Sleeping Beauty 3
「ここだぜ。休みの時しか使わねーからちーとばかし汚れてるけど勘弁してくれよな」
入り口の扉に蹴りを入れたザックスは、『やべっ』と漏らす。
……扉の金具が飛んでいた。
「あー!またやっちまった!……どうも力の加減がなぁ」
「……」
本当にこれが『ソルジャー』……あまりに馬鹿すぎる。
ザックスは14歳の少年が抱いていた『ソルジャー』に対するイメージをこれでもかっというほどに打ち砕いた。
「ま、後で直しとこ」
「―――― オジャマシマス」
クラウドがザックスの後に続いて入ると、確かに言葉通り、室内は……かなり散らかっていた。
お世辞にも『ちーとばかし』な状態とは言えない。
流しには使いっぱなしの皿が積み上げられていたし、テーブルにはフライパンや鍋が汚れたまま放置され、ゴミ屑が投げあいでもしたかのように散乱している。
まさに『独身男の部屋』の模範のような部屋だった。
「……汚なすぎ」
「あははは、いやぁ、うん、この間急にミッションが入ってさぁ、片付ける暇が無かったんだよな。いつもはもっと片付いてんだけどな!」
「……」
どうだか。
クラウドの予測では、たぶんこの状態が『常態』に違いない。
溜息をついたクラウドは肩に下げていた荷物をどすんっと落とすと腕まくりする。
「何?」
「……片付け。ゴキブリだってもっと住みやすい場所で生活してる」
「あははははは」
「笑って誤魔化すな。あんたの家だろ、手伝えよ」
「アイ・サー!」
ザックスの冗談まじりの敬礼を受けたクラウドは、はぁともう一度溜息をついた。
どうにかこうにか、人が快適に住めるようになった頃には夜は更け、ゴミ袋が山となっていた。
元々クラウドは母親と二人暮しで、出来るだけ負担を軽くしようと家事も分担していたので掃除には慣れている。
『次はどうする?』『これはどうするんだ?』といちいち聞いてくるザックスに、『お前は子供かっ!』と叫び出しそうになるのを何とか押しとどめ、てきぱきと支持を出しているクラウドはまるっきり主夫だった。
「ごくろうさんです、サー」
疲労困憊でキッチンのテーブルに臥していたクラウドに、ザックスが珈琲を置いた。
「飲めるっしょ?」
「……ストレートは胃に悪いから、ミルク入れて」
「りょーかい。――てお前って何つーか、しっかりしてんなぁ」
「あんたがだらしなさ過ぎるんだろ」
クラウドの物言いはきつい。これで生意気だ礼儀がなっていない、等々言われたことが山ほどある。
だが、ザックスは苦笑を浮かべると、『ごもっとも』と頷く始末だ。
懐が広いのか、ただ単に鈍感なのか―――……。
クラウドはザックスがカップにミルクを入れ終わるのを待って、立ち上がった。
「何だ?砂糖もいる?」
「ソルジャー・ザックス。試験までの三日間お世話になりますっ!」
一息に言ったクラウドはぺこりと頭を下げた。
礼儀正しいというわけでは無いが、けじめはきっちりつけておきたいクラウドである。
「あー、まぁ。こっちこそよろしくな。非番だし、今まで通り普通にタメ口でいいからよ。堅苦しいの嫌いなんだ。
舌がもつれそうになるだろ。仕事場だけで十分だっつーの」
べっと舌を出し、れろれろと動かしてみせるザックスに、馬鹿だなぁ・・・とクラウドはミッドガルについて以来、はじめて頬をゆるませた。
「お。やっぱお前って笑ってるほうがいいぜ」
「……俺の勝手だろ」
再び元のむすっとした表情へ戻る。
「いーじゃん。それだけで目の保養になるなんてな、滅多に居ないぜ」
「顔なんて……皮一枚のもの、整形すれば誰だって同じだろ」
「違うね。いくら上手く整形してたってな、見りゃわかるぜ。違和感ありまくりだからな。作り物はしょせん作り物。
本物にはかなわねーよ」
なかなかシビアなことを言うでは無いか。
「まぁ、俺だってあの人見るまで男に『美人だ』なんて思ったことは無かったけどな」
「あの人?」
「セフィロス。当然、知ってるしょ?」
「―――― ああ」
押し殺したようなクラウドの表情に、ザックスはん?と首を傾げる。
何しろセフィロスと言えば神羅のスーパースター。輝ける象徴。鬼神のごとき強さと武人とは思われぬ美貌で老若男女あまねく知れ渡った存在であり、憧憬の対象だったりする。
クラウドのように何か・・・・そうまるで敵意にも似たものを抱くなど、敵以外にはありえない反応だった。
ウータイの敵でも、セフィロスの姿を直視した奴は一瞬見惚れたという。
(まさかスパイ、なーんてことは、ねぇよな……んー、珍しく、俺ってば勘はずしたかぁ??)
