Sleeping Beauty 4


 母親以外、他人と共に生活したことが無いクラウドだったが、ザックスのいい加減な性格が幸いしたのかなかなか順調な滑り出しを見せていた。
 ―――― おそらく。


「ザックス!あんたいつまで寝てんだっ!さっさと起きろよ!!」
「う゛~~、あに・・・あー・・・まだ8時じゃねぇか……」
 時計を確認したザックスは再び眠りに落ちていこうとする。



 ドガッ!



「うぉっ!?」
 クラウドの踵落としを、ザックスはぎりぎりで交わした。
 ベッドの端に寄ったザックスにちっと舌打ちしながら、クラウドは仏頂面のまま『朝飯』と告げた。
「お前な、いくらなんでも起こし方つーものが……あーはいはい、朝飯ね、朝飯。わかったからそー睨むなって!
 ――― 妙な気分になるじゃねぇか……って!!拳振り上げてんじゃねぇって!!」
 どうやらクラウドは口より先に手が出る性分らしい。
 ザックスは、クラウドに『山あらし』と称された頭をがしがしと掻くと、大あくびをして飛び起きた。
 そして動きを止める。
「……朝飯?」
「そう」
「お前が作ったの?」
「他に誰が作るんだよ」
 呆れた視線をザックスに注ぎながらクラウドは部屋を出て行く。
 ザックスもその後に続きながら、キッチンのテーブルに用意されている朝食を目にし、感動に打ち震えた。
「すげぇ……すげぇよ!クラウド、お前!!」
「はぁ?」
「めちゃくちゃ美味そうじゃんっ!」
「……あ、そう……」
 ザックスの手放しの賞賛に、そういうことに慣れていないクラウドはどう反応したらいいかわからない。
 とまどう表情は、年相応で可愛らしかった。
 ―――――― が。

「お前、いー奥さんになれるぜ!」

 やはり、一言多いザックスに、鉄拳を振り下ろした。





「それで、お前。三日間どうするんだ?」
「どうするって・・・試験の勉強」
 何を当たり前のことを、とでも言うようにクラウドはザックスを見る。
「勉強!?そんなもの必要ねーって!余程の馬鹿以外は大抵受かることになってんだからさ」
「は?」
「体術もお前くらい出来れば問題ねぇだろうしな」
「・・・・・どういうこと?」
「だから。試験なんてのは建前。とりあえず、一次はみーんな受かるようになってんのさ」
「一次?・・・試験は一回だけじゃないのか?」
 そんなことは聞いていない。
「それが実は違うんだな~。受かった兵士は各部署に配属されて、ミッションを与えられる。そこで兵士としての
 適性を見て、ものになりそうだったら、合格。脱落した奴は、はいさようなら。……ていうわけ」
 実際はさよなら出来ればいいほうで、任務中に命を落とす兵士も多い。
「……そうなのか」
「そうなの。だからさ、遊び行こ?」
「………………は?」
「うわ、嫌そうな顔。ザックス君傷ついちゃう~~」
「気持ち悪いからやめろ」
 声音ばかりか、胸元で拳を握り締めて「いやいや」するザックスという、視覚の暴力に目を背けた。
「な、ホント、マジで行こうぜ。俺も非番だしさ~。ミッドガル案内してやるって!」
「……」
 ミッドガルはニブルヘイムなどとは比べ物にならない都会である。
 大人びてはいるが、まだ14歳のクラウドには珍しいものもたくさんあって興味を抱かないことも無い。
「ミドルタウンくらいなら普通に観光客も居て危なくねーし。行こうぜ?な?」
「……うん」
「よしっ!じゃ、出かける準備しろよ。俺が皿片付けておくからさ!」
「・・・・いや、片付ける。ザックスにまかせると流しに放り込まれて終りそうだから」
「俺、信用ねぇな~~」
 たはは、と苦笑したザックスに、クラウドは肩をすくめた。




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 見るもの聞くもの触るもの。
 全てがニブルヘイムとは全く違う。
 ネオンの明りは昼間から派手で、立ち並ぶ店から漏れる音が騒々しく、肌に触る風は生ぬるい。

