだけ言って部屋を飛び出していくクラウド。
 それを呆然と見送るザックスは、ベッドに打ち臥した。

「……どこの思春期のガキだ、俺は……」

 下半身は、夢の内容にしっかりと反応していた。
 だが、何とか頭を振って夢の名残を振り払うと、部屋の窓から顔を出す。

「クラウド!」
 肩からリュックを背負ったクラウドに叫ぶ。
「――― 頑張れよ!」
 ザックスの励ましにクラウドは何も言わず、ただ嬉しそうに笑った。


「―――――だから、それが俺のツボ突きすぎなんだっつーの」

 疲れたように呟き、ザックスはベッドに倒れた。





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 受付を通り、試験会場に姿を現したクラウドに、一瞬しんと静まりかえった会場がざざめきに包まれた。
 試験場にはむさ苦しい男どもが、すでに100を下らぬほど集まっており、これから行われる筆記試験をさして意識するでもなく、仲間同士で駄弁っている。
 彼等は、体格もよく、顔も数度殴られて元に戻らなくなったようなご面相。多少まともなのがいるが、どれもさほど違いは無い。
 そんな中で、クラウドは異様に浮いていた。

 華奢な体に、眩いばかりの金髪。
 雪よりも白い肌に、絶妙のバランスで配置されたそれぞれのパーツ。
 吸い込まれそうに深いブルーサファイア。

 どう見てもこんな場所に居るべき人間ではなかった。
 
「おいおい、妙なのが紛れ込んでるな」
「場所を間違えてんじゃねーのか」
「お嬢ちゃんが行くのは、ダウンタウンのハニービー通りだろう?」
 がははは、と下品な笑い声が唱和する。
 それらの野次を、クラウドは一切耳に入れていなかった。
 14年という歳月、クラウドはこの容姿と付き合ってきた。
 もっと酷い下品で野卑な言葉を投げられたこともある。最初のころこそ、いきりたって怒っていたが、やがて相手はそういうクラウドの反応を楽しんでいるのだと気づいてからは無視するのが一番だと学習した。
 反応の無いクラウドに肩透かしをくらった相手は、大概がそれ以上構うことなく去っていく。
 もっとも、何事も例外はあるもので、そういう反応が生意気だと余計につっかかってくる相手もいた。
 そういう相手はさらに厄介で、腕に自信があるのかクラウドを力で押し付け、支配しようとする。

 ―――― 急所を狙え。容赦するな。

 そんな相手へ対抗するのに、クラウドはそう教えを受けた。
 言葉通り、クラウドは顎に頭突きをくらわせ、体が離れた拍子に股の間を蹴り上げた。
 どちらも容赦のない力一杯の攻撃である。
 しばらく身動きならないほどの衝撃に相手がうずくまっている間にクラウドは逃げた。


「おいっ、聞いてんのか!」


 試験にある科目の復習を頭の中で行っていたクラウドは、強く腕を引かれて相手を見上げた。
 ソルジャーのザックスでさえ、一歩退いたアイシクルエリアの氷河を思わせる極寒の殺気が向けられる。
「……っ」
「離せ」
 息を呑んだ男に、クラウドの抑揚の無い冷たい声が命じる。
 子供のものとは思えない殺気に蒼白になった男は、だが、そんな自分を許せなかったのかすぐさま怒りに転嫁すると、顔を紅潮させて再度クラウドに掴みかかろうとした。
「てめ……っ」

 そのとき、会場の扉が開き数人の試験官が入ってきたため、舌打ちした男は己の席に帰って行った。
 クラウドは、ふと気づかれぬように溜息をついた。
 それは安堵でなく、諦めの溜息。

 (―――― ここも、あそこと変わらないのか……)


「問題用紙と回答用紙を配る。制限時間は90分。回答を終えた者から前へ提出し、実技の試験を受けるように。
 場所は試験官が案内する。以上、何か質問は?……無いな。それでは開始する」

 淡々と内容だけを告げた試験官は、時計を見て始まりを告げた。