Sleeping Beauty 5


 喘ぐように言った言葉は、果たして音となったのか―――……。

 まるで自分の周りだけが世界から切り離されたような衝撃を感じながら、クラウドは何の心構えもすること無く出会ってしまった存在から視線を逸らせることが出来なかった。
 その視線は、己より遥かに背が高い人物を見上げるようにしているためか、上目遣いで睨んでいるようにさえ見える。
 対するセフィロスも、過ぎるほどに強い視線に微笑を刻んだ。

 (――――― 面白い)

「……ド……クラウドっ!」
「あ、え?何?」
「何、じゃねーって!用済んだんならさっさと行くぜ」
「あ、うん・・・でも」
 漸くセフィロスから視線を外したクラウドが、戸惑うようにザックスを見た。
「大丈夫だって、話は済んだからさ」
 ザックスが急かすようにクラウドの背中に手をまわす。
 自身でも不思議なほどの焦慮が、ザックスの中で沸き起こり、一刻も早くこの場を立ち去れたと命じていた。
 いつもならば、セフィロスをダシに使って自分の株を上げるのだが……。


「ザックス。―――― いつから宗旨がえをした?」


 二人、立ち去ろうとする背中を追いかけてきた声は、至極楽しそうなものだった。
 感情の起伏どころか、そんなものさえあるのかどうかという噂の高いセフィロスの、声だけで感情が読めるという事態は、奇蹟に近い。

「え~?別に変えてねぇぜ。勘違いすんなよな」
 あのセフィロスと対等に話しているザックスに、クラウドの驚いた視線が注がれる。
「では……」
「駄目だ」
 何か言い出そうとしたセフィロスの言葉を遮り、ザックスは叩き落した。
「……まだ、私は何も言っていないが?」
「どうせろくなことじゃないからな。いーから、あんたはあっち。俺らはこっち。はい、さようなら」
 それ以上話をするつもりは無いと会話を区切り、歩き出す。




「――――― 名、は?」




 だが、セフィロスにはザックスに思惑に乗ってやる親切心など欠片も無かった。
 かつかつ、とわざとらしい足音を大理石の床に響かせて、ザックスの隣に居るクラウドに視線を投げかける。
 三人のやりとりに、静まりかえったロビー。
 その静けさに響く、セフィロスの声にいったい何人が聞きほれたことだろう。
 慣れているザックスさえ、鳥肌が立つのを押さえられなかった。



「――― クラウド。クラウド・ストライフ」



 やはり睨みつけるような視線。そして、まるで『何か文句あるのか』とでも言いそうな態度。

 ―――― 大物だよ、お前……横に居たザックスは心の中で拍手喝采した。
 勇気なのか無謀なのか、……その判定をするのは今、では無い。

 生命の輝きに満ちた、生きた蒼玉(サファイア)は、青白い高温の炎を閉じ込める。
 決してそらされることのない、その瞳。



「クラウド・ストライフ。―――― 覚えておこう」



 満足そうに笑ったセフィロスは、今度こそ二人から離れていく。
 待たせていた美女に声をかけるとあっさりと奥へと消えていってしまった。

 極限にあったザックスの緊張が、またたくまに崩壊した。


「あ―――― 心臓、いてー……」
「?何、ソルジャーでも持病ってあるの?」
「……比喩だっつーのったく、お前、いい心臓してるよ」
「???」
 首を傾げるクラウドの横で、ホテルから出たザックスはくーっと背伸びする。
 首をごきがきっと鳴らし、気分を入れ替える。

「んじゃ、飲み行くか?飲めるだろ?」
 どう見てもクラウドは未成年である。
「……飲めるけど」
「よし!行こう!」
 くくくっと笑ったザックスは、酒に強いところをクラウドに見せて兄貴分として尊敬を勝ち取るつもりだった。
 そんなこととは知らないクラウドは、飲む前からすでに一杯やっているようなザックスに溜息をつく。

 (―――― ソルジャーって皆、こんなんだろうか……)

 尊敬どころか、再びソルジャーについての失望を抱かせるのだった。




<  ―――――― が、ザックスの願いもむなしく。




「ちょっと、ザックス……重たいんだよ、あんた!」
「う~~、まだまだいけるぞ~……」
 いたいけな少年……クラウドの肩にのしかかるように熊・・・もといザックスはくだを巻いていた。
 酒に強いところを見せるどころか、のまれて醜態をさらしまくっている。
 実のところクラウドもザックスと同じくらい飲んでいたりするが、ザルならぬワクなクラウドはいくら飲んでも
 ほろ酔い気分になることはあっても、ザックスのようにのまれることは無い。
「誰が……こんな千鳥足になるまで飲みやがって……自分の限界も知らないのかよ……」
「俺はまだまだだ~、まだまだ大丈夫だって!」
「……」
 酔っ払いのセリフはいつも決まっている。
 不思議なほどに誰も彼も同じセリフしか言わないのだ。
「ほら、こっちでいいのかよ……こんなところで一晩明かすなんて冗談じゃないぞ」
「うーん……あ、左……いや、右だったかぁ……いや、左……うー真っ直ぐか?」
「……真っ直ぐは壁だ。あんたの家は壁の中か?」
「あははは、面白い冗談を言うなぁ、クラウドは~」
「……。……」
 そのへんに捨てて帰ってもいいだろうか?
 クラウドは本気で思案する。
「ザックス!ほら、しゃんとしろよ!」
 いったいどちらが年上なのか……。
「クラウド~~」
「何?」
「お前って……ソルジャー希望?」
「……ああ」
「そっかぁ~~」
 クラウドの肩に顔を伏せたザックスの表情をうかがうことは出来ない。
「ザックス?」
 どこか暗い雰囲気を感じ取ったクラウドが気遣うように、その顔をのぞきこもうとする。
「おい、大丈……」





「―――――― 吐きそう」






「……勝手に吐いてろっ!!」

 肩にへばりついていたザックスを通りに転がすと、クラウドは僅かな記憶を頼りにさっさと歩いていく。
 置いていかれたザックスは、片手で顔を覆っていた。



「ヤベぇよな――――……」