 そう、クラウドはすでにうんざりしていた。
 こんなことなら、意味が無くとも家で勉強していたほうがマシだった、と。
 それなのに。

「かーのじょ!可愛いねぇ!俺とお茶しない?」
 ザックスは先ほどから、通りがかる可愛い女の子に軒並み声を掛けて歩いている。
「……(お前はどこのナンパ男だ)」
 あまりに決まりきったセリフに、こんなので落ちる女が本当に居るのか、と疑問に思ったクラウドに反して、
 道行く彼女たちは、にこやかに手を振って通り過ぎていく。
 それに笑顔で答えるザックス。時には電話番号なんてものも交換したり……。
「俺ってもてるっしょ?」
 ぴらぴらと電話番号が書かれたメモを見せびらかすように振る。
「ああ、きっとソルジャーだからだな」
「……身も蓋も無いことを。へーんだ!いーもんね!俺は女にもてるためにソルジャーになったんだからな!」
「…………」
 胸を張って言うことだろうか?
「なぁ、クラウド」
「トイレ無いか?」
「へ?」
「トイレ行きたい」
「…………ああ、そうだよな。お前もやっぱり人間だったんだよな」
「……どういう意味?」
「いや、だってさ・・・なーんかクラウドって、***出してションベンしてるとことか、座り込んで***してるとことか想像できねぇんだもん」
「……。……」
 ザックスに注がれるクラウドの視線が冷たさを通り越して殺気を帯びる。
 ソルジャーであるザックスには、いまだ兵士にもなれない14歳の少年の殺気などものの数では無い。
 ――――― はずなのだが、ぞくりと背があわ立った。
「あははは、ほらほら。そこホテルがあるからさ~、行ってきたら?」
 誤魔化すようにまくしたてたザックスをひと睨みし、いかにも敷居が高そうなホテルへとクラウドは着の身着のままの格好でロビーに入っていく。
 その姿はあまりに堂々としていて、つい昨日ミッドガルにやってきた田舎者には到底見えない。
 
(――― 俺だったら放りだされてたよね~、顔がいいと得だな~~いや、もちろん、俺もイイ男だけどね!)

 勝手に言ってろ、と突っ込む役のクラウドは不幸にもいなかった。






「――― おい、こんなところで何をしている?」


「…………へ?」

 ロビーで用をたしてくるクラウドを待っていたザックスは、背後から掛けられた声に間の抜けた声をあげた。
 そこには、ロビーじゅうの視線を独り占めしている、麗しき銀髪の男が立っていた。
 ただ立っているだけだというのに、妙に華があり、威圧感もある。
 その目は、ザックスと同じく縦長の瞳孔、翠玉の瞳……魔晄の瞳があった。

 ―――― 神羅の英雄、セフィロスその人。
 
「こんなに簡単に背後が取られるなど、注意力散漫も甚だしいな」
「……あのね~、そーんな始終気張り詰めてても疲れるだけだっつーの。―――て、何さ、旦那こそ。下に下りてくるなんて珍しいじゃん」
 遠巻きにする人々が、かのセフィロスと対等に話しているザックスに驚きの視線を向ける。
 セフィロスと知り合ってからというもの、こんな視線に慣れてしまったザックスは気にするでもなく、無視する。
「ただの気まぐれだ。お前こそ、こんな堅苦しい場所は嫌いではなかったのか?」
「あー、マジで嫌。目がちかちかするほどキラキラして鬱陶しいっつうの。ま、俺は別にここに用があるんじゃなくて連れがちょっとトイレ借りに来ただけだから」
「連れ?」
「そ。ま、旦那とは違って色っぽいことは全然無い『連れ』だけどな」
 ザックスは、セフィロスの背後を指差す。
 そこには、振るいつきたくなるような妖艶な美女が、苛立たしげにこちらを睨みつけていた。
「旦那の連れでしょ。お待ちになってるみたいだぜ?」
「構わん。どうせ今日限りの付き合いだ」
「……あーはいはい。相変わらず荒れてんね~」
「お前に人のことが言えるのか?」
「言っておきますけどね!俺は、そのときは本気で相手に惚れてるし大事にしたいと思って付き合ってるわけ。
 旦那みたいに下半身だけじゃなくて、途中のプロセスも楽しんでんの!同じにしないで貰いたいね」
「ほぉぉ、お前に振られたという女にそのセリフを言って、俺とどこが違うのか今度聞いてみよう」
 薄ら笑いを浮かべているセフィロスはどこまでも余裕だった。
「あのな!もう、いい。さっさと行けって」
 ザックスはしっしっと手を振る。天下の英雄様に、こんな真似が出来るのは世界広しといえどもザックスくらいだろう。何十本もの強化ワイヤーを結ったような図太い神経が無ければ不可能だ。
「そう邪険にするものでは無いぞ。まぁ、いい。これ以上アレを待たせると面倒だしな」
「旦那、いつか背後から襲われるぜ……」
「是非襲われてみたいものだ」
 くっくっくっと喉を鳴らす凶悪な英雄に、ザックスは肩をすくめた。
 確かに、ザックスだって見てみたいものだ。この『非常識』なまでに強い男を襲える者が居るのならば。
「それじゃ―――……」





「ザックス、ごめん。待たせ――――……」

 
 小走りで戻ってきたクラウドは、振り向いた二人に―――否、一人に言葉を失った。




「セ……フィ……ロス……」