「あんた」
「ザックス」
すかさず訂正を入れる。
「……ザックス、あんたセフィロスと会ったことあるのか?」
「一応、俺。ソルジャーなんっすけど」
「見えないから聞いてる」
「ひでーっ!ま、ソルジャーもたくさんいっからな、皆が皆、セフィロスと一緒に戦ってるわけじゃねぇし」
「ふーん」
「ふーん、てお前なぁ……こう、お前くらいの年だったらもっとこう目輝かせて『ソルジャーてどんなことするの!?』
とか聞いてこねぇ?」
「『ソルジャーってどんなことするの!?』――――これでいいか?」
むっつりした表情のまま、棒読みもいいところでザックスの言ったセリフを復唱してみせた。
「だーっ、お前!可愛くねーっ!可愛くねぇぞ!!」
「別に可愛くなくて構わない。俺は男なんだからな」
「ったく、気難しいチョコボでいらっしゃる」
ぴくぴく、とクラウドの瞼が痙攣した。
「しかし、その髪型。本当にチョコボにそっくりだよな」
クラウドの拳がぎゅぅっと握り締められた。
「外見だけじゃなく中身までチョコボなんて、お前の前世ってチョコボだったんじゃねーか?」
「……ぃ」
「ん?」
「……うるさいっ!この山あらしっ!!」
「や、やま!?……???」
椅子をぷらんぷらんして遊んでいたザックスは、あやうくそのまま後ろに倒れそうになる。
突然、叫び出したクラウドに目を白黒させた。
「お前に人のことが言えるのか!そんな針ねずみみたいな頭してるくせにっ!チョコボチョコボチョコボ!俺のいったいどこがチョコボっだって言うんだ!」
「……」
どうやらザックスは逆鱗に触れてしまったらしい。
顔を紅潮させて怒り心頭にきているクラウドは、宝石のように青い目がきらきらして大層美しい。
「聞いてんのかっ!」
「あー……うん、綺麗だな」
「な!っこの……能無しソルジャーの耳つんぼ!」
「おいおい……」
飛んできた拳をザックスは難なく受け止める。
それがさらに忌々しく、クラウドの怒りを上昇させた。
「大人しく殴られてろっ!」
「無茶言うなー、ソルジャーだって殴られたら痛いんだぞ」
癇癪もちの子供のように暴れ出したクラウドに、ようやく年相応な姿が見れてザックスは笑った。
「ま、悪かった。……気にしてんだな、そう呼ばれるの」
「……」
「トラウマってやつ?可愛くていーと思うけどなぁ」
どうにも一言多いのがこのザックスという男らしい。
拳をつかまれたままのクラウドは、足に蹴りを入れた。
ザックスの、では無く。
―――――――座っている椅子に。
「うぉ!」
見事にひっくり返って天地が入れ替わる。
クラウドの拳を掴んでいたために体勢を立て直すのが遅れたザックスはしたたかに床に頭を打ち付けた。
「てーーっ!!」
「………………バカ?」
やはりこれがソルジャーだというのは、何かの冗談では無いかと思うクラウドだった。